第2話 当選、当たったのは騎士様?

「ヴァレリー嬢、不躾ですが本日の予定は?」

「ええと、この後は弟と露店などを見て回ろうと思っていました」


 何故そんなことを聞くのだろう。そう思いながらも、ヴァレリーはエドアルドの問いに正直に答える。


「もし良かったら、俺と一緒に祭りを巡りませんか?」

「えっ、デートって今日なのですか!」


 まさか当たった今日いきなり決行されるなんて! ヴァレリーは思わず一歩後退る。

 突然デート権などと言われても、本当に困っているのだ。


 ハルストン家は貴族の一番端にかろうじてぶら下がっているような家柄だ。伯爵家ではあるが領地経営はいまいちで、慎ましいどころか貧乏という域にまで到達している。

 今日のヴァレリーだってお気に入りのドレスは着ているが、ずっとお世話になっているからどこか草臥れていた。

 こんなことになるなら、もっと良いドレスを着て来たかった。といってもそんな質の良いドレスは持っていないし、マシな物でも程度は今日と変わらないが。


「あの、私、折角当たったのですが、その、弟がいるので、今回は……」


 辞退させていただきます。

 ヴァレリーは呼吸を整えながらようやくそう決めた。

 麦が欲しいことはともかく、本当にもっと綺麗に着飾った可愛らしい娘さんに当たったほうが、エドアルドや騎士団にとっても良いはず。

 そう思っていたのに、すぐ近くから遮るように口を挟まれた。


「行ってきなよ姉様」


 傍で様子を窺っていた、弟のジュリオだった。見るといかにも応援していますと言わんばかりの表情を浮かべていて、いつになく頼もしさを感じさせている。


「僕にはオスカーが付いているから、少しお祭りを巡って帰れるしさ」

「ジュリオ、そんなこと言われてもっ」


 しっかり者である弟の押しに、ヴァレリーのほうが眉を下げる。

 どうか姉を見捨ててくれるな。そう思い躊躇っていると、ジュリオはすすっと服が接するくらいまで近寄った。すかさずヴァレリーは他に聞こえないように、小声で反論する。


「そんなこと言ったって、今日の今日なのよ、突然ご一緒しろだなんて、そんなこと出来ると思う?」

「ちょっと姉様っ、一等景品を知らなかったわけじゃないでしょう」


 まさか知らなかったですとは言えない。

 しかし口を引き結んだヴァレリーの様子から、ジュリオは察したのだろう。ドレスをさっと引くようにして耳を寄せさせると、さらに小声で教えてくれる。


「エドアルド様のフレーグル家は公爵位、そのうえ騎士としても秀でているって、そりゃあ評判が良いんだ」

「ジュリオ貴方、いつの間にそんな情報まで調べたの?」


 思わず感心してしまう。

 ジュリオはさらに嬉しそうに付け加えた。


「麦も欲しかったけど、僕は密かに姉様が一等を当ててくれないかなって思っていたんだ」


 ヴァレリーだって年頃の娘だし、良い縁談やかっこいいかたとのお付き合いに興味がないわけではない。しかし普段は育ち盛りの弟妹がいて、雇えない使用人の代わりに家のことをこなしている。そんな状況では、まともな縁など望んでいる暇はなかった。

 弟もおそらくそれを気にしていたのだろう。


「うちのことは心配いらないから、上手くやりなよ」

「上手くってなによそれ、ちょっと、姉さんを見捨てないでっ」


 言い返そうとしたが、ジュリオはさっと身を翻してヴァレリーから離れると、エドアルドに向き直った。にっこりと笑顔を浮かべると、彼に丁寧に頭を下げ礼をする。


「エドアルド様、姉のことをよろしく頼みます」

「ああ任せてくれ、しっかりとエスコートするよ、彼女と一緒に君や妹にも土産を選ぶから、楽しみにしているといい」

「わあ、ありがとうございます、楽しみにしています!」


 エドアルドとジュリオは、笑顔で頷き合う。

 騎士としてかそれとも景品だからか、当選者の家族への態度まで徹底している。


(ちょっとジュリオ、そんな簡単に買収されないで、もうちょっと助言とエドアルド様の情報を姉にちょうだい!)


