第5話「侍と父」

「頼もう!」


リイニャの家に着いた一刀斎は、堂々とした様子で大声でそう告げた。

余りに大きな声であったので、里のほかの家々の人たちも家から出てきて、異様な相貌の一刀斎を見て何事かと騒めき始めた。


「なんで人族の男が里に?」


「奇妙な格好をしているな」


「剣を差している。おい、警備隊を呼んで来い」


ざわざわと群衆が騒ぎ始めたころ、ようやくサリエリが騒ぎに気付いて家から出てきた。


「何事か…? リイニャ、その人族の男は何だ?」


一刀斎の隣に立っていたリイニャに気づいたサリエリは、眉をひそめながらそうリイニャに訊ねてきた。


「某は一刀斎と申す。故あっておぬしの娘リイニャに剣術を教えている」


臆することなくそう一刀斎が告げると、サリエリの眉の皺は余計に深くなった。


「リイニャ! お前このような妖しき者の存在を知っていて、なぜ里に報告をしなかった!」


怒鳴るサリエリに思わず肩をすくめたリイニャだったが、一刀斎は我関せずといった具合で泰然と構えていた。


「細かいことはどうでもよかろう。某は異界から来た故、魔法というものを知らぬ。ここはひとつ、手合わせを願いたい」


「手合わせ、だと?」


一刀斎の申し出に、サリエリはピクリと反応を示した。

エルフ族の戦士の間では、決闘を申し込まれれば、それを断ることは恥といった価値観が根付いていた。


色々と詮索したいことはあれど、これだけの群衆の面前で決闘を挑まれ、それを断るという選択肢はサリエリにはなかった。


「死ぬ覚悟があるということか。人族の男よ」


「戦いの中で死ねるなら本望である」


一刀斎はそういうと、刀を抜いた。

その刀の美しさと、一刀斎の見事なたたずまいを見て、群衆からは驚きの声が上がった。


「並みの使い手ではないな」


サリエリも只ならぬ気配を感じ取ったのか、表情を引き締めすぐに臨戦態勢に入った。


「では参る」


一刀斎がゆっくりとその歩を進めた。

途端にサリエリは魔法の詠唱を始めた。


「風精霊よ、彼のものを切り刻め! 『風切』!」


サリエリの指先から放たれた『風切』は弟のそれとは比べ物にならないほどに巨大で、鋭く、速さを持っていた。


だが、一刀斎は猫のようなしなやかな動きで横に跳び、その風の刃をかわして見せた。

すると背後の木が『風切』によって真っ二つに切断された。


「ほう、これは大した威力だな」


一刀斎は倒れた木を愉快気に振り返って見やると、再びゆっくりとサリエリに向かって歩み始めた。


「風精霊よ、彼のものを切り刻め! 『風切』!」


再び『風切』を撃ち出したサリエリだったが、先ほどと同様、簡単に一刀斎に避けられてしまう。

更に三発四発と繰り返し放つが、一刀斎の敏捷性が上回り、かすめることすら叶わない。


「風精霊よ、彼のものを巻き上げよ! 『辰風』!」


今度はサリエリが別の魔法を詠唱した。

『辰風』は、対象を突風で巻き上げ上空に打ち上げる魔法であり、その魔法が及ぶ範囲は広い。


「うはははっ! これは面妖な技だ!」


突風につかまった一刀斎はすかさず刀を地面に差し、それを楔として上空に打ち上げられることを阻止してみせた。


「面白い! おぬしの持つ技、その全てを存分に堪能させてくれ!」


一刀斎は幼子のようにはしゃいだ声でそうサリエリに告げると、サリエリは怒りで顔を赤く染めた。


それからサリエリは『風鞭』『風巻』『風槍』など、得意とする技を次々と繰り出すが、一刀斎は余裕をもってそれらの魔法をさばいてしまい、面白がらせるだけの結果に終わった。


「すごい…! やっぱりイットーサイ様はとんでもなく強かったんだ…!」


そんな一刀斎の戦いぶりを、その動きの一つ一つを、己の糧にするためリイニャは食い入るように目を輝かせながら見つめていた。


一方、魔法を何度も連発したサリエリは、次第に魔力が枯れ始めて、明らかに追い詰められていた。


「…里の中では使わないでおこうと思っていたが、致し方あるまい」


「ほう、まだ奥の手があるか」


嬉々とした様子でそう問いかける一刀斎を忌々し気に睨みつけるサリエリは、持っていたナイフで自身の三つ編みに束ねた髪を肩のところで切ると、それを精霊に捧げて特別な詠唱を始めた。


「風精霊よ、我が血肉を贄とし、彼のものを撃ち滅ぼせ、『疾風矢』!」


それまでとは比べてものにならないほど強大な魔力が、サリエリの指先に集まるのをリイニャは感じた。

そして撃ち出された『疾風矢』という超高速の魔法は、そのあまりの速度に誰も目でとらえることはできなかった。


「ふむ、それが奥の手か? 拍子抜けだな」


しかし一刀斎はその魔法すら、あっさり避けてしまったので、里の人々は驚きで声を失ってしまった。


「そんな…馬鹿な…!」


魔力を使い果たし、肩で息をしながらサリエリは青ざめた顔を見せた。


「魔法というのはその詠唱が弱みだな。攻撃の間が読みやすい以上、どれだけ速かろうと避けることはたやすい」


一刀斎はそう簡単に言ってのけるが、共感できるものはその場に一人もいなかった。


「またとにかく詠唱が長すぎる。今の魔法など、唱え切る前に十度はおぬしを殺せたぞ」


呆れたように刀で肩を叩きながら一刀斎にそう告げられたサリエリは、ドッと冷や汗が噴き出した。


「とはいえ、その技の数の多さや威力は脅威だ。遠間から複数人に魔法を絶え間なく撃たれ続ければ、斬るにも苦労しそうだな」


そういうと一刀斎は興味が失せたのか、サリエリに背中を向けた。

斬るまでもなく、勝負はついた。


「リイニャ、少なくとも貴様の父の魔法よりは、某の剣術の方が強いとわかったぞ」


そういって屈託のない笑みを見せる一刀斎に、改めて畏れと憧れを抱いたリイニャは、黙ったまま頷き返した。

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