Day20 摩天楼

 額に滲んだ汗を拭う。はあ、と吐いた息が熱い。腰に提げた水筒から冷たいお茶を口に含んで、再び作業に戻る。

 夏の夕立はせっかちだ。駆け足で作業をしないと終わってしまう。しかも二か所同時に同じ高さで完成させるのが職人芸とされ、片方は師匠が担当していた。お前もそろそろと言われて初めて一人で任された。

 舞い上がる大地からの熱に乗り、天から落ちる雨の筋をよって綱にし、綱をよって枝にする。それを基軸に雨粒を繋いだ糸を用い、リリアン編みの要領で天まで組み上げていく。いつものように、と口の中で呪文の如く呟きながら出来上がったのが天を磨るための楼閣、摩天楼である。

 完成と同時に雨足が弱くなり始め、辺りで様子を窺っていた掃除屋たちがわたわたとモップを担いで摩天楼の天辺に陣取る。

「なんか、向こうと高さが違くないか?」

「いいから、さっさと行くぞ」

 掃除屋たちはモップで薄明るい天を磨りながら向こうの摩天楼へと走って行く。同時に、向こうの掃除屋たちもこちらへ向かってくる。磨られた天に極彩色の軌跡が出来上がる。しかし、途中で気づく。

「こっちの方が低い」

 望遠鏡を取り出して向こうの摩天楼を見ると、師匠が腕で大きなバツを作っていた。慌ててこちらもバツを作る。すると、向こうから来た掃除屋たちが「あほう」「焦り過ぎ」「高さが違うじゃねーか」と愚痴を言いながら軌道を下へ修正して行った。

「すみません、すみません」

 ああ、これは方々からの説教コースである。役目を終えた摩天楼が消え、地上へ落ちながら天にかかる二重の虹を見上げた。地上の人はこれを喜んでくれているけれど、自分にとってはひよっこの証なんだよなあ。

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