第3話 えむ視点

日曜日

いつも通りに図書館に行ってきた私は、夕方の6時半に家に帰って来た


ただいま


そう言いかけてから、家の中が騒がしいことに気が付いて止める


「はあ...」


どうやら今日も喧嘩をしているらしい

お母さんの金切り声とお父さんの怒声が聞こえてくる。今日は特別激しいかもしれない


今日も昨日みたいに、小林さんと一緒にお昼ご飯を食べた。一緒にゲームをして、本を読んで、おしゃべりして、それなりに楽しい時間を過ごしてきたのに、帰ってきてこれだと嫌になる


2人がいるリビングに寄ることなく、私は二階にある自分の部屋に直行する

カバンをベットに放り投げてから、私もベットにダイブして、寝っ転がりながらスマホをいじり始めた


SNSを開くと、学校で仲が良い、美玖と志歩がそれぞれデートに行って撮った写真を上げていた

彼氏とのツーショットで、キラキラした加工が加えられている

機械的にいいねボタンを押して、数分画面をスクロールしながら適当に色んな人の投稿を眺めた後SNSを閉じる


喧嘩はまだ続いている

もう聞きなれたはずの声だけど、聞いていると、鼓動が早くなって、不快になる

お父さんもお母さんも私には優しい。2人は私に対してこんな声を上げないし、2人が喧嘩をしているからといって、私に害は何もない。それはわかっているのに、この不快感は消えてくれない


ずっとこの声を聞いていたくないから、イヤホンをして、ゲームを起動させる

もうやり過ぎて、そこまで面白いと思っていなかったこのゲームだけど、小林さんに教えてからは、また面白いと思い始めている


まだまだ抜かれるとは思わないけど、このゲームに関しては小林さんに負けたくない。高い点数を自慢して、小林さんがそれに呆れるという流れが、私は好きだった


ほとんど頭を使うことなく、直感的にパズルを消していく

ゲームをしていると、自分の世界にどんどん入り込んでいける。外のうるさい喧嘩の声が、段々私の耳から離れていく

イヤホンからは、パズルを消したときに鳴る爽快感のある音が次々と聞こえてくる


今更これをやって時間を忘れたりしないけど、時間の進みは多少早くなる


ゲームをしながら考え事をする

最近考えるのは、小林さんのこと。最近の私の小林さんに対する謎の積極性の事


何で私は、小林さんにあんなに話しかけたいと思うのだろう

親のせいにしたくはないけど、あんな親を見ていたせいか、私はそこまで親しい友達というものを作ってこなかった

学校で快適に過ごせるだけの、そこそこ仲の良い友達を作って、それだけで十分だと思っていた


そういう視点で見ると、私は小林さんと仲良くなる必要はない。学校では、すでに仲の良い人を数人作った。土日に図書館で過ごすのに友達なんて必要ない


それなのに私は、こんなに小林さんに関わりに行っている

今日も昨日も、わざわざ私から話しかけて、小林さんをお昼ご飯に誘った


本当になんでなんだろう

ゲームをしながらその理由を考えてみる


しばらくするとふと、ひょっとすると一目惚れかもしれないと思った


小林さんはクラスの中であまり目立たないと思う。きっと私とか、私の周りの美玖とか志歩の方が目立っている。だけど小林さんは、顔が私より整っていると思うし、小さな体と童顔な感じが結構可愛い


