第3話 デート、一等景品であるデート権

 まるで本当に恋人同士がデートをしているように感じる。

 そのことに気が付くと、ヴァレリーは赤く火照った頬を誤魔化すように、並んでいる露店へと視線を向けた。


「本当に、沢山の店が並んでいるな」

「お祭りですから、限定で並ぶ物やちなんで安くなる物もあるんですよ」

「なるほど、そういう掘り出し物を探すのも楽しみなのか」


 公爵家の令息で騎士でもあるエドアルドは、こうして気楽に露店を巡ることなどあまりないのかもしれない。珍しそうに通りを眺めている。

 本来なら騎士として警備や巡回など、仕事は沢山ある筈だ。


 露店やその奥にある店を覗いたりしながら、エドアルドは騎士ならではの話をしてくれた。退屈させないようにという気配りが感じられる。でもなにより話が面白くて、ヴァレリーは耳を傾けて続けた。


「王城前で騎士が行う祭事があるだろう?」

「はい、正装で模擬戦が行われますよね」

「建国祭の担当だと、実はあれが一番大変なのさ」

「しかし、あの祭事に選ばれることは、花形で誇らしいのでしょう」


 建国祭は露店が出るだけではない。王国でもとりわけ大きな祭りで、主な行事は王城前で開かれる祭事がある。

 騎士の祭事は、すぐ近くで騎士の模擬戦が見られるとあり、早くから場所取りに並ぶものもいるくらい人気だ。


「あの正装はとにかく暑いし重くてね、模擬戦に使う儀仗も飾りが多いからやはりとても重たい、振り回すのは至難の業だ」

「でも騎士のかたは、それを軽々と扱って剣を交えていましたが」

「あれは模擬戦というよりどちらかというと演舞だ、剣を交える所作もある程度決まっているのさ、でも実際行うと暑さと重さでまず思考が飛ぶ」


 意外な裏話に、ヴァレリーは目を瞬かせてエドアルドの話に聞き入った。


「俺も最初は花形だと思っていたから、選ばれた時は誇らしくなったよ、しかしあれは本当にきつい」

「とても勇ましく素敵だと記憶していますが、そんな苦労があるのですね」


 ヴァレリーは何年か前に、人混み越しにちらりと見たことがあるだけだ。それでも祈りを捧げた騎士たちが、複雑な刺繍や飾りの入った正装を翻し、剣を交える様は覚えている。

 エドアルドはおどけるようにくるりと視線を動かして、苦味を含んだ笑顔を浮かべた。


「見ると辛さを思い出すから、先に予防線を張っておこうと思って」

「まあ!」


 しかし騎士の正装で儀仗を振るうエドアルドは、とくに誰よりも優美だろう。


「でも、エドアルド様がなさる祭事、見てみたかったです」

「そう言ってくれるのは嬉しいが、あれはもう勘弁してくれ」


 エドアルドの表情は、思い出すだけで参るといわんばかりだ。思わずヴァレリーはくすくすと笑う。


「それに、一緒に祭事を見に行って、ヴァレリーの熱い視線が他の騎士へ釘付けになるのは、俺としては面白くない」

「そ、そんなこと……」


 向けられる青色の視線は、ヴァレリーの心の奥まで奪われそうで、思わず視線を逸らす。


「あの、エドアルド様」

「なんだい?」

「そろそろ手を離しませんか、ひとりで歩けますので」


 さりげなく動かして、するりと指を引き抜こうと思ったが、エドアルドは案外しっかりとヴァレリーの手を掴んでいた。

 先程は少し人通りも多かったが、今は通りも落ち着いている。はぐれないようについて歩くことは出来るし、いくらデート権といってもずっとこうしてもらっているのも申し訳ない。


