福引きで一等景品の騎士様が当たりました!?

芳原シホ

第1話 抽選、どうか家族分の麦袋を!


『三等景品、御家族分の麦袋(上限五袋まで)』


(絶対にあれを当てて見せるわ!)


 ヴァレリーは積み上がっている麦袋をじっと見つめて、集中力を高めていた。

 後ろから弟のジュリオと、護衛代わりの庭師オスカーが緊張した様子で眺めている。


「はーい、こちらは騎士団主催の抽選会となります、ご婦人のみ一人一回だけ抽選が出来ます」


 騎士団の抽選会は、テアスオラール王国の建国祭でもとりわけ人気のある催しだ。街に暮らす婦人と呼べる女性が、一人一回のみ抽選に参加できる。

 ドレスにも使える高級織り物や、化粧品としても人気の聖水瓶など景品は豪華だ。


 その中でヴァレリーが当てたいのは、なんといっても三等の家族分の麦袋だった。これをなんとしても持ち帰りたい。


「うちは六人家族だから、上限の五袋は貰えるわよね」

「頑張って姉様!」


 ジュリオもそわそわとした様子で応援してくれる。麦袋さえ貰えれば、育ち盛りの弟妹たちだってお腹いっぱい食べられるだろう。

 ヴァレリーは緊張した面持ちで、抽選会を行なっている騎士の前に進んだ。


「一人です、お願いします」

「はいどうぞ、そのハンドルを一度だけぐるりと回してください」


 多角形の抽選器は、ハンドルを回すと小さな玉が出てくる仕組みだ。出てきた玉の色によって、当選が決まる。

 ヴァレリーはもう一度だけ景品一覧を眺めた。目的の三等は、緑の玉だと記載してある。


「どうか私に緑の玉をお与えください!」


 ヴァレリーは祈りながら、勢いよく抽選器を回す。

 ジャラジャラと抽選器の中で玉が転がる音がして、コロンと玉がひとつ出てきた。


 ハズレである白い球ではない。緑色をしているように見えて、ヴァレリーは歓喜に目を見開いた。


「当選です! おめでとうございます!」


 抽選係を務めていた騎士がそう宣言して、小さな手持ちの鐘をガランゴロンと鳴らす。

 ヴァレリーは肩を震わせながら、ゆっくり振り返ってジュリオ達を見た。二人とも、まさかの当選に目を見開き固まっている。


 ゆっくりとジュリオの視線が此方を向くと、お互いに震える手を差し出した。そのまま抱き合ってぴょんぴょんとその場で跳ねる。


「やったわー!」

「凄いや、さすが姉様!」


 これでしばらくは麦には困らないし、その分のお金で他の食材や布などを買える。思わず涙ぐみそうになりながら、抽選係の騎士へと向き直る。


 しかし笑顔を浮かべた騎士が告げた当選結果は、思っていた結果ではなかった。


「おめでとうお嬢さん、一等当選になります」


「一等、当選? えっ……」


 ヴァレリーは思わず、抽選器から出てきた玉をもう一度よく眺めた。緑だと思っていたが違っているというのか。


「これは三等の緑の玉よね?」

「いいえ、こちらは一等である青い玉です」

「一等、そんな……」


 確かによく見ると青い玉だった。あまりに緑の玉を望みすぎて、まさか色を見間違えるとは。

 つまりぬか喜びだったということになる。


 ちなみに一等景品など全く覚えていない。世間的には魅力的でもヴァレリーとしては貰っても困るものだった気がする。

 なにせもっとも魅力的なのは三等の麦袋で、次点は四等の織り物と思っており、そこばかりを狙っていた。


 鐘の音を聞いて、ざわざわと人が集まってきた。なんと一等当選者が現れたという出来事に、みんな興味津々である。


 ヴァレリーがもう一度景品一覧を眺めるより早く、騎士が周囲にも聞こえる声で当選結果を宣言してくれた。


「一等はなんと、オラール騎士団所属、エドアルド・フレーグルとのデート権です!」

「……騎士とのデート権」


 一等当選ってそれだけ? と喉の手前まで出掛かって、ヴァレリーは慌てて口を閉じた。


(明らかに麦袋のほうが価値のある景品じゃない!)


