Day14 さやかな

 夜に光が道を拓く。

 月からこぼれた光は雲を透かし、折り重なる木の葉の隙間を通り、黒い木立の輪郭を浮かび上がらせる。夜の底へ溶け沈むものたちに、自らの姿を忘れさせないよう一つずつ、ゆっくりと、やわらかな光を添える。

 はあ、と息を吐いた。吐いた息も黒ければ、吐いた口も体も全てが黒かった。影を切り取ったような姿は呪いである。自分も知らない遥かに昔の先祖が犯した罪への罰、それが子孫の姿を影に変えるというものだった。もはや先祖が何をしたのかもわからないけれど、罰は続いている。

 好きや嫌いの次元はとうに過ぎた。心は人でも見た目は化け物である。自分だって近づきたくはない。影というものは世界に溶けやすかった。親族はなく、親は言葉が話せる頃には消えた。しばらくは残された兄弟と身を寄せ合って生きていたが、十歳を過ぎた頃にやはり消えてしまった。自分と本物の影との境界がわからなくなるとは、かつて兄が言っていたことである。

 そうであるなら自分もいつかと思って二百年が過ぎた。いつかは、という言葉は新たな呪いになった。だから夜を歩いている。影ばかりに囲まれれば、溶けて消えた家族に会えるかもしれない。

 だが、いつでも月が邪魔をし、新月の頃は空が邪魔をする。とぼとぼと歩く己の孤独だけを空から教えてくれるので嫌いだった。

 何度目かの溜息をつく。だれ、という幼い声が聞こえた。辺りを見回すが、月がちょうど雲に隠れたところだった。雲が晴れるのを待つと、光が降りて来る。

 ぼさぼさの赤毛、ぎょろりとした大きな黒い瞳、がりがりの体は男女の性別もつきにくいほどだった。それが、何の恐れもなくこちらを見ている。

 誰かに直視されるのは久しぶりだ。それも、恐れのない純粋な視線は初めてである。だから困惑した。逃げた方がいいのか、話した方がいいのか──それを思い悩む自分の心の輪郭にも。

 だれ? と訊ねられる。僕はゆっくりと怖がらせないように膝をついた。夜は怖くないのだと、まずは教えてあげられるかもしれない。


 夜に光が道を拓く。

 月からこぼれた光は雲を透かし、折り重なる木の葉の隙間を通り、黒い木立の輪郭を浮かび上がらせる。

 夜の底へ溶け沈むものたちに、自らの姿を忘れさせないよう一つずつ、ゆっくりと、やわらかな光を添えた。

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