Day5 琥珀糖
掌に数千年分の重みが宿る。思ったより軽く、そして甘い匂いのする歴史だ。それは考えすぎだからさっさと食べてしまえと相棒が言うので口に放り込むと、歯が薄い氷のような表面を割って純粋な甘さが広がる。そして中のねちっとした部分まで噛み進めると今度は太陽のような香りがした。
「琥珀を大昔には、海に沈んで上ってくる太陽のかけらが海岸に辿り着いたもの、と言っていたようだから、あながち間違いではない。というか太陽に匂いはない」
「嗅いだことがある?」
「この地下で? 表へ出たって分厚い雲の向こうなのに?」
相棒はハッとしたように文字通り棒のような腕を振った。
「いかんいかん、お前のペースに乗せられるところだった。匂いはしない。嗅ぐ行為にも意味はない。かつては青天の下で干した洗濯物にそのような匂いがしたと言うが、それも文献上の話であり……」
「君は何でも知ってるね」
もちろん! と文字通り箱のような──というか箱そのものが胸を張る。
「おれは文明世界の守り人だからね。だから、方舟から見つけたそれだって琥珀糖だってわかるし食べられるってわかる」
方舟には今では失われた技術や文化、文明、そして冷凍された種子や生き物たちがしまわれている。その中には有用とされた人間たちもいたが、それらを解凍して活用するだけの技術が今の世界にはなかった。だが、解明は地道に進められており、こうして方舟で見つけた相棒の講義を受けながら、方舟の倉庫で凍っていた太古を噛むことが出来ている。
「もう一個いい?」
「お前が見つけたんだから、好きにすればいい。気に入ったのか?」
重ねられた歴史の色か、褪せた文明の色か、鮮やかな錆にも似た黄橙色の琥珀糖はどういうつもりで方舟に乗ったのだろう。そう呟くと、相棒は当然と言った顔はないのだがそう思わせる口調で「次の連中に作ってもらうためだ」と言った。
「方舟の大体がそれなんだ。次へって。出来るかどうかは別だが、知らないと知っているではまるで意味が違う」
「知ってても僕作れないよ?」
「じゃあ、お前も次へ、ってやる方だ。おれが見といてやるから、託す準備はしとけよな」
「うーん、作り方は知ってる?」
「当然。お、やるか? やる気になったならやっぱり見といてやる」
そうだね、と言って琥珀糖を噛む。
次へ、次へ、と託されていった歴史は甘い。きっと苦いだけの過去ではなかったとも言いたかったんじゃないのかな、と目を閉じる。
そして氷を割ると、まだ見ぬ太陽の香りがした。
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