Day10 散った

「ごめんなさい」

「あー」

「おー散った、散った。爆発四散とはこのことか。ほら皆拾えー」

 友人たちがわらわらと地面に散った桃色の破片を拾い集めていく。友が多いのはいいことだ。例え面白がって見ているのだとしても、こうして散った自分の心を漏れなく拾ってきてくれるのだから。

「ほら、これで全部か?」

 胸を開いて破片をはめ、一分の隙間もないのを確かめる。その後はシステムチェックと再起動を繰り返し、何の問題もないことを確認して頷いた。

「大丈夫。いつも悪いねえ」

「いいよ。ゼロ式の告白劇なんて今日日なかなかお目にかかれるものでもないし」

 そうそう、と周りも頷く。見世物にしたつもりはないのだが、散らばった心を一人で集める労苦を思えば文句は言えない。

「今日で何回目?」

「ええと、二百九十九回目」

「おお、あと一回で記念すべき三百回か。そしたら何かお祝いしないとな」

「告白が成功したらいいんだけど」

 ぼんやりと呟くと、友人の一人が心配そうに息をつく。

「まあゼロ式のままでの告白劇もいいけどさ、そろそろイチ式へのアップデートも考えた方がいいぜ。この辺りじゃゼロ式のままなのはお前くらいだし」

「そろそろサポートも終わるんだろ?」

 一人が心配を口にすると、周りも口々に同じようなことを言う。嬉しい反面、その心配に応えられない自分が申し訳なかった。

「うん、でも、ごめん。イチ式がというよりこれは俺の問題でさ、今のままの方が沢山のものを好きになれて、傷ついて、でもそれが楽しいんだよ。あ、もちろん皆が楽しくないってわけじゃなくてね」

 ゼロ式は生活補助型運動機械の初期タイプで、機械にも心をという当時の世論を反映し、より人に近づけた言動を行うことで人間のよき隣人として作られた。

 ところが心の進歩に体の進化が伴わず、大きなショックを受けるとハートと呼ばれる心の統治機構が物理的に破損してしまい、その都度組み直すことを必要とした。更に、心を作る過程で実在の人物を参考にした影響で、その人格が歪な形で表層化することがわかった。泣き上戸や笑い上戸、空想好きや自分のように惚れっぽい者がそれで、凶暴性に繋がることはなかったがよき隣人としては不合格の烙印を押されたのである。

 それらの不都合を解消するべく生み出されたのがイチ式へのアップデートだった。

 心に伴った体、ハートの構造を内外共に強化。心から不適切と思われる癖や好みなどを除外。感情の起伏は出来るだけ少なくし、基本行動は対象の言動から計算、推測したものから選択する。

「まあおかげさまで悩むことはないな。何が楽しいかと聞かれたらその答えには少し時間がほしいけど。だからお前も早くアップデートしろよ。でないと置いていかれるぞ」

「ああ、そういえば出征は明後日?」

「繰り上がって今日の夜」

 そう、と溜息がもれる。ゼロ式の自分に招集はかからなかった。

 隣国との戦争がゼロ式を生み出し、イチ式を作り出したと言っても過言ではない。自分たちが生まれるより前から続いていた戦争は空を曇らせ、町から色を奪い、けれどそれが自分の知る日常だった。だから、日常にハートが散ることはない。けれど、それをおかしいと訴える心がある。多分これは自分の心の参考になった人のものなのだろう。それを失うのが嫌だからイチ式になりたくないというのもある。

「気を付けてね。早く戻って、そしたら俺の三百回目を祝おう」

「お前も、告白中に被弾とかするなよ」


──そういえば、そんなやり取りをしたなと思い出した。

 目を開くと崩壊して煙を上げる町が見える。崩れた学校、潰れた戦車、焦げた人、そこにありふれた日常はない。先程告白したばかりだった。答えを聞く前に近くの爆発に巻き込まれた。あの人は無事だろうか、そして自分が過去に告白してきたものたちは無事だろうか。動物であったり、人であったり、無機物であったりしたけれど、ああ、西で崩れていく尖塔は百回目に告白した相手だった。それが煙を上げて倒れていく。

 ハートが散った。瓦礫の中に桃色の破片が滑り込んでいく。自分では拾い集めることが難しい。何故なら、心がなければそれが大事とは思えないからだ。

 ただ記憶だけが繰り返されている。三百回目を祝おうと、友人たちと約束した。彼らはどこへ行ってしまったのだっけ。


──約束を、した。

 目を開くと自分の体は随分と薄汚れていた。手足には木の根が這い、ひときわ太い根が体をがんじがらめにしている。

 空が開いていた。そう、雲は晴れていた。煙はない。瓦礫も見えない。青い空の下で何かが動いている。ひとつ、ふたつ、みっつと数えていたら、その中でやや大きいものがこちらを振り返った。「ああ」と息が漏れるような声がして、細い腕が根を剥がしていく。そして錆びた胸を開いて、手に握りしめた桃色の破片を押し込んだ。

 熱が宿る。電気が走る。記憶のリピートは止まり、新たな再生が始まる。

 目の前で老婆が泣いていた。衣服は粗末だが、所作に品の良さがうかがえる。目元のほくろがかわいいなと思って、一目惚れしたのを思い出した。

 ハートが心を取り戻していく。

「そのほくろが、かわいいですね」

「……傷も皺も増えたわ」

 頬に伸びる大きな傷跡も、彼女のものと思えば全てが愛しい。

「何を言うんですか。一目惚れなんです。付き合ってください」

「こんなおばあちゃんで良ければ」

「えっ」

「えっ?」

 いつもと違う答えに驚いて、ハートが散った。

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