第4話 瑠香視点

日曜日。今日もいつも通りに図書館に来ると、先に上井さんが先に図書館に居るのが見えた

そして昨日と同じように、いつも私が座っている席の隣に座っている


どういう風の吹き回しだろうか。なんて思ってから、まあ上井さんの行動が突飛なのはいつものことかと、勝手に納得する

そもそも私たちのこの不思議な関係も、上井さんの突飛な行動が始まりだった


「おはよう」

「あ、おはよう」


ボーっと雑誌を眺めている様に見えた上井さんは、私が挨拶をすると顔を上げて、ニコッと笑って挨拶を返してくれた。朝から笑顔が眩しい。朝は特に、私の表情筋は死にがちだから、上井さんのそういうところは凄いと思う


上井さんの隣に腰を下して、いつも通り本を取りだす


これだけ会っていれば、上井さんと会うことにも、話すことにも緊張なんてしなくなっていた

私の隣に上井さんがいることが、どんどん自然になってきているのを感じる


だから私は、気を使って話題を振ったりすることもなく、いつも通りに本を読み始めた。上井さんも雑誌に視線を戻した

静かな時間が流れる。本をめくる音しかしない時間


「ねえ、小林さん。何か本貸してくれない?」


そんな時間が一時間くらい経ったとき、上井さんにそう話しかけられた

昨日まで貸していた本は、もう読み終わったらしいから持ってきてなかったけど、もしかしたらそう言われるかもと思って、別の本を持ってきていた


「いいけど、これで良い?」

「うん、ありがとう」


私のお気に入りの本の1つ。可愛い女の子の絵が表紙に描かれているラノベで、何か言われるかなと思って少しドキドキしたけど、上井さんは何も言わずにそれを受け取って読み始めた


アニメ化もした割と有名なラノベだから、間違いないと思うけど、上井さんの反応が気になる。私が布教したものにどんな反応をしてくれるのかというのは、誰に布教しても気になるものだ


さっきまでと違って上井さんのことを少し意識しながら、自分の本をめくっていく

私と話す時は表情豊かな上井さんだけど、本を読むときは全然表情が変わらなくて、どんな風に思って読んでいるのかよくわからない


「お昼食べに行こう?」


そんな風に少しそわそわしながら過ごしてしばらくすると、上井さんがそう言った

時計を見ると、11時の少し前だった

いつもお昼を食べに行く時間より少し早いけど、混む前に行くならこの時間が一番良いかもしれない


「そうだね。行こっか」


もう何度目かの、上井さんとのファミレス

席に着いて、いつも通りに注文を済ませて、ドリンクバーを取りに行く


「さっき貸した本、どうだった?」


ずっと気になっていたことを、ここでやっと聞く


「面白かったよ」

「本当?」

「うん。王女様の無邪気さに癒されてた。あと何だろうな。あの偉そうな悪い貴族たちをぼこぼこにするシーンは結構すっきりしたな」

「そうだよね。王女様いいよね。すっごく可愛いし、王女様といると主人公がいつもよりも穏やかになるというか、心から楽しんでそうなのがいいし、あの貴族をぼこぼこにしたときも、普段温厚な主人公が王女様のために本気で怒ってて、ちょっと泣きそうになっちゃったし...」

「ふふっ」


...あれ?

私、今、すっごい勢いで話してなかった?


気が付いたら、上井さんに微笑ましいものを見るかのような、温かい視線を向けられている

顔が急に熱くなるのを感じる


上井さんが、私が勧めた本を気に入ってくれたのが嬉しかった。上井さんが好きなキャラクターも場面も、私が好きなものと一緒で、それも嬉しくて、気が付いたらテンションが上がってこんなことになっていた


