第12話 再抽選、次のデート権は誰の手に?
会場のあちこちから声援が飛び交っている。
ベネデッタもハンカチを振りながら声援を送り始めた。エドアルドはこちらを向かないが、それでも彼女は必死に声援を送る。
「がんばってー! エドアルド様ーっ!」
しかしエドアルドはどこか気が散っているようで、相手の騎士と剣を交えても競り負けている。押し込まれて数歩後ろに下がった。
「まあ、精神的なものも騎士の素養だ」
ルードが腕を組んだ姿勢であっさりと言い放つ。
その言い方にむっとしたヴァレリーは、ベネデッタの隣に並ぶと、力一杯叫んでいた。
「エドアルドーっ、がんばってーっ!」
どうせ呼び捨てにしたところで、他の声にかき消されるだろう。そう思って半ばヤケになりながら叫ぶ。令嬢らしさなど今更だ。
その瞬間、エドアルドの目線がすっと動いた。
競り合いながらも確かにヴァレリーのほうを見る目が開かれる。
そして次の瞬間、エドアルドは口角を引き上げてにっと笑った。
「おっ、あれはきたな」
ルードの声が楽しそうに弾む。
押し負けて下がるばかりだったエドアルドの足が止まった。その次の瞬間、一気に踏み込み逆に相手を押し始める。
あっという間に互角に戻したエドアルドに、声援が大きくなる。相手にも声援が飛んでいるから、盛り上がりは最高潮だ。
さっとこちらを向いたエドアルドが、軽く片目を瞑ってみせた。
「えっ」
ぴたりとヴァレリーが止まっている間に、一気に攻めたエドアルドによって勝敗はついてしまった。相手がどさりと倒れ、双方の剣が止まる。
それまで、という制止の声が掛かった。
「エドアルド様、勝ったの?」
「勝ちましたわー! さすがエドアルド様ー!」
ベネデッタは歓喜の声を上げて、さらに声援を送っている。
それからエドアルドは準々決勝まで勝ち、最後に残った四名の騎士は、騎士団長であるルードと模擬戦をすることになった。
「ルードお兄様、負けてもよろしくてよ」
「さすがにここは示しを見せておかないとな」
余裕そうにそう答えたとおり、ルードはあっさりと残った四名の騎士を打ち倒した。連戦だったのに息も上がっていない。
ヴァレリーの贔屓目かもしれないが、最も善戦したのはエドアルドだったように見えた。
模擬戦が終わると、片付けと成績に応じた課題が告げられた。
それから僅かな休憩時間を挟み、少年たちへの体験会が催される。
そして問題の抽選会だ。
休暇中もエドアルドは忙しそうにしていたので、ヴァレリーは彼と話をしていない。
そもそもデート権が無効になるのに、気安く声を掛けられなかった。
「はい、こちらでは抽選会を行っています、ご婦人のみ一人一回だけ抽選が出来ますよ」
笑顔を浮かべて抽選器の前にいるのは、エドアルドだ。
騎士団でもとりわけ人気のあるエドアルドが立っているだけあって、抽選会のあたりは令嬢などで賑やかしい。
ヴァレリーはベネデッタと並んで座り、その様子眺めていた。
「ベネデッタさんは、行かれないんですか?」
「あら、わたくしの心配だなんて、随分と余裕ですわね」
ベネデッタはちらりと横目でヴァレリーを見て、また会場に視線を戻す。
順番に抽選器を回している女性たちが、一喜一憂しているのが見える。
「ヴァレリーさんは、引かないつもりですか」
「それでもいいかなって」
ヴァレリーには彼を好きになる勇気がない。
一般席でベネデッタに見つかる前は、模擬戦だけそっと見て帰るつもりだった。それがなんとなく残ってしまったのは、彼に労いと感謝だけでも伝えたかったからだ。
しかしあの賑わいでは、そんな隙はなさそうである。
ぼんやりと眺めていると、抽選会場が突然湧いた。どうやら誰かがなにか上位の景品を引いたらしい。
「おめでとうございます、こちらのお嬢さんが今回の抽選会で一等当選者です」
エドアルドが高らかに宣言する声と、それから黄色い悲鳴が風に乗って届いた。
ベネデッタとヴァレリーは思わず腰を浮かせて様子を窺う。
「まさか、一等が出ましたの?」
「そう、みたいですね」
顔を真っ赤にしているのが当選者なのだろう。おそらく建国祭のヴァレリーに対した時と同じように、エドアルドが手を差し伸べるのだ。
「一等景品は、オラール騎士団所属アラン・レイノードとのデート権となります」
朗々とエドアルドが宣言すると、場が二種類にざわめいた。羨望の声と、それからエドアルドではないのかという声だ。
(騎士アランって、誰?)
