Day17 半年

 一月は竜の鱗が生え替わる頃だ。氷雪の竜の巣の近くで状態のいいものを拾って洗い、砕き、火で炒ってからすり潰し、また火にかける。氷河よりも硬く冷たい鱗はいい塩梅で火から上げないと色がくすんでしまうので、ここは老獪の仕事である。これを貝灰を溶かした水に入れると鮮やかな青色の染め液が出来るのだが、不思議なことに実際に染めてみると白色の奥に青色がうっすらと見えるだけの色になる。

 二月は山が起き始める。一番の雪解け水を桶に五杯、その中にオロロ岩のてっぺんに咲く雪割草を一本ずつ入れて谷の出入口にしばらく置く。山が最も大きな呼吸をする所で山の息を貰うのだ。桶に波紋が出来なくなったら雪割草を取り出し、これで染め液が出来る。一番簡単な工程だが、見る人によって色の異なる一番複雑な色が出る。

 三月は木々がおしゃべりになる。始めはこそこそと、次第にぺちゃくちゃと、方々で声が大きくなってきた頃に足元近くに生える赤い枝を失敬する。はいだ皮を煮込んで色が出てきたら、乾燥させて粉にした勿忘草を混ぜ、それをおしゃべりたちの間に三日三晩放置する。明けて回収しに行くと木々のおしゃべりは落ち着き、赤かった染め液は薄い紫色になる。忘れていたことを思い出した色だという。

 四月はもちろん花の季節だ。なので、花は使えない。この時のために蓄えていた美しさを彼らから奪ってはいけない。けれど花の恵みを少しはいただかなければならないので、様々な実を使う。果皮と種子に分けて、種子は湧水につけ、果皮は樹霊にすり潰してもらう。花を取ってはいけないのは、ここで樹霊の機嫌を損ねてはならないからだ。樹霊からは常に輝く鱗粉のような花粉のようなものが舞っていて、すり潰してもらった果皮にはそれが混じる。そうすると、この年で一番に美しく咲いた花の色が染め液に出る。今年は淡い桃色だった。

 五月はおしゃべりだった木々が少し大人になる。そうすると五月の女王が夜を散歩し始める。賑やかすぎる夜は好まず、しかし静かすぎるのも寂しがるので、四月に湧水につけた種子が芽吹いたらそれを森に置いておく。すると女王は喜んでそれを持って行き、喜んだ彼女の軌跡には夜にも鮮やかな新緑が生い茂る。それをすり潰して餅にし、乾燥させた後に砕いて水に溶くとより鮮やかな緑色の染め液が出来上がる。

 六月は夏を前に山が準備を始める。だから山から拝借出来るものはとても少なく、ただひたすらに朝露と夜露を集め続ける。雨が降ったら木の葉を跳ねた雫だけを拾う。そうして盥一杯に集めた露と雫を快晴の青空の下に四日、月の下に三日、新月の下に二日、最後に曇りの下に一日、きっちりこの順番に晒していくと青空に緑を溶かしたような染め液が出来上がる。

 こうして、半年の衣を作っていく。

「姉様を守ってくれますようにって」

 半年の衣は嫁に出す側の家族が作る。ただしそれは「先の半年」と呼ばれ、嫁いだ先で今度は「後の半年」と呼ばれる衣を嫁いだ娘と夫が作り、幸福を願うのだ。

 大好きな姉が遠くへ行ってしまうのは悲しい。相手は山二つ越えた向こうで大きな村をまとめている長の息子だ。思い合って結婚する二人を心からお祝いしたくても、上手には出来なかった。これからは早々に会うことも出来ない。だから、半年かけて思いを込めた。

「衣作りのこの日記も持ってくね」

「ええ?」

「だって、ここには故郷が半年分も詰まってるんだもの」

 そう言って姉は自分を抱き寄せる。

「もう半年分も作って持って行く。先の半年だけじゃ、足りないでしょう」

 そうねと笑い合い、二人でそっと泣いた。

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