第8話 瑠香視点
期末テストが終わって一週間と少しが過ぎて、うちのクラスは、今日で全部のテストが返却された
私のテストの成績は中間テストよりもかなりよかった
クラス順位が10位だったから、なかなかのものだと思う。こんな順位初めて取った
きっと上井さんのおかげだ
1人だったたらきっとここまで勉強しなかった
1人だとどうしてもスマホを見たり本を読んだりしてしまう
隣にすぐにサボりたがる上井さんがいたから、私がしっかりしなくちゃってなって、それで結構勉強が捗った気がする
まあ私のことはいいや
今は上井さんのテストの結果の方が重要だ。何せ上井さんは留年の危機にあるんだから
教室で雫たちとだべっていると、上井さんが菊池さんたちと一緒に教室を出ていくのが見えた。しばらく経ってから、私も席を立つ
「じゃあ今日は帰るね」
「うん、また明日!」
「明日ねー」
雫と詩乃と別れて教室を出る。上井さんは見えないけど、あまり慌てることなく昇降口に向かう
上履きを履き替えて学校を出て、少し歩けば上井さんの背中が見えた
「上井さん」
上井さんが1人であることを確認してから、私は走って上井さんに近づきながら声をかける。すると、いつもの様に上井さんが振り返って、私のことを待ってくれる
たぶん最近は、私が来るのがわかっているから、菊池さんたちと別れた後にゆっくり歩いて駐輪場に向かってくれてると思う
前は走っても、結構ぎりぎりだった
「テストどうだった?」
追いついてから、上井さんと並んで歩き始めるとすぐに私はそう聞いた
「すっごく良かった。見て!」
上井さんは私がテストの結果を聞くと、待ってましたと言わんばかりの様子で結果の書かれた紙を見せてくれた
どれどれ...
「おお...」
クラス順位が40位から28位に上がってる。点数はどれも平均点前後。前回はほとんどの科目が赤点前後だったことを考えると凄い進歩だ
「やるじゃん」
「でしょー」
上井さんがそう言いながらドヤ顔をしてくる
まあドヤ顔するほどの点数ではない気がするけど、そんなことは言わないでおく
「小林さんのおかげだよ。ありがとう」
上井さんの可愛らしいドヤ顔を見て笑っていると、上井さんが突然そう言った。私の目を真っすぐに見て言ってくるものだから、少し照れくさくて目を逸らす
「...うん」
そんな私を見て、上井さんがクスッと笑ったのが聞こえた
「小林さんのおかげで2年生になれそうだよ」
「まだ一学期が終わっただけだよ?」
「おお、確かに。二学期もよろしくね。小林さん」
けろっとそんなことを言う上井さん
まったく...二学期も教えてあげられるように、ちゃんと勉強しないとな
「二学期はノートくらい取ったら?」
「そうだね。努力する」
どうせ取らないんだろうなって思いながらジト目を向ける私に、上井さんは眩しい笑顔を向けるのだった
「もうすぐ夏休みだねー」
次の日、学校の昼休みに雫がそう言った
そう。期末試験が終わったらすぐに夏休みがある。暑いのは嫌いだけど、授業がないのは結構嬉しい。平日の家には誰もいないから、家でゴロゴロしていられるのもいい
教室の中も心なしか浮足立っている様に見える。夏休みにどこに遊びに行こうだとか、今年こそは宿題を早く終わらせるだとか、そういう話があちこちから聞こえてくる
「そうだね。楽しみ」
「何か予定あるの?」
「何も。家でゴロゴロしてる」
「相変わらずだね」
雫が私を見て苦笑いする。中学からの私の夏休みはいつもそんな感じだった
「雫は部活忙しいの?」
「そうなんだよー。ほとんど毎日練習あってさ、合宿とかもあるし、本当に大変そう」
「頑張れー」
本当に大変そうだな
こんなに暑い中運動なんてしたら、私だったら死ぬ。冷房の効いた部屋でアニメ見たり本を読んだりするのが一番いい夏休みの過ごし方だと思う
「ああー、彼氏作って、一緒に海に行ったりしてみたい」
「雫もそういうこと思うんだ」
意外だった
今まで雫に彼氏がいたことはなかったし、あまりそういう話もしたことがなかった
「まあね。高校生になったし、そういうことしてみてもいいかなって最近は思うんだよね。制服着てデートとか、高校生の間にしないと一生できないでしょ?」
「まあそれはそうだね」
大学生以降で制服を着る機会はほとんどないだろう。中学から制服を着て、毎日これを着ているから、これからもずっとあるような気がしていたけど、考えてみると意外と制服を着ている期間というのは短い。中学高校と合わせて6年間しかない
「今度花火大会あるじゃん。ああいうの、彼氏作って見に行ってみたいんだよね」
「行けばいいじゃん。雫なら彼氏なんてすぐ作れるでしょ」
「いやー、そんなことないよ。あとそもそもいい男がいないんだよね」
「どういう人が好きなの?」
「二カプリの沖田君みたいな人」
「...一生彼氏できないかもね」
雫の理想は相当高いらしい。二カプリは雫に勧められて少し見たけど、あんな男この世にそういないと思う
「なんでー」
彼氏か...