「...恥ずかしい」

「あはは。面白いね、小林さんって」


恥ずかしくて机に突っ伏している私を見て、本当に楽しそうに上井さんが笑う

その面白いっていうのは、きっと私が変わっているということで、あまり素直には喜べない


「でもわかるな。私もあのシーンは泣きそうになった」


ちょっとむすっとしている私に、上井さんが笑いながら話を続ける


「本当?」

「本当だって。あそこのシーンくらいじゃない?主人公があんなに感情的になったのって」

「そうなんだよ。そこがいいよね」


また私の話に熱が入ってしまう

上井さんは思ったよりもちゃんと貸した本を読んでくれていて、面白いと思うところも似ているから、話していて楽しい


あっという間に時間が過ぎて、注文した料理が届くのがいつもよりも早く感じた




そんな風に、日曜日はあっという間に過ぎて、平日がやって来た

いつもは平日が待ち遠しかったのに、今はいつもよりも憂鬱度が増している気がする。長くて暇で、辛いだけだった土日を最近は楽しいと思えているせいかもしれない


学校に行っても上井さんは同じ教室にいるけど、図書館にいる時みたいに話しかけることはできない

帰りは、何度か一緒に帰ることが出来る。今週は火曜日と木曜日は一緒に帰ることが出来た


やっと金曜日がやってきて、今週も今日を乗り切れば終わりだな

なんて思いながら登校する。すると、朝から雫が元気に私に話しかけて来た


「ねえねえ、瑠香。聞きたいことがあるんだけど」


おはようをすっとばして、キラキラした目で雫が私に話しかけてくる


珍しいな。雫が朝からこんなにテンション高いなんて


「何?」


そう言いながら雫の横を通って、自分の席に座る


「昨日上井さんと一緒に帰ってなかった?」

「え...」

「部活やってるときに見えた気がしたんだけど、違った?」


ああ、なるほど。テニスグラウンドからは駐輪場が見えないこともないし、そこから見られてたのかな


どう答えようか迷う

学校ではほとんど接点のない私たちが一緒に帰ったと知ったら、それなりに色々なことを聞かれそうだ。それは少しめんどくさい

それに、私なんかと仲がいいと上井さんの友達に知られたら、迷惑をかけることになるかもしれない

そもそも私と上井さんは仲が良いのかな?出会ったころよりは仲良くなってるのは間違いないけど

私にも私と上井さんの関係がどんなものなのかよくわからないから、上手く伝えられる気がしない


「たまたま駐輪場で一緒になっただけだよ。それで少し話しただけ」


嘘じゃない

私たちは待ち合わせをしていた訳じゃなくて、たまたま駐輪場で一緒になったときに、少し話しながら帰ってるだけだから


「ええー、そうなの?でもちょっと話したんだ。どんな話したの?」

「たいしたこと話してないよ。お互い自転車で通学してるんだねとか、学校疲れたねとか、そんなこと」

「そうだったんだ。何かつまんない」

「何を期待してたの?」

「わかんないけど、珍しい組み合わせだったからさ、何か凄いこと起きてるのかもって期待してたんだよね。ほら、ちょっと上井さん怖そうだし、瑠香が脅されたとか」


そんなこと期待しないで欲しいんだけど


まあでも、上井さんが怖そうだというのはわかる

私も上井さんと話すようになる前まではそういう風に少し思っていたし、今でも、上井さんと仲が良い菊池さんと遠藤さんにはそういう印象を持っている


「上井さんは結構優しいよ。話しやすかったし」

「へえ、意外」


雫が目を丸くしてそう言う

それからも私たちは、しばらく上井さんとその周囲の人たちの話をして過ごした


「そう言えば、もうすぐ中間テストだね」


上井さんたちの話をあらかたした後、雫が突然そう言った

スマホのカレンダーを見ると、中間テストが二週間後に迫っていた


「本当だ」

「本当だってことは、まだあんまり勉強してないな?」

「まあね。でも今からすれば十分でしょ」

「まあそれはそっか。私は一週間前までは部活があるからコツコツやってたけど、帰宅部は関係ないもんね」

「でも教えてくれてありがとう。そろそろ勉強しないとヤバかった」

「どういたしましてー」


定期テストはそこまで高い点数を取らないといけない訳ではない。たぶんお父さんが結果を知りたいと言ってくることもない。だけど通知表だけはお父さんに見せないといけない。高い成績である必要はない。全部3とかで十分だけど、あまり低いと何を言われるかわからないから、それなりに勉強をしている必要がある


「今日から勉強するかなー」

「高校最初の定期テストだもんね。頑張らないと」



土曜日がやって来た

昨日雫と試験のことについて話したからというのもあって、今日は朝から図書館で勉強をしている

といっても、自習スペースは満席だから、いつものソファに座って勉強をしていて、机がないからできることも限られている。数学とかは、机がないとやりにくい

今は英単語帳を眺めていた


「お、今日は勉強してるんだ」


そんな声が聞こえて来たと思ったら、当たり前のように小林さんが私の隣に座った


「おはよう」

「うん、おはよう。珍しいね、勉強してるなんて」

「もうすぐ定期テストだし」

「まだ二週間くらいなかったっけ?」

「まあそうだけど、そろそろやろうと思ってさ」

「そうなんだ。真面目だね。本持ってきてくれてる?」

「うん、あるよ」


私がラノベを一冊渡すと、「ありがとー」と言って、上井さんは読書を始めた。どうやらまだ勉強を始める気はないらしい


大丈夫なのかな。授業あまり聞いてないのに

なんて少し心配しながら、私は自分の勉強に戻るのだった

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