第11話 公開演習、視線の先にいるもの
公開演習の日、ヴァレリーは服を選ぶ必要がなかった。
なぜか領地にいる父から外出着が届けられたのだ。他にもジュリオやミーシャの日用品などがあったが、そんな上手い気遣いが出来る父ではないことはよく知っている。
「絶対におかしいわ」
「まあ、だとしたらもう諦めたら?」
父への根回しも出来るくらい強かならば、もう文句を言えないし相手として不足はない。いや、そもそもヴァレリーが不満を言っているという形が出来上がっているのは、一体どうしてなのか。
「諦めるってなによ、まるで私が拒んでいるみたいじゃない」
「だって明らかにそうじゃないか」
王都の流行に合わせた明るい色の外出用ドレスは、あの父が選べる意匠ではない。だいたいこんな物を仕立てる経済的余裕などないはずだ。
ジュリオは支度をして出掛けようとしているヴァレリーを眺めて、満足そうに頷いた。
「でもそうしていると、姉様はとても綺麗だからいけるって」
「そういうお世辞はいらないわ」
それでも服のおかげで人並み程度にはなっているという自信はついた。父なのか別の誰かなのかはこの際考えないことにする。
ヴァレリーはジュリオたちに留守を頼むと、屋敷を出た。
王都郊外に設けられた闘技場は多くの人で賑わっていた。競技大会ではないが、実際に模擬戦もある騎士団演習とあって見学者は多い。
「ええと、貴族か令嬢、それから家族と恋人、その他王都民……けっこう席が細かく区切られているのね」
一応は伯爵家でもあるヴァレリーは、貴族席でいいのだろうか。あとは行って感じた空気で席を探すしかない。そう思っていると突然声を掛けられた。
「失礼します、ヴァレリー・ハルストン嬢でしょうか?」
「えっ、はいそうですが」
見るとジュリオよりは年上の青年が立っている。格好と佇まいからして従騎士といったところだろう。
ヴァレリーが頷くと、その青年はすらすらと用件を述べた。
「エドアルド・フレーグルから言付かっております、あちらに席を用意したと」
「えっ」
「ご案内します」
「あ、ありがとうございます」
席を用意してあるだなんて一体どこだろう。
そう思っているヴァレリーを案内する従騎士は、貴族席を通り過ぎてさらに進んでいく。
通された席は貴族席のなかでも最も良い場所にある場所だった。もしかしなくとも公爵家に向けて設けた席である。
「こちらです、どうぞ」
「あのっ、なにかの間違いなのでは?」
「エドアルドからは、大切な方だからこちらに通すようにと伺っています」
間違いないとばかりに、自信を持って答えられた。
だがヴァレリーはもうすでに笑顔が強張りそうだ。他の席に座る令嬢からの視線は鋭く、囁き声が聞こえる。良い席過ぎてなにを言っているのかまで聞こえないのが幸いというくらいだ。
「わかりました、もう大丈夫ですから貴方は戻ってください」
「ですが……」
エドアルドになにを命じられているのかはわからないが、側に立っていられても申し訳なさしか感じない。
「貴方だって、学ぶ機会なのでしょう? そちらのほうが大事よ」
「では、なにかあれば呼び出してください」
「ええ、ありがとう」
青年は不安そうにこちらを見ていたが、がんばってねと伝えるとその場を離れていく。
姿が見えなくなるまで待つと、ヴァレリーは席に座らぬまま踵を返した。
「折角だけどここはちょっと、落ち着かないわ」
だいたいもし公爵様が来て知らぬ娘がここに座っているのを見れば、おそらく不快に思うことだろう。
ヴァレリーはそっと席を離れると、人目を避けるように移動して席を探し始めた。
「うん、ここならよく見えるしかえって落ち着くわ」
結局ヴァレリーが座ったのは、王都民のなかでも比較的上流である商家の娘などがいる区画だった。
「エドアルド様は……いた、あそこだわ」