雫の悲鳴を聞きながら考える
そんなにいいものかな
こんな話をしていると、この前告白された時のことを思い出す
あまり話したことのない同じクラスの男の子に体育館の裏に呼び出されて、好きだと言われた。付き合って欲しいと言われたけど、断った
断っちゃったけど、そうしない方が良かったのかな?雫を見ているとそう思う。私も高校生の間に彼氏をつくってみたほうがいいのかな
あの時は、彼氏なんて欲しくなかった。というか、恋愛に関する興味が昔から薄いのだ。好きな男子とか、あの子がカッコいいだとか、そういう話には基本的について行けない
でも、もしかしたらちょっと前だったらOKしていたかもしれない
暇な土日が少しは楽しくなるかもと思ったかもしれない
でも今は上井さんがいる
学校では雫や詩乃と話して、それ以外の時間は上井さんとすごす。今はそれで十分で、他の人を必要としていない
夏祭りだって、別に彼氏がいなくても行ける
あまり行きたいとは思わないけど
暑いし、人ごみは凄そうだし
「瑠香、一緒に花火見に行く?」
「嫌だ」
「言うと思った」
雫はそう言って笑った
「もうすぐ夏休みだね」
放課後の帰り道、上井さんが楽しそうにそう言った。今日はこの話題ばっかりだ
「そうだね」
「小林さんは何か予定あるの?」
「特にないよ。ちょっと雫と遊んだりするとは思うけど。上井さんは?」
「私もそんなところかな」
ちょっと前だったら意外だと思っただろうな
上井さんは夏休みも、その見た目とは裏腹にあまり予定がないらしい
「上井さんは彼氏とか作らないの?」
「どうしたの?急に」
「雫とさっきそんな話してたから。雫は彼氏作って花火を一緒に見に行きたいんだって」
「ふーん、私は興味ないかな。小林さんは?」
「私もない」
「そういえば前にもそう言ってたね」そう言って上井さんが笑う
お互いにそういうことに興味はないみたいだった
そのことに少しホッとする。これまでとあまり変わらない日常が、しばらくは続くことを保障されたような気がした
「でも花火大会は楽しそうだね」
「そう?」
私がそう答えると、おや?といった様子で上井さんが私の目を覗いた
「花火嫌いなの?」
「花火は嫌いじゃないけど、暑いし、人多そうだからあんまりそういうところには行きたくない」
「なるほど...よし、今度2人で花火見に行こう」
突然上井さんが、楽しそうな笑顔を浮かべてそう言った
え...
