Day6 呼吸

 す、と息を吸う。ぴーと笛が鳴る。ぴたりと止めるべき所で音がずれる。

「だめだ」

「何度も練習してるのに」

「呼吸が合わないんだよ」

「ヒグレが早すぎる」

「ヒノデが遅すぎる」

 互いに睨み合って溜息をつく。日常茶飯事をひととおりこなして、もう一度笛を吹く││そして同じことを繰り返す。

 新人のお披露目は明日だった。笛の上手なペアからお披露目は始まり、自分たちで最後である。ドベに期待はなく、練習している教室は閑散としていた。成績上位のペアの練習時にはよそのクラスからも見物人で溢れていたというのに、今では誰もいない。勿論、お披露目が終わった時点で学校に通う必要はなくなるのだから、どんどん人は減っていく。それでも昨日まではそれなりに応援を込めて見に来る人がいたのだ。

 ヒグレの吹く笛は寂しげだ。独りで吹くとより孤独に響く。だから自分がペアになった。寂しすぎないように、自分が入ることでそれがいつか懐かしさに変わるように。

「わかった、私が一呼吸早くやる」

 そう言うと、ヒグレはいいよと慌てて頭を振った。

「ぼくが遅くする。ヒノデに悪い」

「悪いとかじゃなくて、自分のテンポで呼吸しなよ」

「じゃあ、ヒノデもそうすればいい」

「私は合わせられるの!」

「ぼくだって出来る!」

 出来ないからこうして音がずれる、と思い出してもう一度二人で途方に暮れた。

「……合わせるってどうするんだろ」

「……本当に」

 ヒグレはしばらく中空を睨みつけたのち、「それなら」と指を立てた。

「いっそのこと、ずれる前提でやるのは? 音を変えちゃおうよ」

 いい案のように思えたが、不安が首をもたげる。

「いいの? 誰もやったことないのに」

「やっちゃいけないとは言ってないよ。それにずれたらどうなるか、ちょっと見てみたい」

 いたずらっ子のように笑うヒグレに思わず大きな溜息が出る。ただし微かな期待を込めた息だ。

「それで? ずれる前提なら追いかけっこでもする?」

 ヒグレは「楽しそう」と満開の笑顔を見せた。


 お披露目の日、案の定観客は誰もいなかった。広い空に二人きり、聞こえるのは互いの呼吸だけ。

 息を吸う。笛が鳴る。ヒグレをヒノデが追いかけ、その内にヒノデをヒグレが追いかける。

 深い夜を迎えて、地平で緑の光が一瞬だけ瞬いた。淡い朝を迎えて、緑閃光がもう一度。唯一の観客による喝采に二人は顔を見合わせて笑い、息を吸った。

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