 そう思ったが、当人なのに口を挟める雰囲気ではない。

 頼もしいジュリオと、有無を言わせてくれそうにないエドアルドによって、ヴァレリーはデートをすることになってしまった。


「では行こうか、ヴァレリー」

「は、はい、よろしくお願いします、エドアルド様」


 急に呼び方を変えられて、ヴァレリーはびくりと肩を持ち上げた。その声の掛け方は、不躾というより親しささえ感じる声音で、本当にデートをしているようだ。

 流石に身体には触れられないが、促すような視線はとても優しげである。


(どうしよう、なんなのデート権って……)


 ヴァレリーは頬が火照るのを感じながら、彼に付いて歩き始めた。

 エドアルドはこちらの歩く速度に合わせて、すぐ隣を歩いてくれている。そんな気遣いも完璧だ。


「弟とはどこへ行こうかなど決めていたのかい?」

「特には決めていません、ただ珍しい店が沢山並ぶから、それを見るだけでも楽しいでしょう」


 ゆっくりと歩いているうちに、次第にヴァレリーの緊張も解けていく。まだ心はドキドキと鳴っているが、それでもこうなったら楽しもうと思えてきた。


 エドアルドはさりげなくヴァレリーが他の人と触れないように、気を配って歩いてくれている。それでいて少し砕けた口調は、どこか温かく話しやすい。


「格好良くおすすめを紹介したいところだけど、実は俺もそこまで詳しくないんだ」

「そうなのですか?」


 景品として企画されているから、決まった行程があるのだろうか。一切気にしていなかったヴァレリーは、それさえも分かっていない。

 隣を歩きながら視線を上げると、エドアルドは目を細めて、祭り飾りに彩られている街の景色を眺めていた。

 もうずっと前から彼を知っていて、そうやって並び歩いていたような自然さを感じさせてくれる。


「建国祭だしね、式典もあるし例年はそちらの警備に駆り出されていた、まさかこんな役得があるとは思わなかったよ」


 そう言ってエドアルドは柔らかに笑った。

 不意打ちで見せられた整った笑顔に、思わずヴァレリーの足が止まる。

 急に立ち止まったせいで、他の通行人とぶつかりそうになり、隣を歩いていたエドアルドがさっと手を出した。

 優しく掴まれたその手は、しっかりとした指の長い手で剣だこがある。包むように握られて軽く引き寄せられると、ヴァレリーは再び歩き出す。


「普段より人通りが多いから、気を付けて」

「は、はい、あのエドアルド様、手を……」

「デートだしいいだろう、ヴァレリーが嫌だったら離すけれど」


 小さな声でそう言い添えられて、ヴァレリーは答えられず困ってしまった。

 嫌ではなく、むしろヴァレリーは申し訳ない気持ちだ。ただ抽選で当たってしまったがために、エドアルドにこんな令嬢か恋人のような接しかたをしてもらっている。

 なにしろヴァレリーは、殿方に接する機会がなさすぎる。当選したから、そう思って開き直ることなど出来ないし、これがデートとして当たり前なのかも分からない。


 しばらく歩き、通りが二手に分かれている場所で彼は一度歩く速度を緩めた。繋いだ手は離してくれず、もう片方の手を腰に当てて考えている。


「さて、どちらへ行こうか」

「左の通りは料理や菓子店が主ですね、右の通りは民芸品と装飾品の店が多いはずです」

「ヴァレリー、お腹は空いているかい?」

「いいえ、来る前に食事は済ませてきました」


 祭りの料理も楽しみだったが、余計な買い食いをしたくなかったために、ある程度食べてきた。そもそも麦が当たったら持って帰らねばならなかったため、その分の体力を付けることも兼ねてと考えていたのだ。

 当たったのは麦ではなかったが、もう余計なことは言わない。


「では見て回るならばまずは右の通りだ、行こう」

「えっ」


 ぐいと手を引かれ、ヴァレリーは慌てて足を動かした。


 ちらりと視線を見上げると、楽しそうに笑顔を浮かべているエドアルドが見えて、思わずヴァレリーも表情を綻ばせてしまう。

 そしてその笑顔を見て、彼がさらに嬉しそうに口角を引き上げた。

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