「人の話聞いてた?」
「聞いてたけど、せっかくだし2人で行こうよ」
「嫌だよ。菊池さんたちと行けばいいじゃん」
「美玖は彼氏と行くんだって」
なるほど。一緒に行く人がいないんだ
「1人で見に行くのもあれだしさ、付き合ってよ。勉強教えてくれたお礼に屋台のもの何か1つ奢ってあげるからさ」
「別にいいよ、そんなの」
「まあまあそう言わずに。行こう?」
上井さんが足を止めて、私の目を真っすぐに覗き込む
その目を見ていると、断れる気が段々しなくなってくる
上井さんはやけに真剣な顔をしているような気がした
「...わかったよ」
私がそう言うと、上井さんの顔がぱあっと輝いたように見えた
「やったー。一緒に浴衣着ようね」
「私浴衣なんて持ってないけど」
「私のおさがり貸してあげる。5年くらい前まで着てたやつ」
同級生が5年前に着ていたおさがりを借りるほど小さくない
そう言おうとしたけど、まあ入っちゃいそうな気もする。癪ではあるけど。上井さん大きいし、5年前が私と同じくらいの身長でもおかしくない
「1回うちに集合してから一緒に行こう?」
「...わかった」
渋々そう頷く私を、上井さんがニコニコしながら見ていた
あっという間に終業式が終わって夏休みが来て、そこから2日がすぎて花火大会の日になった
今日はよく晴れていて、花火日和って感じだけど物凄く暑い
暑い日差しの中、上井さんの家に向かって歩いて行く
スマホの地図を睨みながら、住宅街の中を進んで行く
セミの鳴き声がうるさいし、暑くて汗が止まらないし、早くも今日花火大会に行くことを約束したことを後悔し始める
後悔しながらもなんとか足を動かし続けると、上井さんの家らしき家に着いた。住所を見て何となくわかっていたけど、一軒家みたいだ。クリーム色の外壁はピカピカしている。外に置いてある植木とかもよく手入れされていて、綺麗な家だと思った
地図アプリはここを指しているし、表札にも上井と書いてある。だからたぶん間違いないと思う
「ふう...」
上井さんの家に入るのは初めてだ。ご両親にも会ったことないし、少し緊張する。暑いから早く中に入りたいけど、インターホンを押す前に心の準備もしたい
そんな相反する気持ちを持ちながら少し深呼吸をして、私はインターホンを押した
「おおー、いらっしゃい。今ドア開けるね」
お母さんが出てきたらこんなあいさつをしよう。みたいなことを色々考えて来たけど、インターホンから聞こえてきた声は、毎日聞いている声だった
「うん、ありがとう」
ほっとしながら、上井さんが出てきてくれるのを待つ
「いらっしゃーい。入って」
「うん。お邪魔します」
いつもよりも少し楽そうな格好をした上井さんが出て来て、ドアを開けてくれた
「あっついねー。今玄関に出ただけで死にそうになった」
「私はこの中歩いて来たんだけど」
「よく頑張った!冷たい麦茶あるよ」
「ありがとう」
玄関でそんな会話をしてから、上井さんの背中について行く
家の中は凄く静かだった
「ご両親はいないの?」
「うん。うるさいから追い出した」
「うるさい?」
「ふふ、ちょっと買い物に行ってるだけだよ」
「あ、そうなんだ」
揶揄われたのかな?