公開演習の目玉は模擬戦だが、それだけでなく準備運動などの演習から始められている。他の騎士と組んで身体を動かしているエドアルドもすぐ目に入った。
「一緒に街を歩いたけれど、ああしていると本当に凛々しい騎士だわ」
ヴァレリーは演習を眺めながら、側に座っている商家の娘の話に聞き耳を立てた。
どうやら今日の模擬戦は勝ち抜き戦らしい。それから少年たち向けの体験会や、女性を対象にした抽選会が行われると。
「体験会があるのなら、ジュリオを連れてこればよかったかしら」
といっても、ジュリオはどちらかというと文官向きの考えをしている。興味は感じるだろうが、どうかと言われれば向いていない。
しばらくすると模擬戦が始まった。
どうやらエドアルドは騎士としても卓越しているらしく、声援を受けながらまず一戦目に勝つ。
「でも、どうかされたのかしら」
エドアルドだったら、掛けられる声援に笑顔で答えていそうなのに、ずっとどこか不機嫌そうな表情を浮かべている。
「怪我、というわけではないわよね、勝っているし」
模擬戦用に刃を潰してある剣を振り、エドアルドが観客席のほうを眺めた。視線が動き、また不機嫌そうに眉が寄る。
その視線を辿ったヴァレリーはある予感に固まった。
貴族席での一番良いところにある空席、ヴァレリーが始めに案内された場所だ。
(ひょっとして、私がいないから?)
「いいえ、そんなことはないわ」
心の中の声を、呟きに出して打ち消す。
それでもエドアルドは本当に優秀なのだろう。危なげになりながらも、なんとか次の試合も勝ち進んだ。
そしてやはり騎士たちのなかでは一番声援を集めている。
彼に対する期待と賛辞が聞こえる中、ヴァレリーの戸惑いは最高潮だった。
なにせエドアルドは、他の声援には目もくれずに何度も空席を確かめている。
(どうしよう、彼の足を引っ張ってしまっている)
もしかしたらヴァレリーに何かあったと案じてくれているのかもしれない。ここにいると分かってもらえれば、彼は試合に集中できるだろうか。
ぐるぐると決まらない思考が巡っていると、突然背後から甲高い声が聞こえた。
「やっと見つけましたわ、もうっ、一体なにをしていますの!」
「ベネデッタさん?」
ヴァレリーが振り返ると、そこに怒りの形相で立っていたのはベネデッタだった。
侯爵令嬢である彼女がなぜこの場所にいるのだろうか。あの公爵席ほどでないにせよ、それなりに良い席が用意されているはずだ。
「ほら、さっさといらっしゃい!」
「ちょっ、あの一体どうされ……」
「エドアルド様が負けたら、貴方のせいですわ!」
怒りの形相であるベネデッタは、ヴァレリーの腕を掴むと問答無用とばかりに歩き始めた。
一般席を出て、貴族席のほうへと向かっていく。
「……あんな目で必死に貴方を探しているというのに、本当に許せません」
「申し訳ありません」
「貴方になど謝って欲しくありません、それに謝る相手が違うでしょう」
公爵席に向かうのかと思いきや、ベネデッタが向かったのは家族席の最前列だった。
柵越しに背の高い騎士が一人立っている。あきらかに別格という佇まいだ。
ベネデッタはヴァレリーを引っ張ったまま柵越しに彼に近付く。
「ベネデッタ、お前どこに行っていた」
「ルードお兄様、戦況をどう見ますか?」
ベネデッタの問いにルードと呼ばれた騎士が顎を撫でながら視線を闘技場に戻す。無理矢理連れてこられたヴァレリーも、同じように視線を向けた。
「残念だが、あの踏み込みでは勝てんだろう」
どこか楽しそうに言うルードを、ベネデッタがじろりと睨む。そしてその怖い表情のままヴァレリーを見た。
「えっ、あの……」
「ほら、しゃきっとして応援してください!」
ヴァレリーは戸惑いつつも頷いた。
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