第4話
僕は視力がいい。だから100メートルほど離れていたって、早見さんがなにをやっているのか、しっかりとこの目で見ることができた。
彼女は、怪獣と戦っていた。
どこから出したのか、先端が星の形になっている30センチほどのピンク色の棒を片手に、ふわふわと浮きながら棒からキラキラ眩しいビームを出していた。
知っている! あれは魔法のステッキというやつだ。
そして先ほどの浮遊に、怪獣との戦闘。
間違いない。早見さんは、魔法少女だ。
僕はありえない光景を目の前にしていたが、なぜかひどく冷静だった。いや、冷静ではないか。この変な状況を、無意識に受け入れ始めているのだ。
「ははっ」
思わず笑みが漏れていた。僕の頭はだんだんとおかしくなってきたようだ。
ビームを繰り出していたのは早見さん1人だけではなかった。頻繁に上がる土煙のせいで、正確に認識はできなかったが、おそらくあと2、3人はいるだろう。
怪獣の方はというと、こちらもまた口から青い炎のようなものを出し、暴れていた。
キラキラ、ピカピカと絶えず光るその戦場から、僕は目が離せなかった。
徐々に怪獣は、勢いがなくなっていき、ドスン、という音をあげ、倒れる。そしてホログラムのような欠片となり、パラパラと空に上がって、消えてしまった。
「終わった……?」
あたりに静けさが戻る。だが僕の中で、未だ心臓の音は鳴り響いていた。
遠くからこちらに飛んでくる人影が見える。早見さんだ。その手にステッキはなかった。一体どこに隠し持っているのだろうか。
「見てた? どうだった?」
早見さんは僕の前に舞い降りる。そして微笑み首を傾げた。
「アニメみたいですごかった……!」
色々と湧き上がる思いはあったが、言葉にするのが難しく、無難な返答になってしまった。
「ありがとう。……あー! なんかもういいや! 規律違反とかあるかもだけど! うん!」
彼女は上品に笑った後、いきなり大きい声を出した。すっきりしたような満面の笑みで。僕的にはお淑やかな笑顔よりこっちの笑顔の方が素敵だと思った。口に出すのは恥ずかしいけど。
「だ、だいじょぶ?」
気を取り直して、情緒が暴走している早見さんに安全確認をする。
「だいじょーぶ! とりあえず、局長のところ連れてってあげる。飛ぶよー!」
局長。まだ何かあるのか……。
とりあえず僕は差し出された早見さんの手を取り、再び空へと上がった。
彼女に連れられて辿り着いたのは、学校から一番近いファストフード店だった。ちなみにこの世界では、「M」の文字が緑色になっている。
「生田くん……」
早見さんは入口のドアを握ってから僕の方へ振り向き、バツが悪そうに口を開いた。
「今から、だいぶ癖強な人たちに会うんだけど……がんばってね」
「ええ……」
がんばってね、とか怖すぎるんですけど。直前でとんでもない爆弾落としてこないで欲しい……
早見さんは大きなため息をつきながらドアを開ける。こうして僕は、未知の境地に余儀なく飛び込まされてしまったのだ。
「おっかえりー玲那!」
「お疲れ様です」
「おつかれさまぁ」
3人分の声が聞こえた。声の持ち主を探すため辺りを見渡すと、入り口から右側に入ったところのテーブル席に、3人の女性が座っていた。
「お疲れさまです……」
ガタン、と急に大きな音がした。それは茶髪気味の髪の長い女性が勢いよく立ち上がった音のようだ。その人は口に咥えていたポテトをポロッと落とした。
「玲那、かかっかっ彼氏!?」
「違います! 突っ込むところそこじゃないですよね!」
食い気味に早見さんは答えた。これは僕も否定した方がいいのか? それともよそ者は勝手に喋らない方がいいのか?