階段を上がってすぐにある部屋の中に入る
中に入ると、私の部屋とは大違いな、可愛らしい部屋が目に入った
冷房が効いていて、一気に体の熱が飛んでいくのを感じる
「ここが上井さんの部屋?」
「うん。そうだよ。下に麦茶取って来るからちょっと待ってて」
「うん。ありがとう」
上井さんの部屋で1人になる
立ったまま、上井さんの部屋を観察する
改めて、上井さんらしい可愛らしい部屋だと思う。ベットのシーツがピンク色で、カーテンもピンクだから部屋の中が凄く明るく見える。私の部屋と違って色々な置物が置いてあるのも、この部屋を明るくしている原因だと思う。部屋の隅には観葉植物まで置いてあった
勉強机の上は意外と整理されている。私が来るから片付けたのかもしれないけど、もっとごちゃごちゃしているのを何となく想像していた。引き出しの中はごちゃごちゃしてたりして。まあ勝手に開けたりはしないけど
部屋の真ん中にはカーペットが敷かれていて、そこに丸くて白いローテーブルが置いてある
そんな風にしばらく部屋の中を観察していると、背中のほうにあるドアがガチャっと音を立てて開いた
反射的に振り返ると、上井さんが驚いていた
「え、何で立ってるの?」
「部屋の中見たかったから」
上井さんが私の横を通り過ぎて、部屋の真ん中にある丸い机にお盆を置いた。お盆には麦茶とお菓子が乗っている
「意外と綺麗だね」
「そう?というか意外?」
「もっとごちゃごちゃしてる部屋を想像してた。私が来る前に掃除した?」
「そりゃあ、ちょっとは掃除したよ。でも普段から綺麗にしてるよ?」
「偉い」
「偉いって」
そう言って苦笑いを浮かべた上井さんが、「ほら、座りなよ」と言いながらカーペットを叩く
私は大人しく上井さんの隣に腰を下した
麦茶とお菓子を口に入れながら、少しの間雑談をする
「ああー、ずっとここにいたい」
「あはは。まあ確かに、私も暑いからあまり外に出たくなくなってる」
「ね。今日はずっとここでおしゃべりしてよう」
「そうしたいところだけど、そろそろ着替えようか」
上井さんはそう言うと、立ち上がってクローゼットの方に向かって行った
勉強の時はすぐにサボろうとするのに、どうしてこういう時は積極的なんだろう
そんなことを思いながら、仕方なく私も立ち上がって、上井さんの後について歩いて行く
「はい。これが小林さんの浴衣ね」
「うん。ありがとう」
渡されたのは、ピンク色の花柄の浴衣だった。上井さんってピンク好きなんだな。でもちょっと私には可愛すぎる気がする
そもそも私着れるのかな。上井さんが5年前に着ていた服でしょ?
そう思って服の上から合わせてみると、丁度良さそうだった。見た目で何となくわかっていたことではあったけど
ぐぬぬぬ...
「あ、ちょうど良さそうだね」
私の様子を見ていた上井さんがそう言う
「そうだね」
楽しそうに言う上井さんとは反対に、私の方は不本意だったけど、渋々着替えを始める
「上井さんってさ、大きいよね」
「な、何?急に」
私と同じように服を脱いでいた上井さんに話しかけると、何故か上井さんがたじろいだ
「5年前に上井さんが着ていた服を、今私が着れるのが不思議だなーって思って」
「ああ、そういう...」
上井さんがほっと息を吐く。何で慌ててるんだろう?
「これから身長伸びるかもよ?」
「伸びると思う?」
「...えへへへ」
上井さんが笑って誤魔化す。適当なこと言わないで欲しい。そういう人もいるだろうけど、高校生以降で身長が伸びる人なんて稀だと思う。ちなみに私の身長は完全に止まってる
それにしても、浴衣なんて着るのいつぶりだろう。小学生の時にはおばあちゃんにお祭りに連れて行ってもらって、その時に浴衣を着た記憶がある
おばあちゃんは小学6年生の時に死んじゃったから、少なくともそれ以降は着ていないと思う
「帯、自分で締めれる?」
「うーん...怪しい。着るの小学生ぶりだし」
「じゃあ、帯は私が締めてあげるよ」
