第4話「疑念」
双子の弟たちに勝利したことを早速一刀斎に報告しに
湖を訪ねたリイニャは、興奮した様子でどのような戦いであったかを一刀斎にまくしたてる様に説明した。
「貴様も戦いに勝利する喜びを知ったようだな」
「うん! 今までで一番気持ちよかった!」
「だがその快楽に溺れるな。相手を暴力で屈服させることは愉快だが、弱者を屈服させ愉悦に浸ることを繰り返せばいずれ外道となる。侍ならば常に強者との戦いに挑むことだ」
ぴしゃりと水をかけられるような言葉であった。
そして先ほどまで浮かれていた自分が途端に恥ずかしくなってきた。
「…サムライとは、気高い戦士なんだね」
「侍など人を上手く殺すことができるものが偉いとされる者たちだ。ならばこそ外道に堕ちぬよう、常に自戒せねばならぬ」
リイニャはそれまで一刀斎のことを剣の師と仰いではいたが、その気高き精神にも見習うべきものがあると目を見開かされる思いだった。
「…私の夢は冒険者だけど、立派なサムライの精神を持てるようになりたい」
「その意気は良し! 励めよ、リイニャ」
一刀斎は初めて優しい笑みを見せ、リイニャの頭をごしごしと乱暴に撫でた。
そしてリイニャはまたいつもの鍛錬を積んだのちに一刀斎と別れて夕方過ぎに家に戻った。
するとその日は父親であるサリエリが久しぶりに帰宅したようで、サリエリの愛馬が馬宿につながれていた。
サリエリは里の警備隊に所属しており、氏族の縄張りを仲間と共に巡回警備することを生業としていた。
一度、巡回に出かけるとひと月近く家に帰ってこないことも珍しくなかった。
「リイニャ、お前は卑劣な恥知らずに育ったようだな」
家の扉を開けると開口一番、サリエリはそうリイニャをしかりつけてきた。
「な、なんのこと?」
リイニャがそう返すと、サリエリの隣で目を吊り上げたフィフィが怒鳴った。
「あんた、今日ライオスと喧嘩になってナイフで切りつけたそうじゃないか! ただの喧嘩で刃物を使うなんて、卑怯じゃないの!」
どうやら、ギルスが『風切』の魔法でライオスを傷つけたことを、リイニャがナイフで切りつけたのだと嘘をついたようだ。
「それは嘘だよ。ギルスが『風切』の魔法を私に向けて撃ってきて、私がそれをかわしたらライオスに当たっただけだ」
「無才のお前がどうやって『風切』を避けたというのだ。素直に謝るのであればまだ戒心の余地があるかと思ったが、嘘に嘘を重ねるとは許しておけん…!」
サリエリはそういって椅子から立ち上がると、リイニャの襟首をつかんで、そのまま家の外に放り投げた。
見た目は痩身であれども警備隊で鍛えられてきたサリエリの腕力は、リイニャが抗えるものではなく、そのまま地面に転がされてしまった。
「お前がギルスの魔法を避けたというのならば、これも避けられるはずであろう?」
そういうと、サリエリはリイニャに向かって指を差し、詠唱を始めた。
「風精霊よ、彼のものを吹き飛ばせ。『風巻』」
詠唱が終わる直前に、リイニャはギルスの魔法を避けた時のように横に跳んでかわそうとしたが、サリエリの指先から発生した突風の速度はすさまじい速さだった。
あえなくリイニャは突風に巻き込まれて後ろに吹き飛ばされ、そのまま木の幹に背中をしたたかにぶつけ息を詰まらせた。
リイニャが鍛錬の疲労で足に力が入らなかったというのもあったが、ギルスの魔法とは比べ物にならないほどサリエリの魔法は洗練されており、撃ち出された魔法の速度も段違いであった。
「やはり無才に魔法を避けることなどできるはずもない。先ほどの発言、嘘と認めて謝罪するのだ」
「嘘…じゃない! 私はナイフも使わず、ちゃんと実力で勝ったんだ!」
「まだ嘘を重ねるか…! これは強めの躾けが必要か」
不快そうに眉を寄せたサリエリは、そういうとさらに別の魔法の詠唱を始めた。
「風精霊よ、彼のものを打ち据えろ。『風鞭』」
詠唱と共に風でできた鞭がリイニャを襲った。
一撃で皮膚が避けて鮮血が飛び散り、リイニャは激痛で悲鳴を上げた。
避けることもかなわず、その鞭を十度ほど浴びたころにはリイニャの意識はもうろうとしていた。
「この痛みを二度と味わいたくなければ、反省してその卑怯な性根を直すように努めよ」
そう捨て台詞を吐いたサリエリは、リイニャに見向きもせずに家の中に戻っていった。
リイニャは悔しさに自然と涙が込み上げてきた。
自分のことを落ちこぼれだと認めず、言葉を信じようともしない父親に恨みが募った。
だが、同時にその父親を見返してやりたいという欲望がむくむくと湧き上がっていた。
「父上を見返すにはもっと強くならなきゃ…もっと、ずっと、遥かに強く…!」
弟たちを倒して強くなったと思い込んでいたが、サリエリを見返すためにはきっとサリエリをも超える強さを手に入れる必要がある。
「でも…イットーサイ様と父上はどちらが強いのだろう…」
ふと、疑念が浮かんでしまった。
本物のエルフの戦士である父の魔法は、弟たちのものとは速度も精度もまるで別物であった。
やはり熟練の魔法使い相手には、剣術だけでは勝てないのではないかという疑いを持ってしまった。
その疑いが晴れぬまま、翌日またいつものように湖に行くと、一刀斎があきれた様子で痣だらけのリイニャを上から下まで眺めた。
「昨日は昼には弟たちと戦ったばかりだというのに、その後またどこぞのものと戦ったのか。血気盛んだな」
「ち、違う!」
乱暴者のように思われてはかなわないと、リイニャは慌てて昨夜の父親との経緯を語った。
「――なるほど、それで魔法には剣術では勝てぬのではと疑いを持ってしまったというわけか」
「…うん」
「ふむ。某も実際に魔法を見たわけではない。つまり貴様の父に勝てると某も明言できぬわけだ」
意外にもあっさりとそう認めた一刀斎は、にやあと剣呑な笑みを浮かべて立ち上がった。
「日ノ本では天下無双と呼ばれたものだが、まだ見ぬ異界の技を持つ強者との戦いか。久しぶりに血が沸くわ」
一刀斎はそういうと、「貴様の家まで案内せよ」と告げてきたのでリイニャは驚いて飛び上がってしまった。
「えっえっ!? なんで!?」
「某が貴様の父の魔法に勝てるかどうか、実際に立ち会ってみればわかるだろう?」
そういう有無を言わさぬといった態度で、家までの案内を命令されたリイニャは頭を抱えた。
確かに言い出したのは自分だが、異界からやってきた一刀斎をエルフの里まで連れて行けば必ず厄介なことになると目に見えている。
しかし目を鈍く光らせた一刀斎を止める手立ても思いつかず、嫌々ながらも家まで案内することになった。
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