魔法少女五十嵐ハル
第5話
「巻き込んじゃってごめんね」
僕を人間界まで見送るべく、早見さんと二人で学校の自販機まで向かう道中に、彼女は口を開いた。
「いや、僕が自ら巻き込まれに行ったようなもんだよ。自業自得だし」
そう言って笑うと、彼女はさらに顰めっ面をする。
「でも……知ってしまったからにはもう、後戻りはできないんだよ」
遠くを見据えたまま、早見さんはそうこぼした。
含みを持ったその言葉は、何かを暗示しているのだろうか。この世の謎はまだまだ深いらしい。
「後戻りするつもりはないよ。僕は意外と、この世界好きだ」
塀の上をスタスタと歩く菫色の猫も、道端に生えた毒々しい真っ赤な雑草も、見たことがないからこそすごく面白い。もちろん危ない道を渡っているのはわかっている。けれど、平凡な日常では満たされなくなってしまった。
「物好きなんだね、生田くんは」
早見さんの横顔が、夕日に照らされる。夕焼け空は、僕の見慣れたオレンジ色だった。
「じゃあ、またあっちで」
「うん」
自販機の前、僕は彼女に別れを告げる。そして言われた通りに、来た時とは逆の順番で四隅のボタンを押した。
そして、どこまでも落ちていく感覚に包まれる。
浮遊感は消え、足元に確かな地面を感じる。瞼を開けると、そこは学校の中庭だった。けれど、先ほどのカラフルな世界とは違い、見慣れた景色がそこにはあった。ちょっと薄汚れた白色の自販機。濃い緑の葉っぱが茂った木々。木でできた茶色のベンチ。やっぱり少し落ち着く。
時計を見るともう5時30分。そろそろ帰らなくてはならない。
カバンを手に取り、昇降口へと向かう。鳴り響くトランペットや、どこかの部活の歓声が聞こえてくる。彼らは知らないだろう。この世界の秘密も、魔法界のことも、早見さんのことも。
僕は少しの優越感に浸りながら、誰もいない廊下を小さなスキップで駆け抜けた。
不思議な体験をしたその週の土曜日。僕はいつも通りコンビニのバイトをこなしていた。当たり前だが、僕の日常には何の変化もなかった。早見さんとは、あれから一度も会話を交わしていない。
そもそも彼女は学校ではほとんど一人で行動しているのだ。とはいえハブられているわけでもないのだが、僕から話しかけに行くのは少々ハードルが高い。異性なら尚更だ。
僕としては魔法界の話とか、『狭間』の話とか、あの人たちの話とか、聞きたいことがたくさんあるのに。
店内にピロリローンと陽気なメロディーが鳴り響く。
「いらっしゃーせー」
条件反射で声を出した。
もうこのバイトも初めて一年ほどになるので、慣れたと言ってもいいだろう。だから余計なことを考えていても無意識に手は動く。
レジまで届けられた商品をバーコードリーダーでひたすらピッピと読み込む。
「943円でーす」
「1000円のお預かりでーす」
「57円のお返しでーす。あーとざいましたー」
そういえば、僕はこれからあの『狭間』とやらに出入りすることは許されるのだろうか。一応あまりいいことではなかったらしいし、もうダメなのだろうか。いや仲間を紹介したぐらいなら今後も交流するよということ? 来るの禁止とは言われていない。早見さん同伴だったら許されるかな。今度お願いしてみよう。
「いらっしゃーせー」
「いやだからさー、やっぱいちごだよ」
「いや、ちょっと待ってください。明日までですよ? チョコ」
「でもさー売り切れるかもじゃん」
「売り切れるわけないですよ」
入ってきたのは女性客二人組。ちょっと声がうるさいな。
あ、ていうかあそこの世界って食べ物どうなってんだろう。あの五十嵐さんとかいう人はポテト食べてたけどあれは普通の色をしていた。あんま変な色のお米とかだったら食べたくないよな。黄色のお米とか。普通に食欲失せそう。
「お願いしまーす」
レジの上にカゴが置かれる。僕はカゴの中から飴の袋を取り出し、バーコードリーダーを寄せる。
「あれ? 生田くん?」
ピッと鳴ると同時に僕は顔を上げた。
「え、早見さんと……五十嵐さん?」
「お、やっほー生田雅くん」
そこには陽気に笑いながら顔の高さまで手を上げた五十嵐ハルさんと、隣に早見さんがいた。
バックステージ・マジカルガール 朝霧 藍 @Kamekichi-2525
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