「上井さんは出来るんだ」
「うん。昨日試しにやってみたら出来た」
「じゃあよろしく」
上井さんに帯をやってもらう。スルスルと、迷いなく手を動かしている。あっという間にお腹が締め付けられて、長かった帯がどんどん私に巻き付いて行く
上井さんにこんな特技があったとは
その手際を見ていると昔を思い出す
「上井さん、おばあちゃんみたい」
「まだピチピチの高校生なんですけど」
頬を膨らませて、上井さんが高校生であることを主張する。ピチピチなんて表現が微妙におばさんぽい
「ふふ、知ってる。昔おばあちゃんに帯閉めてもらったのを思い出しちゃっただけ」
「ああ、そういうこと。私も昔はおばあちゃんにやってもらったなー。私のおばあちゃんの手際は悪かったけど...良し、出来た。キツくない?」
上井さんはそう言ってから私から離れる
本当にあっという間だった
少し体を捻ってみる
「うん。大丈夫。ありがとう」
鏡で自分の姿を見る。着慣れない浴衣を着た私を見ると、何だか変な感じがしたけど、まあそれなりに似合っていると思う
少しの間上井さんが浴衣を着るのを待つ。上井さんが着る浴衣も、私が着ているのと同じような色合いだった。模様は少し違うけど
私が着るよりも良く似合っていると思う。まあ上井さんの浴衣なんだし当然かもしれないけど
「一緒に写真撮ろ?」
いつの間にか着替え終わった上井さんが自撮り棒を取り出して、スマホを装着していた
そして装着が終わると、上井さんが私にくっついてくる
「え?」
「ほら、笑って?」
「う、うん」
私と上井さんとの距離が今までで1番近い。腕を組んで、ギュッと抱き着かれている
上井さんの温もりだとか、柔らかさだとか、匂いだとか、そういうのを強く感じて、何でか安心感みたいなものを感じた
人とこんなに密着するのはいつぶりだろう。それこそ幼稚園生ぶりとかかもしれない。昔はお母さんに抱き着いたりした気がするけど、お母さんは私が3歳の時に出て行ったはずで、お父さんと抱き合ったりはしないし、そういうことをする友達もいなかった
少しぼーっとした後、慌ててカメラに目を向ける
画面に映る上井さんは、いつも通りの眩しい笑顔を浮かべていて、私は何だか気の抜けたような顔をしていた。頑張って口角を上げると、シャッターが切られた
「うん、いい感じ」
上井さんはそう言うと、私から離れていく。体の右半分が急に寒くなる。私の体の一部がどこかに行ってしまったような錯覚をして、思わず左手で右腕を握った
「写真送ってあげるね」
「うん。ありがとう」
何だかこういうノリは新鮮だ
雫や詩乃とどこかに行ったときに、私たちは写真を撮ったりしない
写真を撮ることが何となく気恥ずかしいから、誰もそういうことを言い出さない
ピコンとスマホがなった。スマホを開くと、メッセージにさっき撮った写真が送られていた
完璧な笑顔を浮かべた上井さんと、少しぎこちない笑顔を浮かべた私。可愛くて陽キャな上井さんと、地味で陰キャな私。この2人が一緒に写真を撮るなんて、何だか不思議だ
スマホの画面から顔を上げて、上井さんを見ると、楽しそうに出かける準備をしていた。小さな手提げに財布とかを入れた後、髪の毛を結び始める。長い髪の毛があっという間にまとまっていって、お団子が出来た。帯を結んでもらった時も思ったけど、結構器用みたいだ
「小林さんも髪やってあげようか?」
「私はいいよ」
結ぶほど長くないし
私は上井さんと違って不器用だから、自分では上手く結べない。だからいつもボブにしているのだった
「そっか。じゃあ行こっか」
「うん」
上井さんと一緒に外に出る。なんやかんやダラダラしていたから、今は夕方の5時だった。来た時よりは心なしか涼しくなっているけど、まだまだ暑い。ちょっと外に出ただけなのに、うっすらと汗が出てくる
2人の足音がカラカラと鳴っている。来るときはスニーカーを履いて来たけど、今は上井さんの家で貸してもらったサンダルを履いている。木で出来ているから、何だか夏らしい音がする
