第36話 全部分かってた

「体の関係なんて、普通はよくないじゃん。性欲を満たすためだとか、その瞬間だけ大切にしてもらえたらいいだとか、そうゆうのから卒業しなきゃなって思ったんだ」


 ぎゅっと、服の袖を握る寧々。そこに続けて、


「それ私は順番を間違った。ただの都合のいい女になるだけなのに、蓮馬に求められたくて、早とちりしちゃった」


 その言葉の意味が、痛いくらいに伝わってくる。

 だって、分かっていたけど目を逸らしていたことだから。


 出会ったときから好意を寄せられていたことくらい、一緒に過ごしていれば嫌でも分かる。


 でも、俺は体の関係から発展させたくなかった。だって俺には未奈が居るんだから。


「絢音も同じこと言ってたよ。体の関係から始めなきゃよかったって」


「うん。全部分かってたから」


「分かってたなら、こんなときに言わなきゃよかったかな?」


「こっちの方が、ちゃんと友達に戻れると俺は思うぞ」


「ウザっ……なんでそこまで分かってるの」


「一緒に居る時間が長かったからかな」


「もう……絶対泣かないって決めてたのに」


 目尻に溜まっていた涙が、ポロポロと頬を伝る。


「じゃぁ、最後に胸貸してもらってもいいかな」


 俺の服を掴んで、涙を拭いながら言う寧々。


「ま、今回だけ……って、まだ何も言ってないんだけど?」


「うっさいバカ……」


 問答無用で、俺の胸で泣き始める寧々。

 Tシャツに滲む寧々の涙。これまでの感情が全て吐き出されたかのように、みるみると俺の胸元はびちゃびちゃになっていく。


「今日から……また、普通の友達……だね」


「そうだな……隣の席の仲がいい女子だな」


「これから私、ムラムラしたらどうすればいいんだろう……」


「そこ心配するの? なんか切ない感じだったのに台無しだ……」


「私が涙でお別れするキャラだと思ってるの?」


「……ごめん、微塵も思わないわ」


 俺を見上げる寧々の顔は、涙と鼻水でぐっしょりだったが、どこかスッキリしたように笑顔であった。


 今日くらい、いつも以上に優しくしてあげようと思ったのに、もうやめた。

 優しくしたら、それはそれでクズ男判定になるか……よし、本当にやめよう。

 ついでに服も絶対洗ってもらおう。


「にしても未奈は偉いね。既成事実を作って一緒に居る口実を作ってさ、私たちみたいにワンチャンと狙うなんてことをしないで」


 俺の服で顔を拭いた寧々は、ペタンと床に座りながら言う。


「幼馴染だしな。逆に手出しずらいだろ」


「てか蓮馬が手を出さない方がおかしいからね⁉」


「なんで説教されてるの?」


「意気地なしだからに決まってるじゃん! 私と絢音の涙を無駄にしないでよね

 !」


「……おう」


 寧々のその一言に込められた全ての思いが心に響いてきて、軽くうなづくだけの俺。

 恋敵だった二人が応援してくれてるんだ。


 その言葉の重さを噛みしめて、頑張るんだ。

 未奈を選んだせめてもの償いだ。二人に幸せになった姿を見せつけてやろう。

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