Day19 トマト

 学校と違って、林間学校は逃げ場がない。ストレスだけは順調に溜まっていく中、ようやく見つけたのがビニールハウスだった。集団でのオリエンテーションの時にはこっそりさぼってここにいる。ハウスの野菜は林間学校で泊っている間は炊事で自由に使っていい。人気者はインゲン、あまり嫌いな人がいないからだ。不人気なのがトマト。お蔭で枝にごっそり残っている。ある時、あまりに喉が渇いて一番真っ赤なトマトを食べたら、これが桃のように甘くて感動した。今まで食べていたものは何だったのだろう。これを皆に教えたら人気順がきっと逆転する。

 けれど、ぼくは人気者ではない。友達作りも下手でいつも一人。皆を笑わせることも得意じゃない。居残りトマトと一緒だ。だから、これはぼくだけの宝物にしよう。

「あ、つまみぐい」

 ぼくはびっくりした。そこにいたのは教室の人気者だったからだ。なんで、と小さな声で思わず尋ねると、人気者は「だってつまらないんだもん」と言って隣に座る。どうしてそこに座るんだと言えず、つまらないって、とまた聞いてしまった。

「皆で一緒のことしろって、そんなの学校でも出来るのに。なんでここでしかやれないことやっちゃいけないんだろ。つまんない」

 人気者の目がぼくの手を見つめる。ぼくは思わず「食べる?」と聞いていた。

「え、いい」

 やはり人気者はインゲンがいいのか。なんだか悔しくなって「甘くて美味しいのに」と呟くと、嘘だあと返される。ぼくは自分を否定されたような気がして「嘘じゃないし」と突っぱねた。人気者はええ、と呻きながら手近なトマトを取ろうとするので、「それじゃなくてこっち」と熟れて柔らかくなったトマトを取った。人気者はしょうがなさそうに齧り、目を見開いた。

「あっま!」

 おいしい、すごい、甘いと言いながらあっという間に平らげる。

「いいなあ、あと三日どうしよと思ってたけどまたここ来てこれ食べよ。な」

 同意を求められて思わず頷く。さっきから思わずが多い。人気者はさすがに押しが強いのだ。

「同じクラスだから、時間ずらして消えないと」

 びっくりした。人気者にぼくは見えていないと思っていた。

 トマトの居場所も少しはあるようだから、ぼくの居場所も案外あるのかもしれない。そう思いながら、ぼくはトマトを齧った。

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