第53話 私で童貞捨てたくせに

「あとは二人でお幸せに~」


「イチャイチャしてていいですよ~」


 教室のドアを開けると、背中を向けたまま手を振って廊下に出る二人。

 その後ろ姿を眺めていると、


「言いたいことあるなら、言ってきていいよ」


 俺の横顔を眺めていた未奈は声を掛けてくる。

 二人に言いたいことなんて、山ほどある。けど、一番肝心なことをちゃんと言っておかなきゃな。


 笑って誤魔化されても、これだけは真剣に伝えたい。

 二人の背中を追って、俺はドアの方へと走る。


「ちょっと待った」


 廊下に顔を出し、二人の背中に声を掛ける俺。その声に、二人は同時に後ろを振り向く。


「自慢にし呼び戻したんなら余計なお世話だけど?」


 フンっと顔を背ける寧々は、どこか不機嫌そうだった。


「んなわけないだろ」


「じゃぁ、やっぱ私と付き合おうって?」


「純粋にお礼を言いに来たんだよ。俺が言いたいから」


「そう」


 そっけなく寧々は答える。


「今回も、これまでも二人には感謝してもしきれない。言葉だけじゃ全然足りないだろうけど……ありがとう」


 ありがとう、ごめんなさいは魔法の言葉だ。

 言われてまず不快になる人はいない。むしろ、嬉しいことだらけだ。


 現に目の前の寧々と絢音も、口元が緩んでいるのが分かる。

 それくらいに、その言葉に込められている意味は大きいのだ。


「……ったく、何を言い出すかと思えばお礼ですか。あんたが一番シャキッとしてないわね。さっきので終わった話でしょうが」


 笑みをこぼしながらも、ツンとした態度の寧々。


「まあ? 言われて嫌じゃないから私的には良いんですけどね?」


 絢音は案外素直に受け取ってくれたようだ。


「せっかく忘れてあげようとしたのに、これじゃ忘れられないじゃない……」


「忘れる? 何をだ?」


「……この鈍感! ぽっと出の幼馴染に関係を積み重ねた私たちは負けたんだよ? それも一瞬で! ちゃんと応援してあげようとしたのに、なんかムカついてきたわ!」


「ケンカ売ってるわけじゃないんだけど……」


「あーもう! これだけは言わないようにしてたんだけど……」


 地団駄を踏む寧々は、ジッと俺の目を見ながら近づいてくる。

 そして、俺の胸倉を掴むと、


「十何年も一緒に過ごしてきた幼馴染と付き合ったからって勝った気になってるんじゃないわよ! 私たちにだって女の意地があるんだから! こうなったら絶対にオトしてやるんだから……」


 プルプルと涙目のまま俺を睨みつける。

 この展開……いかにもラブコメっぽい。


 応援モードからのまたライバルモードへの転身。勝率はゼロに等しいけど、これだけ助けてもらったんだ。オトしにくるくらいは許してあげよう。

 どうせ未奈も、絶対に俺を渡してやるもんかと面白がって参戦しそうだし。


「幼馴染と付き合ったからなんなのよ! あんたは一番肝心なことを忘れてるわ……」


「だから何も忘れてないだろ……俺は」


「ホントに……未奈にコロっといきやがって……」


 グッと俺の胸倉を引っ張ると口元に俺の耳を近づけ、


「私で童貞捨てたくせに」


 ボソッと呟かれたその言葉。



 ……それ、反則だろ。

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