第13話 騎士、どうあっても当たるもの

 叫び声が聞こえたのだろう。エドアルドが慌てた表情でこちらに駆けてきた。


「どうしたんだいヴァレリー、なにかあった?」


 そう言って心配そうに見る視線は、やはり記憶と重なる。

 確かにそれなら、オスカーと顔馴染みなことも納得がいく。なにせかつては三人で一緒に遊んだのだから。


「エドアルド様はもしや、あの時一緒に遊んだエディでしょうか?」

「俺を覚えてくれていたの!」


 エドアルドの青い瞳に驚きが浮かび、そして嬉しそうに弧を描く。

 肯定を示すように、ヴァレリーは首を縦に動かした。


「覚えているわ、騎士ごっこをしたでしょう」


 母に連れられて行ったのは、公爵家だったのだろう。ただ、大人しくしていられず、ヴァレリーは庭の隅で遊び始めていた。

 そんな時にエディに出会った。そしてそれから彼の父に請われて、何度か一緒に遊んだ。


「俺は、あの頃の君との約束を守ろうと必死で鍛錬したんだ」

「そうだと思います、だって別人ですもの」


 記憶が結び付かなかった言い訳もあるが、それでもあの頃の少年とはまるで違う。


「君から見ても、そんなに変わったかな」


 はにかむようにエドアルドは笑う。

 ヴァレリーは呼び戻された記憶を一気に放つように喋った。


「だってエディは真っ白でずんぐりしていて、顔だってまんまるで嫌いな食べ物だって多くて、友達いないってぐずぐず泣くし」


 そこまで喋ったところで、我に返って慌てて口を閉じた。つい興奮して思い出を語ってしまったが、さすがにこれは言い過ぎだ。


「ヴァレリー、それは真実かもしれないが一応俺にも騎士の格好というものが」

「確かに従騎士となったばかりの頃も、身体は少しばかり重たかったな」


 あくまで思い出なので、あやふやだかもしれない。慌ててそう付け足そうとしたのだが、ルードが余計な補足をしてくれる。


「もしかして、仕返しで揶揄っていたの?」

「仕返し? 揶揄う?」


 だってそうだろう、エドアルドは凛々しく格好良い騎士となったのだから。

 あの頃のヴァレリーは、一緒に遊んだというより彼とオスカーを従えていた。見返すためにデート権の期間を引き延ばしたり、さも特別かのような扱いをしたとも思える。


「俺は、約束どおり騎士になったのさ」

「約束……」


 したような、していないような。

 覚えていることを都合のいいように組み立てるわけにはいかない。そうは思っているのに、ヴァレリーの中で肝心なところがわからずにいる。


 エドアルドは片膝をつくと、ヴァレリーの手を取った。


「唯一になって欲しいと伝えたら君は、エディの全てがヴァレリーに捧げられるならばと答えた」

「あのっ」

「俺はそのつもりで君の元に戻ってきた」


 強い視線から逸らせない。揺らがないエドアルドの気持ちは、真っ直ぐヴァレリーだけに向けられている。


 そんな風に熱く告げられて、嬉しくないはずがない。現にヴァレリーの頬どころか、エドアルドが触れている指先まで紅潮している。


 エドアルドは片膝をついて見上げるような姿勢のまま、にっこりと笑顔を浮かべた。


「大丈夫、不安もなくなったし焦らないよ、俺の気持ちを知ってくれただけで今は充分だ、これからは加減もいらないしね」

「加減など、今までだってなかったでしょう」

「うーん、そうだったろうか」


 思い返せば、デート中にだって距離は近かった。ここからさらに加減をしないとは一体どうなってしまうのか。


 ヴァレリーはそこで思い出した。一等を当てた時もエドアルドはこうして片膝をついて手を取った。そしてそれから指先に口付けようとしたのだ。


「あのっ、エドアルド様……」

「エディで構わないよ、どうか呼んで欲しい」


 そう言われても、まだはっきりと当時のエディと騎士エドアルドが結び付かないのだ。

 一旦離れようと手を引いてみたが、そこで強く掴み返されてしまう。

 どうにもならなくなったヴァレリーは、咄嗟に言った。


「そろそろ手を離してくださらないと、嫌いになります!」


 瞬間、ぱっと手が離れた。高鳴っていた心を落ち着けるように、ほっと呼吸をする。


「ヴァレリーはずるい」


 なんだか拗ねたようなエドアルドの視線をかわしていると、抽選会場のほうから風に乗って声が聞こえてきた。どうやらそろそろ抽選会が終わるらしい。


「あの、エドアルド様とのデート権は?」

「今回は断ったからないよ、だから誰がどんなに引いても結果は同じ」


 エドアルドは立ち上がりながら答える。そういうことか、ヴァレリーはなんだかほっとした。


「それなら折角だし記念に引いてこようかしら」


 すでに一等は出てしまっているし、軽い気持ちで楽しめそうだ。

 ヴァレリーは抽選器の前へ向かう。何故か後ろにエドアルドも付いてくる。後ろの彼が気になりながらも、案内の騎士に申し出た。


「一人です、引かせてください」

「はいどうぞ、ゆっくりと一回だけ回してください、出た玉の色で当たりが決まります」


 説明を聞きながらハンドルに手を掛ける。中の玉がじゃらじゃらと動く音がした。一等がないとしても、この瞬間はわくわくする。

 ハンドルを動かす寸前、後ろにぴたりと張り付いているエドアルドは、なんでもないことのように告げた。


「出る玉の色は決まっていないけれど、ヴァレリーになにが当たるかはもう決まっているから、そのつもりでいて」

「えっ?」


 抽選器を回しかけたヴァレリーの動きが止まり、緩慢な動きで振り返る。


「さすがにその抽選器には細工ができないからさ」


 当たり前でしょう、そう喉まで出掛かったが堪えた。ヴァレリーだとて疑惑を掛けられていたので、おそらく敢えてそう言ってくれているのだろう。

 なんだかおかしいがエドアルドなりの気遣いに違いない。


「ええと、さすがに白い玉のときは外れよ」

「いいや、その時はヴァレリー残念賞が当たるんだ」


(なんなの、その妙な名前の特別賞は!)


 エドアルドはさも当然といわんばかりの様子でこちらを見ている。


「言っただろう、そういう仕組みなんだ」

「それって、麦袋じゃなさそうですけれど」

「ほら、これが目録代わりだよ」


 エドアルドはそう言いながら、なにか大きめの封筒を取り出した。それは少し古ぼけたものにも見え、公爵家の印らしき封がしてある。

 なんだかちらりとみただけでも、物々しい雰囲気を醸し出していた。


「なんでしょうか、それ」


 期待したいような怖いような、複雑な心境のままヴァレリーは訊ねる。

 エドアルドは、その封筒を大事に持ってにっこりと笑顔を浮かべた。


「俺は思うよ、ヴァレリーの提案は確かだったって」

「私の、提案……」


 目を凝らして封筒を見ても、透けるわけがない。


 しかし中に入っている書面には、確かに認めてある。


『エドアルド・フレーグルのすべては、ヴァレリー・ハルストンのものです』


 あろうことか公爵と伯爵、双方が認める署名までもが入った書面。それは提案者であるヴァレリーの記憶の外に存在しているものだ。


 実は父への根回しは幼い頃から公爵によってされている。


 そんなこと知らないヴァレリーは、抽選器のハンドルを掴んだまま一体どうしたらいいのかと固まっていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

福引きで一等景品の騎士様が当たりました!? 芳原シホ @yoshishiho

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