第4話 贈り物、騎士だって譲らない

 ヴァレリーは、あらためて品々が並んでいる店の前へと行き、装飾品を眺め始めた。

 こういったものに興味がないわけではない。ヴァレリーだって年頃の娘だ、やはり綺麗な細工や美しい石は魅力的だと感じる。

 見始めると次第に真剣になっていく。

 そこまで高価な宝石が付いているわけではないとは思うものの、どれもそれなりに繊細で見事な細工だ。


 その中で選んだのは、綺麗な青い石が付いているブローチだった。


「さっき一等で出てきた玉に似ている、綺麗な青色だわ」

「ではそれにするかい?」


 エドアルドの瞳と同じ青色、そこまでは言わなかったが、なんとなく今日の記念という意味合いも感じられる。

 ヴァレリーはそれを選ぶことにした。


「なら俺はこちらにしよう、君の瞳と同じ榛色だ」


 ヴァレリーが選んだブローチと、その隣にあった似た細工のブローチを手に取ると、エドアルドはそれを買った。

 他にも様々な美しい色があったのに、目立たない榛色を選ぶなんて。

 ということは、彼の瞳を連想させる青色を選んだことは見透かされていたのだろう。そう思うとなんだか気恥ずかしくなってくる。


 ヴァレリーが店の隅で赤くなっていると、支払いを済ませたエドアルドが戻ってきた。


「さあこれは君のものだ、それからこちらは俺からヴァレリーへ贈りたい」

「えっ、エドアルド様?」


 エドアルドによって手の中に落とされた包みは二つあった。

 ひとつは先程ヴァレリーが選んだ青い石のブローチだ。そしてもうひとつの小袋を開けてみると、中から出てきたのはよく似た青い石がちりばめられている髪飾りだった。


「とても綺麗です……」

「君の美しい金髪にきっとよく似合う」


 櫛は毎日入れて梳いてはいるが、美しいとは言い難い。それにこんな綺麗な品を付ける機会などあるだろうか。

 しかし選んでもらった気持ちが嬉しく、ヴァレリーは思わず笑顔を浮かべた。

 遠慮するくらいなら、少しでも感謝を示しておくべきだ。ヴァレリーの頑なだった心は、この短い時間でずいぶん動いている。


「大切にしますね、ありがとうございます」


 ブローチと髪飾りを大切に抱え、ふわりと笑顔を彼に向けた。


「っ!」


 エドアルドに驚いたような、それからなにかを堪えるような表情が浮かんだ。それは気のせいかと思うくらい僅かな間だった。


「どうかしましたか?」

「いや、なんでもないさ」


 気になって訊ねてみたが、さらりと躱されてしまった。


 買い物をした店を離れ、また二人で歩く。会計をしたときに離れた手はそのままで、再び繋がれることはない。それはヴァレリーにはどこか安心したような、寂しいような自分でもよく分からない気持ちになってしまう。

 さらに歩くと、通りの両側には菓子や料理の店が増えてくる。

 ヴァレリーが目当てとしている店もそこにあった。


「エドアルド様、そこの菓子店に寄ってもいいでしょうか?」

「わかった寄ろう、もしや弟妹への土産かい」

「はい、そうです」


 その店は以前も焼き菓子を買ったことがあり、ヴァレリーは必ず寄ろうと決めていた。露店ではなく店として構えているが、今日は記念なこともあり品揃えが大きく違う。


 ただ、頷きながらもヴァレリーはふと疑問に思った。エドアルドに妹の話をしただろうか。

 弟のジュリオは抽選会まで一緒にいたので知っているのは当然だ。しかし先程ジュリオに声を掛けていた時も、妹のことに触れていた。

 公爵令息である彼が、貧しい伯爵の家族事情まで知っているものだろうか。


(まさか、そんなことはないわよ)