ヴァレリーも思わず目を凝らして会場を見る。
すると赤茶の髪を結んだ、背の高い騎士がやって来て当選者の女性に向かって恭しく礼をした。再び黄色い声が上がる。どうやら彼が騎士アランらしい。
(え? だったらエドアルド様とのデート権は?)
ヴァレリーが目を瞬かせている間に、ベネデッタはルードを呼び寄せて襟元を掴む。
「お兄様、どういうことですの! アラン様は婚約者がいらっしゃるからデート権は有り得ないって言ったでしょう!」
「いや、実は拗らせて破談になったらしくてな、ってお前エドアルドのデート権狙いじゃなかったのか」
「それはまあ、私はアラン様もエドアルド様も応援しています、私の想いは広く深いのですもの」
ベネデッタは手をぐっと握りしめて、当選の様子を眺めている。
「むぐぐぐぐ、あの御令嬢、とっても羨ましいですわ」
「すまんなヴァレリー嬢、妹は甘やかされたからいつもこんな調子で些か浮ついているんだ、兄として根は悪くないと思いたいが……」
「は、はい」
今なら気になることが分かるだろうか。そう思ったヴァレリーは、さりげなくルードに訊ねた。
「あの、ルード団長、デートの期間はどのくらいなのですか?」
「どのくらいもなにも、エドアルドの時と同じだ、決まった場所を半日程度であとは家まで送り届けるだけだ」
「えっ、半日?」
ヴァレリーは瞬きを繰り返した。
エドアルドはヴァレリーと、建国祭の日も夕刻まで目一杯デートをした。そして二回目の庭園、そのうえ今日の三回目は特別な席にまで通されそうになった。
(まったく分からないわ、どういうこと?)
まだ抽選会は続いているが、一等が出たせいか回さずに諦める者が出始めた。
「あっ、お二人がこちらを向きましたわ、きゃー、エドアルド様ー! アラン様ー!」
ベネデッタは楽しそうに手を振っている。そんなに歓声を上げるなら、そばに行けばいいのにと思いながら、ヴァレリーは会場を眺めた。
どうやらアランも、エドアルドと並ぶほど人気のある騎士のようだ。二人が近い場所で立っている姿を見るだけでも、とても煌びやかである。
エドアルドがまずこちらに気が付き軽く手を振った。すると隣のアランまでもがこちらを見て笑いかけてくる。
(なんか二人揃って、妙にこっちを見ているわね)
深く考えられなくなったヴァレリーは、つい逃避気味に感想を述べた。
「アラン様か、確かにとても格好いい騎士様ですね」
「そんなこと言うと、またエディが嫉妬で怒り狂うぞ」
あいつ案外に心が狭いからな。そう付け加えながらルードは顎で示す。エドアルドがなぜか立ち位置を変えたせいで、アランが見えなくなっている。
「エディ……」
ぼんやりとヴァレリーは呟いた。
確かにエドアルドの愛称ならそうだろう。しかしその呼びかたには覚えがある。
昔、そんな名前の少年がいた。どこかの貴族の家の庭で、ヴァレリーは一緒に騎士ごっこをしたのだ。
確かにそれは、青い目をしている、エディと呼んだ少年だった。
(……まさか)
騎士になったら君のところに行く、ヴァレリーにそう約束した少年だ。
「まさかそういうこと!」
思わず立ち上がって叫ぶ。ようやくヴァレリーの中で記憶が呼び戻された。
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