「玲那さん。もしかしてあちらの世界の方ですか? それは規律違反では……?」
「そっ、そうですよねー……」
次はポニーテールで丸いメガネを掛けた女性が早見さんに質問を浴びせた。
「どしたのー、玲那ちゃん。なんかあったぁ?」
最後は髪を後ろの下の方でお団子にまとめ、顔の横に1束髪を垂らした女性が発言した。なんか眠そうである。
「あー、まずは自己紹介から。彼は生田雅くんです。同じクラスの」
「は、初めまして」
中途半端なお辞儀をし、僕は自分からも自己紹介をする。
「生田雅です。えーと、早見さんが自販機で変なことしていたんで、興味本位でやったらなんか来ちゃいました……。すいません」
我ながら酷い動機だ。口に出しながらそう思った。
「いや、私が悪いんだと思います。周りに注意せずに来たから」
すかさず早見さんのフォローが入った。本当に申し訳ない……。
「そういうことねぇ。まあ上に内緒にしておけば多分大丈夫よ〜。ここのことは説明した?」
「それを確認したくて。教えちゃってもいいですか?」
「うん。ここまできたらしょうがないわぁ」
2人の会話に、僕の頭の中には大きいはてなマークが浮かんでいたが、早見さんはこの女性の言葉を聞くと、僕へと向き合った。
「ここは、魔法界と人間界の狭間なんだ」
「……ん? 狭間?」
いきなり難しい話来た。まあ薄々、魔法的な何かかな〜、なんては思っていたが、『狭間』とは?
「この世には、いろんな世界がある。生田くんの住む人間界。私が住む、魔法界」
「……えっ!?」
あまりにもさらっとしたカミングアウトすぎて、聞き逃してしまうところだった……。
「早見さんは、魔法界の人間? じゃあなんで僕の学校にいるの……?」
「あー、それは後で話すね」
早見さんは胸の前で両手を広げ、待て、のポーズをした。
「それで、魔法界も人間界も、独立した世界になっている。だから、みんな自分以外の世界のことは知らない」
右手を魔法界、左手を人間界として、早見さんは両手を広げる。
「でも、ここだけはお互いに干渉できる空間になってる。そういう意味で『狭間』って呼ばれてるんだ。それで、さっきの怪獣なんだけど、あれは魔法界から召喚されてここに現れるの。混沌をもたらす為に。それを止めるのが、私たちの仕事」
「なるほどねー」
そう言ったが、内心は混乱状態だった。よく分からなすぎて頭がパンクしそう。
「あの怪獣を暴れさせると、この空間が破壊されて魔法界と人間界が入り混じる。」
そう言いながら、早見さんは両手を合わせた。ぱん、と乾いた音が響く。
「それは非常にまずい。だから、私たちが怪獣を止める『魔法少女』という役目を担っているんだ」
チラリと先ほどの3人の方に目をやると、長髪の女性が、得意げに笑っていた。
「それじゃ、紹介するね」
早見さんはお団子の女性を手で指し示す。
「あの方は、
柚原さんは、眠そうなまま笑った。
次に早見さんはポーニーテールの女性を指す。
「そしてあの方が、
「よろしくお願いします」
水上さんは、きっちり45度礼をする。正社員魔法少女って、なんか面白いな。
そして早見さんは最後に、長髪の女性を指した。
「あの方は、
「よろしゅー!」
五十嵐さんは手を挙げて、元気に挨拶をした。
「最後に……私は早見玲奈。高校生。私もアルバイトの魔法少女」
なんで今更、とも思ったが、一ヶ月前のクラス替え後の自己紹介の時とは全く違っていて、僕のためだけだと思うと嬉しかった。
「アルバイト、はちょっと違うか? 私とハル先輩は、人間界に異常がないか監視するために、普段はあちらの世界で暮らしている。だから私は君の学校の生徒として紛れているんだ。バレないようにね」
ついでに先ほどの僕の質問にも答えてくれた。
だんだんと、この世界や、魔法少女についてについて明らかになってきた。こんな漫画やアニメみたいなこと、本当にあるとは思っていなかった。今だって実は夢の中なのかもしれない、なんて心のどこかでは思っている。
でも、僕は、確かに今ここにいる。ずっと、さっきからずっと、この胸の高鳴りをちゃんと感じているのだ。
こうして、僕の見え切った人生は、思わないタイミングで脱線し始めた。
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