駅に着いて電車に乗る。2回の乗り換えをして、30分くらい電車に揺られる。会場が近づいて来るにつれて、私たちと同じような格好をした人が増えて来た
目的の駅について、そこから10分歩くと、やっと花火大会の会場に着いた。この大きな公園が、花火大会の会場だった。たくさんの人と屋台があってにぎわっている。その熱気のせいか、この会場の中は外よりも気温が高いような気がした
「花火って何時に上がるんだっけ?」
「7時40分らしいよ」
7時40分か...今が6時だから、結構時間あるな
「屋台回ってから、あの広場で場所取りしようか」
「うん、そうだね」
公園の中を歩き回る。屋台は食べ物の屋台が多い。焼きそばにたこ焼き、綿あめ、チョコバナナ。お祭りなんて久しぶりで、最近あんまりそういうのを食べてなかったから、どれも美味しそうに見える
私は綿あめを、上井さんはチョコバナナを買った。行儀が悪いかもだけど、食べながら屋台を見て回る
「うん、久しぶりに食べたけどおいしい!」
上井さんはチョコバナナを頬張ると、頬を緩ませながらそう言った。それを見てから、私も綿あめを一口食べた
甘い
綿あめなんて久しぶりに食べる。それこそお祭りに行かなければそうそう食べるものじゃないと思う。昔、その大きさとカラフルな見た目に惹かれて買ってもらったことを思い出して買ってみた
美味しいとは思う。でも、1人でこのサイズは少し厳しいかもしれない。甘すぎてすぐに飽きそうだった
昔とは違って、この綿が砂糖の塊だということも知っていて、これを見てもそこまで心が躍る訳でもない。むしろカロリーが少し心配だった
「上井さん、少し食べる?」
普段運動をしないから、カロリーは気にしないといけない。上井さんにカロリーのおすそ分けを提案してみる
「え、良いの?ありがとう!」
上井さんは嬉しそうにそう言うと、綿あめを少しちぎって食べた
「うーん、美味しい。綿あめも久しぶりに食べた」
「ね。残り全部食べる?」
「え、何で?」
「いや、太りそうだなって思って」
「私も太りたくないんだけど」
上井さんが笑いながらそう言う
そりゃそうか
諦めて自分で食べることにする
「心配しなくても、そんなに太らないと思うよ?確かに砂糖で出来てるけど、ほとんどが空気らしいし」
「あ、そうなんだ。良く知ってるね」
「何で知ってるんだろう?テレビで見たのかも?」
ああ。そういう風にいつの間にか知ってた雑学って割とある気がする
それなら安心だと思って、綿あめを口に入れる
「私のチョコバナナもちょっと食べる?」
「うん。ありがとう。私の綿あめももうちょっと食べてよ。甘いからすぐに飽きる」
「あはは。わかった」
差し出されたチョコバナナをかじる。チョコもバナナも食べるけど、チョコバナナは久しぶりだ。普通においしい
「あそこに射的あるよ」
食べながら歩いていると、上井さんがそう言った
「本当だ」
近づいてみてみると、ずらっと景品が並んでいて、お菓子とかぬいぐるみとか、高そうなものだとゲーム機だとかが置いてある
「やってみる?」
「うーん...」
やってみるか聞いてみると、そこまで乗り気じゃなさそうな声が聞こえた
自分が言ったのに
そう思いつつも、まあ気持ちはわかる
「どうせとれないしなーって、私は思うからあんまりこういうのやらないな」
自分から言った手前やりたくないとは言えなそうな上井さんに、助け舟を出してあげる。すると、上井さんが安心したような顔をした
「そうだよね。うんうん」
そう言いながら何回も頷く上井さん。何だか可愛くて、クスッと笑ってしまう
「あっちに、金魚すくいあるけど、金魚うちで飼えないしなー。スーパーボール掬いは昔は好きだったけど、今は貰っても困るし。そのくせ高いし」
「そうなんだよ。でもそういうのやらないと時間余っちゃうなって思ってついね」
そう言って上井さんが恥ずかしそうに笑う
まあ気持ちはわかる。けど...
