編集者と建築家 -秘められた情熱の設計図-
カユウ
第1話 運命の出会い
「締切まであと3日」
美咲はパソコンの画面を睨みつけながら、ため息をついた。編集部のオフィスは、締切間際の慌ただしさに包まれていた。電話が鳴り、プリンターが唸り、キーボードを叩く音が絶え間なく響いている。
「佐藤さん、企画書の修正はどうですか?」
隣の席から声をかけられ、美咲は慌てて顔を上げた。
「あ、はい。もう少しで……」
返事をしながら、美咲は画面に映る文字の海に目を戻す。完璧を求める彼女の性格が、仕事の速度を遅くしているのは分かっていた。だが、それでも妥協はできない。
「佐藤さん」
今度は課長の声だった。
「新しいプロジェクトの打ち合わせですよ。忘れてませんよね?」
美咲は慌てて腕時計を確認した。あと10分である。
「はい、行ってきます」
急いでデスクを整理し、資料を手に取る。エレベーターに乗り込みながら、美咲は深呼吸をした。このプロジェクトは彼女にとって大きなチャンスだ。失敗は許されない。
会議室のドアを開けると、すでに数人が着席していた。美咲が席に着こうとした瞬間、ドアが再び開いた。
「お待たせしました」
低く、柔らかな声が響いた。美咲は思わず顔を上げ、その声の主を見た。
スラリとした長身に、きりっとした目元。しかし、その表情には優しさが滲んでいる。黒川隼人。建築家として名を馳せている人物だと、美咲は頭の中で情報を整理した。
「佐藤さん、こちらが黒川さんです。今回のプロジェクトでご協力いただきます」
課長の紹介に、美咲は慌てて立ち上がった。
「は、はじめまして。佐藤美咲と申します」
黒川の手と握手をした瞬間、不思議な感覚が美咲を包んだ。温かく、少し大きな手。それなのに、どこか繊細さを感じる。
会議が始まり、プロジェクトの説明が進む。美咲は必死で メモを取りながら、時折黒川の発言に聞き入った。彼の言葉一つ一つに、深い洞察と情熱が込められている。それは美咲の知的好奇心を大いに刺激した。
「佐藤さんはどう思われますか?」
突然の問いかけに、美咲は少し動揺した。しかし、すぐに自分の考えをまとめ、意見を述べ始めた。話し終えると、黒川が感心したように頷いているのが見えた。
「素晴らしい視点ですね」
黒川の言葉に、美咲は思わず頬が熱くなるのを感じた。
会議が終わり、参加者たちが三々五々退室していく。美咲が資料をカバンにしまっていると、隣で黒川も同じように荷物をまとめていた。
「一緒にエレベーター、よろしいですか?」
黒川の声に、美咲は思わずドキリとした。
「は、はい」
エレベーターの中、二人は並んで立った。狭い空間に漂う黒川の香り。微かなコロンの香りだろうか。美咲は心臓の鼓動が少し速くなるのを感じた。
「今日はありがとうございました。佐藤さんの意見、とても参考になりました」
黒川が柔らかな笑顔を向けてきた。
「い、いえ。こちらこそ」
美咲は慌てて返事をする。
エレベーターが1階に到着し、二人は別れた。美咲は電車に揺られながら、今日一日を振り返っていた。頭の中には、黒川の姿が何度も浮かんでは消えた。
家に帰り着いた美咲は、ため息をつきながらソファに身を沈めた。目を閉じると、黒川の優しい笑顔が浮かぶ。
「なんで、こんなに気になるんだろう……」
つぶやきながら、美咲は自分の胸に手を当てた。まだ、心臓が少し早く鼓動している。この感覚は一体なんなのだろう。美咲は少し戸惑いながらも、不思議と心地よさを感じていた。
明日からのプロジェクト。黒川との再会を、美咲は少しだけ楽しみに思っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます