Day16 窓越しの

 いつからか、その後ろ姿が気にかかるようになった。いつもの道、いつもの風景に窓越しに見えるあの子はいつも背中を向けている。外を見るのが嫌いなのか、それともそのように座るのがお気に入りなのか。今日はどうだろう、明日はと考えながら通る道はこれまでとは一変した。

 品のある佇まいに金色の混じった美しい白髪、顔は見えないし勿論声も聴いたことはない。窓越しに見えるのはいつも背中だけで辺りが暗くなるとカーテンが降りてしまう。

 いつかこちらを振り向いてはくれないか、と見つめる目に熱がこもるのに時間はかからなかった。振り向いてもらうにはどうしたらと友人たちに尋ねた。褒めるといい、窓辺に贈り物をしてみたら、と言われたのでまずは言葉を尽くしてみようと思う。

「僕はあなたに焦がれる一人です。窓越しに見えるその姿は百合のように美しく、背を流れる光は月のように清廉で、僕はどうしようもなく惹かれています。どうか振り向いてはいただけませんか」

 後ろ姿は微動だにしない。窓越しでは声が聞こえないのかも。それなら今度は贈り物を用意して来てみよう。


 ねえ、と窓の外を指さしてアンナはユナの袖を引いた。棚の上をはたきで掃除していたユナはなあにと振り返る。あれを見て、とアンナが言うとユナは顔を綻ばせた。

「あの子、また来てるのね」

「ええ、そう。ここに白猫の置物を置いてからずっと。もしかして恋してるのかな」

「時々、にゃあにゃあそこで鳴いているもんね。何か訴えているのかも」

「白猫に恋する黒猫かあ。かわいい」

 野良の黒猫がよく窓の外でこちらを見上げているのは知っていた。始めは何か気になるのかと思っていたが、次第にその熱心な瞳が窓辺に置いた白猫の置物に注がれているとわかってからは、『彼女』の掃除は念入りに行うことにした。

「思いに応えてあげたいんだけどねえ」

「うちの小さなご主人様もこの子をお気に入りだから」

 でもせめて、とポケットからリボンを取り出す。主から貰った綺麗な箱詰めのお菓子を包んでいたサテンの赤いリボン。何かに使えるかと思って取っておいたが、きっと『彼女』によく似合うはずだ。

 窓越しの恋が成就するよう、今度小さな主に相談をしてみよう。

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