「別にいつも通りでいいんじゃない?適当に食べ物買ったら広場に行こうよ。そこでいつもみたいに話すか、読書でもゲームでもしたらいいじゃん」
別に私たちは肩肘張るような間柄じゃない。そうやって過ごすのが、一番私たちらしい過ごし方だと思う
「まあそうだね」
焼きそば、たこ焼き、焼き鳥、そんな感じのものをたくさん買ってから、私たちは広場で良さそうなところにシートを敷いて腰を下した。周りには結構私たちみたいな人がいる。まだ打ちあがるまで一時間以上あるけど、意外と早くはなかったみたいだ
シートの上に食べ物を広げる。すると、シートが食べ物でいっぱいになった
お祭りの空気のせいか、少し買い過ぎたかもしれない
「買いすぎちゃったね」
上井さんがそう言って困ったように笑う
「食べきれるかな?」
「いけるよ、きっと。花火まで時間あるし、ゆっくり食べよう」
私は能天気に本当にそう思っていた
「苦しい...」
そして40分後、私たちは何とか食べきれたけど、お腹が今までにないくらいパンパンになっていた
「ね。私ももう食べれない」
そう言って、上井さんが後ろに倒れ込んだ。それを見て私も寝っ転がることにする。寝っ転がると、苦しかったお腹が少し楽になったような気がした
しばらくそのまま、ボーっと空を眺める
空はいつの間にか真っ暗になっていた。それなりに街中にある公園だから星とかは全然見えない。寝っ転がったまま周りに視線を飛ばしてみると、来た時よりも更にたくさんの人が集まっていた。きっと今来ても、端っこの方にしか座れないと思う。まあ花火を見るんだから、端でも中央でもそんなに変わらなそうな気がするけど
あ...
すぐ隣にシートを敷いて座っている2人組はカップルみたいだった
腕を組んで抱き着いて、何かを楽しそうに話している
よく見てみると、この会場にいる人は、結構そういう人が多そうに見えた
そりゃあ、花火大会はデートの定番イベントだとは知っていたけど、ここまで多いとは思わなかった
あまり見ているのも失礼だと思って、体を上井さんの方に向ける
「あーー」
上井さんがそんな低い声を上げている。そうとうお腹が苦しいらしい
そんな珍しい上井さんを見て笑うと、上井さんがこっちを向いた
「なに?」
「ううん。そんなにお腹いっぱい?」
「うん。もう何も入らない」
そんな話をしながら、さっき隣のカップルを見たせいか、上井さんのお家で一緒に写真を撮ったときのことを思い出す
どうしてかわからないけど、あの時腕に抱き着かれて、安心して、もっとこうしていたいと思った
もう一回したいと思う
あの安心感は、あの一瞬の出来事ではあったけど、癖になりそうだった
私から抱き着いてもいいのかな?
恋人でもない。ただの友達な私が
あの時は上井さんが抱き着いて来たけど、私からしてもいいのだろうか
そもそも抱き着くのに、ああして写真を撮るとき以外にどういう理由が必要なんだろう?
しばらくボーっと空を見上げながら、適当な理由を探してみる
...あ、そうだ
いいことを思いついた私は、さっそく上井さんの腕に抱き着いてみる
「え、どうしたの?」
案の状、驚いたように上井さんが私のことを見る。体がビクッてしたのを感じた
「いっぱい食べて眠くなっちゃった。ちょっと抱き枕になってよ」
私はそう言うと、上井さんの肩に顔をくっつけた
「えー」
上井さんは困ったようにそう言うけど、私のことを離したりしない
やっぱりいい匂いがする。それにあったかいし、柔らかい。ぬいぐるみを抱くのとは何もかもが違う。さっきみたいに冷房が効いた部屋でしている訳じゃないから少し熱いけど、そんなこと気にならない
さっきと同じように私のことを安心させてくれる
「ふぁ...」
抱き着いていると、本当に眠くなってきた
本当に落ち着く
何だかお母さんみたい
お母さんからこんな安心感を貰ったことなんてないけど、物語に出てくるお母さんはだいたいこんな感じだと思う
そんなことを思いながら上井さんのことを堪能していると、上井さんが左手で私のことを撫でた
顔を上げると、上井さんが私のことをいつもよりも優しい目で見ているような気がした。それこそお母さんみたいな目
「時間になったら起こしてあげるから、寝てて良いよ」
「うん」
本当に寝るつもりはなかったけど、上井さんに頭を撫でられるのは気持ちが良くて、抗いがたい眠気に襲われる
上井さんが起こしてくれるなら安心だ
そう思った私は、上井さんから貰える気持ち良さに包まれながら、少しずつ夢の世界に沈んでいった
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