 気にするところではないと、ヴァレリーはこの場は納得することにした。

 それよりも店の方だ。思ったより客が多く、少し並ぶかもしれない。


「これは、なかなか盛況だな」

「並んでいるかもしれないと思っていたけれど、結構な人ですね」


 菓子店の中には、焼き立てらしい甘い香りが漂っており、量り売りの菓子を買い求める人で列が出来ていた。


 帯剣はしていないが、騎士の制服を着ているエドアルドは店の中でかなり目立つ。それでもヴァレリーから離れるつもりはないようで、一緒に列に並ぶ。


「ほら、あの娘じゃない? 抽選会の」

「並ぶ時まで連れて歩くなんて、なんだか騎士様が気の毒よ」


 並んでいると、他の女性客がヴァレリーを見て、なにか会話を始めた。きっと抽選会のことを知っているのだろう。

 通りを二人で歩いていた時も、興味深そうに見てくる人や、恋人だと思って呼び込みはされた。しかしそれとも違う視線は、どこか居心地が悪い。

 手持ち無沙汰なのか、ちらちらと視線は絶えず向けられる。


「エドアルド様、しばらく並ぶようなので、店の外で休んでいてくださいますか」

「大丈夫、そのくらい気にしないよヴァレリー、こんなに美味しそうな匂いがしているのに、勿体ない」


 嫌味のような会話は、彼にだって聞こえているだろう。

 これ以上、彼にまで嫌な思いをしてもらいたくなくて提案したのだが、エドアルドは並ぶことは苦ではないと応じない。


「むしろ俺は感謝を感じている」

「えっ」

「敢えて聞こえるように振る舞うような、卑しい御令嬢に当たらなかったのだからね」


 声は控えていたが、女性客の声とさほど変わらない大きさなので、おそらく同じように彼女らにも伝わったろう。案の定、表情が強張るのが見えた。

 さらに彼は、女性客がぎろりとヴァレリーを睨むより先に、遮るように並んでいる立ち位置を変えた。


 ちらりと見えたエドアルドの横顔は、ヴァレリーが驚き固まるくらい冷ややかな表情だった。

 さすがの女性客も、顔色を変えて黙る。


 ピリピリとした空気のなか、ヴァレリーの後ろに並んでいた老婦人が小さな声で話し掛けてくれた。


「ふふふ、いいわねえ、まさに貴方を守る騎士じゃない、気にせず楽しみなさいな」

「はい、ありがとうございます」


 それから老婦人は、焼き菓子や好みの紅茶の話を聞かせてくれた。

 彼女の柔らかな佇まいに落ち着きを取り戻したのか、エドアルドも冷ややかな表情を収め、婦人の話に相槌を打ち始める。


 三人で楽しく会話をしていると、あっという間に買い物の順番がまわってきた。


 ヴァレリーは、あらかじめ決めていた二種類の焼き菓子と、老婦人が勧めてくれたものを一種類選びそれぞれ家族分買うことにした。これなら手持ちのお金でも充分買える程度だ。

 しかし菓子を包んでもらっている間に、エドアルドは支払いをしている。


「エドアルド様っ、勝手に支払いをしないでください、これは私の買い物です!」

「いいんだよ、ジュリオにも土産の約束をしたからね」


 財布を握りしめたヴァレリーは、なんとかエドアルドを押しのけようとしたが、あっという間に支払いを済まされてしまう。

 恐縮している間に、焼き菓子が沢山入った包みもエドアルドが受け取り抱えた。


「いいんだよ、俺が買ってあげたかったんだもの」

「でも、荷物まで持たせてしまって」

「君だけが抱えていたって、それはそれでおかしいだろう」


 荷物に関しては、彼のその言い分はわからないでもない。

 支払いに関しては、景品になっていること込みで、騎士団から報酬が出ていると思いたい。だがそこを彼に訊ねて確かめるのは、さすがに失礼だろう。


 菓子店を出ると、エドアルドはさて、と声を出して敢えてひと呼吸取ってからヴァレリーを見た。


「令嬢である君をこれ以上歩かせるのは申し訳ないんだが、もう少しだけ歩いてくれるかい?」

「それは構いませんけれど、どこに行くのでしょう?」

「見晴らしの良い、とっておきの場所があるんだ」


 伯爵令嬢といっても慎ましく暮らしているので、別に歩くことは苦ではない。

 そろそろデート権も終わりの時間なのだろう。

 どこか寂しく感じながら、ヴァレリーは彼と並んで歩き始めた。

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