「嫌だ」

「エドアルド様?」

「俺は手を繋いでいたい」

「えっ?」


 そんな風に言い返されるとは思っていなかった。まるで子供が駄々をこねるように言われ、ヴァレリーは困ってしまう。

 しかもさらにしっかりと手を握り直される。痛くはないが、振り解くことは出来ない。


「せっかく君と共に歩ける権利を得たのに、それを離すなんて……」


 声はあまりに小さくて、ヴァレリーまでよく届かなかった。

 それでも表情に困惑が残っているのがあからさまだったのだろう。エドアルドはわかりやすく話題を変えてきた。


「それよりもさっきからずっと眺めているだけだが、買わなくていいのかい?」

「様々な品があって、見ているだけで楽しいですから」


 貴族令嬢といっても貧しいヴァレリーなどは、特に洒落た買い物の予定などない。祭りにちなんで安くなった物を探すくらいだが、余計なものは買わずに見るだけで楽しむ。


 騎士であり公爵家の令息でもあるエドアルドと歩くことなど、普段ならあり得ない。だがだからこそ、様々な話をしながら歩くのが新鮮で、それだけでも今日は充分楽しめている。


 その感謝は伝えたいと、ヴァレリーが視線を向けると、エドアルドはなにかをじっと眺めていた。


「うーん、そういうのも悪くないな」

「エドアルド様、どうされたんですか?」


 そしてふいに彼が足を止めた。離すことができずに手を引かれていたヴァレリーも、合わせて歩くのをやめる。

 ちらりと彼の視線を追うと、どうやらブローチなどの装飾品を扱っている店らしい。


 誰かに贈り物だろうか。ひょっとしてヴァレリーがなにも買わないから、彼もそれに配慮して買い物を控えていたのかも。

 そう考えて彼の買い物を待っていると、エドアルドが突然ぐるりとヴァレリーへと振り向いた。


「ヴァレリー、折角だしなにか揃いで買おう」

「え? 誰とでしょうか」

「俺と君とでだ、俺が買うから好きなものを選んでくれ」


 ヴァレリーはそう言われて、とにかくぶんぶんと首を横に振った。

 エドアルドは有無を言わせぬとばかりに、じっとこちらを見ている。しかしヴァレリーのほうも流石にそこまでしてもらう訳にはいかないから応じない。

 本来なら、貧乏伯爵家で社交会などにも碌に出たことのないヴァレリーなど、彼に近付くことさえ出来ないのだ。こうして気を配ってくれて、本当のデートのような気持ちを感じさせてくれているだけでもう満足している。


「そこまでして頂くわけにはいきません」

「嫌、かな?」

「そう、ですね、嫌です」


 嫌だという気持ちとは違っていたのだが、そう答えないとエドアルドはまた気を遣って押し通そうとする。

 それは薄々感じていたから、ヴァレリーはわざとはっきり拒否を示した。


「エドアルド様、私にだって貧しいながらも伯爵令嬢という肩書きがあり、ささやかですがそれに誇りを持つようにしています」

「だから俺では嫌だと、そういうことかい?」

「そうではなく、これは催しだとして弁えたいんです」


 そうでないと、ヴァレリーは本当にエドアルドに恋をしてしまう。

 彼に恋したって身分も違う、なにより彼に恋焦がれる者は多くいる。

 だからこそ真っ直ぐに伝えたのに、エドアルドは納得しなかった。


「それでも構わない、だったらこれは催しだ」

「でも、そうはいきません……」

「一等を当てたのは君だ、それ込みの景品として受け取ってもらう」


 どうしてこんなにも熱く求めるような視線を向けるのか。その真意までは覗けないから、怖くなる。

 店先で言い合いをするつもりはなかった。それなのにヴァレリーとエドアルドはどちらも譲らず、じっと視線を合わせたまま動けない。


 しばらく経って折れたのはヴァレリーだった。ここまでしてくれているのに拒み続けると、それはもう遠慮とは違う。


「わかりました、買ってくださいますか?」

「ああ、もちろん、ありがとうヴァレリー」


 見上げるようにしてエドアルドに告げると、彼は笑みを浮かべて頷いた。

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