Day13 定規

 魔法陣は正確さが求められる。文言は正しく、とめはらいは綺麗に、線の飛び出しは厳禁で長さが違うなどもってのほか。円形ならまだしも方形を複雑に組み合わせたものは常に定規が手放せない。少しの違いが大きな間違いを呼び起こし、瞬間移動をするつもりが隕石を落としたり、魔神を呼び出すつもりがたらいを頭上へ落としたりもする。杖と定規に全神経を集中させていると、中庭の片隅に積んだたらいの山から小さなたらいが盛大な音を立てて転がり落ちた。

「うるっせえ!」

「そんくらいで乱れる集中力で魔法陣なんか書けるか」

「ほっとけ!」

 相棒のリスがふん、と溜息をついた時、不意に空気が変わって身を起こした。

 魔法陣の第四方陣東の隅が小さく穿たれる。持っていた三角定規を回し、銃身を背後に向けて一発。更に回転させて南に一人、北に一人、中庭という性質上囲むのはセオリーだが、あまりにも常套手段すぎて欠伸が出た。残る気配は近くにはない──東の尖塔に反射して光るものが見える。三角定規を更に回して狙撃銃に変形させ、構えて素早く撃った。躊躇うなら撃てとの教えがまだ身に沁みついている。

 撃つこと、殺すことなら誰にも負けないというのに。

「……ああああ!?」

 足元で魔法陣が自分の足によって踏み荒らされていた。これまでの苦労を思うと全身から力が抜けてその場にへたり込む。リスがてててと肩に乗り、小さな手でぽんと耳を叩く。

「やめとけ。お前には向かない」

「やってみなきゃわからねえだろ!?」

「やってみてわかって、諦めて組織に入って才能を開花させたんじゃないか。お前、魔法師のセンスないって。な、大人しく暗殺者に戻れって」

「魔法の先生になる夢は忘れられねえんだよ……」

「わかったわかった。獲物もだからそれだもんな。コードネームで先生って言われてるんだからそれで満足しろ」

「できるか!?」

「大学でまで襲われてるんだぞ? それも今日が初めてじゃない。万が一先生になったとしても、お前に恨みを持った連中が諦めるとは思えない」

「そのためにこの魔法陣を書く必要があるんだよ。これは反射の魔法陣だ。任意のものへ向けられた攻撃を放った相手に倍で返す。これで一件落着、オヤジたちも邪魔が減って万々歳」

 それなりには考えていた。だが、自分を諦めさせることが一番簡単で、相棒が取るべきはその道だ。けれどそれにはもう従えない。夢はずっと自分の中で消えずに残っている。

 相棒が何を言うかじっと待っていると、小さな溜息が聞こえた。そして柔らかな重みが肩に宿る。

「まあ、やってみろ。獲物を定規らしく使えるようになるまで」

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