 その抗議も堪えて飲み込んだ。


「あーん、あの子が羨ましい」

「エドアルド様とのデート権、私が欲しかった」


 周囲で様子を窺っていた女の子たちからは、羨むような声も聞こえてくる。つまりそれくらいには価値のある景品らしい。それについてはなんとなく察した。

 しかし……、なんといっても問題がひとつある。


(騎士エドアルドって、誰?)


 価値が全くわかっていないヴァレリーに、そんな羨望の眼差しで見られるような景品が当たっていいものか。


(その一等、いらないのでもう一回抽選させてください!)


 出来ることならそう訴えたかった。

 一等が欲しいご婦人は周囲にだって沢山いるらしい。機会が戻るとなれば、賛成してくれる人だっているだろう。


 しかしその交渉をヴァレリーがすることは出来なかった。

 周囲にざわめきが広がっていき、そして静かになった。とある方向に視線が集まっていく。


 視線の先からは、騎士が一人此方へと歩いて来るところだった。

 ぴんと背を正して歩いて来る姿だけでも見惚れそうになる。それくらい体躯と顔立ちが整った騎士だ。


「ああ、エドアルドいいところに来た、このお嬢さんが一等の当選者だ」


 可愛いお嬢さんが当たったじゃないか、しっかりエスコートしろよ。そんなひそひそ声が、ヴァレリーのところまで聞こえてきた。


 ヴァレリーが可愛いかはさておき、このかっこいい人が騎士エドアルドらしい。

 当人が目の前にいるとなると、辞退してもう一回引きたいなどとは言えない。


 ゆっくりとした仕草で騎士エドアルドがヴァレリーを見た。

 藍色の髪は黒とも違う色合いで、それより明るい青い瞳をしている。ひょっとしてこの人の瞳が連想されるように、一等当選は青い玉だったのかもしれない。彼の瞳を眺めてそう思う。

 その青の瞳にヴァレリーが映ると、とても優しく細められた。


「こんにちはお嬢様、騎士エドアルド・フレーグルです」

「どど、どうも、ヴァレリー・ハルストンと申します」


 エドアルドはヴァレリーの前で恭しく騎士らしく片膝をつくと、すっと手を出した。端正な顔立ちとしっかりとした体躯は、そんな仕草がよく映える。

 周囲から羨望の悲鳴がいくつか上がった。


 ヴァレリーも、どこか落ち着かなくどきどきと胸が高鳴ってくる。頬も火照っているのではないだろうか。初めて顔を合わせたはずなのに、さすが一等に据えられる騎士なだけはある。


「ええと……」


 しかし一体どうしたらいいのか分からない。

 伯爵令嬢ではあるが、暮らしが慎ましすぎるヴァレリーは、年頃でもこういったことに縁がないのだ。


 手はずっと差し出されたままで、いつまで経っても引っ込められる様子はない。

 これは手を乗せなければならないのだろう。


 ヴァレリーは指先でちょんと手に触れるだけのつもりで、恐るおそる指を出した。乗せましたという体があれば、この場は終わると思ったのだ。


 しかしエドアルドは、差し出したヴァレリーの手を優しく掴むと、そこへ口付けを贈ろうと顔を寄せた。

 周囲からも黄色い悲鳴が上がる。しかし誰よりも大きい声で悲鳴を上げたのは、ヴァレリーだった。


「ちょっ、なにするんですかっ!」

「よろしくお願いします、ということです、ヴァレリー嬢」


 必死に引き抜き取り戻した指を、もう片方でしっかり握り締めながら見下ろす。

 やはり彼の青い瞳は、揺らぐことはなく此方を見つめていた。


 とんでもないものが当たってしまった。

 ヴァレリーはそう思いながら、ちらちらとエドアルドを眺めた。

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