Day7 ラブレター

──ああ、好きって言えばよかったな。

 暇になった頭は何度もそれを繰り返す。必死になって生き残る術を考える必要はなくなった。そうしたら空っぽになった頭には、その言葉だけが残っていた。

 頭を左右に振って言葉以外の何かが出てくるか試したが、無重力では体が回転する以外は何も起きない。涙は最初の絶望で全て使い切ってしまった。残った体力が尽きるまで出来ることは、考えること、それだけだった。

 飲み水も食料も極限まで切り詰めたが、二日前に底がつきた。定期的に救助を訴える通信を打ってはいるが、超光速航行を繰り返したここから母星に届くまでどれくらいかかるだろう。救難信号を放つドローンが母星の近くまでジャンプ出来ているかは祈るしかない。

 人類の移住先の選定。選ばれた自分たちにしかできないと夢と希望に溢れていた。だが、候補として挙げられた星々のどれもが人知を超えていた。星へ辿り着くたびにクルーが消え、そして最後に自分を船で逃がしてくれた船長は迫りくる水晶に貫かれて死んだ。

 一緒に死んでしまえば良かったけれど、お守りがそれを許さなかった。

 ずっと昔の学生時代に書いたラブレター、幼馴染へ渡そうと思って書いたはずなのに、いざその時になったら勇気を失くしてそのままになった手紙である。読めば気恥ずかしくなるほど幼い言葉の連続が、いつでもそれを書いた時の勇気を思い出せてくれるのでお守り代わりになっていた。当時の自分は励ませなかったのにと思うとおかしくなって笑った。

──そっか、笑える元気はまだ残ってる。

 いつ届くのかわからないけれど、メールで送ってしまおう。突然で気味悪がられるかもしれないし、読まれないで捨てられる可能性はある。音信不通だった幼馴染からいきなり送られるラブレターとは新しい都市伝説になるかもしれない。それはそれで面白い。ただここで死ぬのを待つよりは、まあまあ生産的かなあと手紙を書いた時の幼い自分が首を傾げているのを横目で見ながら、送信した。

 なるほど、幻覚が見えてきた。ぎりぎり正気が間に合った。残った狂気が夢を見せている。星の間をすり抜けて飛んでいくメール、距離も時間も無視して進む姿は力強い。

 地球に迫り、雲を抜け、地表が近づいてくる。絞られた焦点には軍の宇宙港が見える。そこでブリーフィング資料を片手に歩く青年がいて、彼は何かに気付いたように振り向いた──面影がけっこう残っていて笑った。

 そこで急激に焦点が現実へ引き戻された。船への接近を告げる警告音が鳴っている。回避を促すものだがこの船にはもうそれが出来ない。小惑星か何かがぶつかろうとしているのか、これでもう一度夢が見られると目を閉じた。

『……いるか、誰か返事を!』

 はっきりとした声に目を開ける。夢ではない、久しぶりに聞いたはずの声は涙が零れるほど懐かしかった。枯れた喉から「ひさしぶり」という言葉が漏れる。マイクの向こうで明らかに安堵したような息がもれた。

『ああいうのは、目の前で言ってほしい』

 確かにそういうことを言っていた。だから渡せなかったというのに。

「……じゃあ、そうする」

 ラブレターに、勇気をもう一度貰おう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る