密かに、クラスで一番可愛いんじゃないかと思っていた

そんな小林さんが、教室や図書館で1人で本を読んでいる姿はなかなか絵になる光景で、なんかいいなーって思いながらぼーっと眺めたりしていた


だから私は、小林さんと話してみたいと思ったんだと思う

どんな子なんだろうって気になっていたんだと思う


話してみると、小林さんは結構面白い。まさかあの本の中身がラノベだとは全く思わなかった

大人しいタイプの人なのに、本の話になると少し饒舌になったり、少し変わった価値観が垣間見えたり、そういうギャップが面白いと思う


「ふふっ」


それに、誰かと土日を一緒にすごすのも悪くないと最近は思っている

学校で散々人と話しているんだから、土日くらいは1人でゆっくり過ごしたい。なんて思っていたけど、最近はそうじゃない


たぶん、小林さんと話しているときの私は、素に近い私で、あまり無理をしてないから楽で、それが良いんだと思う

1人でボーっと過ごすのも嫌いじゃないけど、最近は小林さんと一緒にすごしたいと思っている


「えむー、そろそろご飯よ」


そんなことを考えていると、下からお母さんに呼ばれた


「はーい」


いつの間にか、下から聞こえていた喧嘩の声は消えていた

せっかく小林さんのことを考えて、少しは楽しい気持ちになっていたのが消えて、憂鬱な気持ちになりながら下に降りる


リビングに行くと料理がもう並んでいた。今日はカレーらしい


「今日はえむの好きなカレーよ」

「うん、ありがとう、お母さん」


席に着いて、手を合わせてから食べ始める


「えむは今日は何してたんだ?」

「友達と遊んでたよ」

「そうか。楽しそうでいいな。お小遣いがなくなったら言えよ」

「うん、ありがとう、お父さん」

「明日からまた学校ね。お母さんお弁当作るけど、何かリクエストある?」

「ううん、何でもいいよ。私お母さんが作った料理全部好きだもん」

「ふふ、ありがとう」


皆で笑顔で食事をする。一見すると仲の良い三人家族の食卓

だけど、お父さんとお母さんが会話をすることはほとんどない

2人とも私としか会話をしない


ため息が出そうになるのをこらえて、笑顔で2人と会話を続ける

これだから私は、休日に家にいたくない

早く明日にならないかな

そんなことを思いながら、2人の話に適当に相槌を打ちつつ、あまり味のしないカレーを口に運び続けた



翌日、今日は平日で学校がある

朝から元気に喧嘩をしている2人が鬱陶しかったから、7時半に家を出た

学校までは自転車で30分くらいかかる。本当はもうちょっと早く行けると思うけど、途中の上り坂がきつくて、いつも押して歩いているからそれくらいかかる


入学したばかりだった頃は、頑張って漕いで学校に行っていたのだけど、いつからか気が付いたらこうなっていた

たぶん、こうやって早く出るようになって、急いで学校に行く必要がなくなったせいだと思う


もう5月だ。入学したころはこの時間はもう少し肌寒かったけど、今は少しだけ温かくなっていて、こうやって楽をしながら行っても、うっすらと汗をかく。もう少ししたら、この通学が凄く大変なものになるだろう


8時に学校に着くと、部活の朝練をしている人たちの元気な声が聞こえてくる

朝から凄いな。なんて思いながら校庭の横を通り過ぎて、校舎に入る


校舎に入ると一転して、もの凄く静かになる

遠くから部活の声が聞こえるけど、校舎の中からは何の音も聞こえない

廊下を歩くと、自分の足音がやけに大きく聞こえる。私以外の人とすれ違うことはほとんどない


教室に着く。今日も私が一番乗りだった。割と不真面目な自覚があるけど、学校に来るのはいつも一番乗り。きっと何人かは意外だと思っていると思う。美玖も志歩も、小林さんも、私が一番に学校に来ていることはたぶん知らないから、そういう話をされたことはないけど

自分の席に座って、流れるようにスマホを取りだす

SNSを開いて、ゲームをして、いつもみたいに時間を潰す


10分もすれば、ちらほらと登校してくる人が出てくる


「あ、えむ。おはよう。今日も早いね」


そうしてしばらくすると、美玖が教室に入って来た

私のすぐ後ろの席に座る


「おはよう美玖。デート楽しかった?」

「うん。一緒に行ったカフェがめっちゃおしゃれでさ」


美玖が休日に彼氏と過ごした話を楽しそうにする

しばらくすると志歩も登校してきて、志歩の彼氏の話も聞いた。そしていつものように、私も早く彼氏をつくった方がいいと言われ、私に彼氏が出来たら、3組でデートをしようと誘われる


そんなことをしていると、あっという間に8時半になって、ホームルームが始まる

志歩だけは席が離れているから、志歩が寂しそうにしながら自分の席に戻る


ホームルームで先生の話を適当に聞き流しつつ、ぼーっと自分の世界に入る


彼氏ね...


今日考えるのはそのことだった

2人の彼氏との楽しかった話とか愚痴とかを聞くのは割と好きだ

だけど、自分が欲しいかと言われると、いらないかなと思ってしまう

何でかって言われると、やっぱり両親のせいな気がする

どんなに愛し合っていて子どもまで産んでも、結局はああなるんだろうなって思うと、わざわざ頑張って彼氏をつくる意味がないような気がする

だからあんな風に、彼氏をつくった方がいいと言われると、毎回困ってしまうのだった


ふわふわと考え事をしたりしながら適当に授業を聞き流すと、あっという間に時間が過ぎて下校時刻になる


帰りのホームルームが終わってから、志歩と美玖としばらく話して、それから私は2人と別れて、1人で駐輪場に向かった

2人は電車通学だから、一緒に帰らない


「「あ」」


そして駐輪場を出たところで、小林さんと鉢合わせた

小林さんもちょうど帰るところみたいだった


小林さんと話すようになってから、こういうことは初めてだったけど、いつかはこういうこともあるだろうと思っていた

だって小林さんも自転車で通学していることは知っていたから


「斎藤さんと結城さんは?」


私が教室を出るとき、小林さんはその2人と楽しそうにおしゃべりをしていた


「2人は部活。上井さんは、菊池さんと遠藤さんと一緒に帰らないの?」

「2人は電車通学だから」

「そっか」


お互いが1人だと知って、しばらく静寂が流れる

どうしようかしばらく考えて、それから口を開く


「一緒に帰る?」


何となく、小林さんとは土日しか話さないのだろうと思っていた

クラスは同じだけど、グループが違うし、私が急に話しかけたら、私の友達も小林さんの友達も驚くだろうと思って、学校で話しかけることはしなかった


だけどここで別れるのも何か違うような気がして、私はそんな提案をする


「まあ、そうだね。一緒に帰ろっか」


小林さんは少し考えると、そう言った


「ちょっと待ってて」


そう言って、小林さんが駐輪場の中に入って行く

そしてすぐに、自転車を押して出て来た


2人で並んで自転車を漕ぎだす

どれくらいのペースが適当なのかよくわからないから、いつもよりもだいぶゆっくり漕ぐ。流れていく景色がいつもよりもゆっくりで、時々、同じ学校の知らない人に追い抜かされる


「今日も学校疲れたねー」


漕ぎ始めてしばらくして、そんな辺り触りのないことを言ってみる


「まあそうだね。でも上井さんってさ、あんまり授業聞いてないでしょ?」

「え、なんで?」

「手が動いて無くない?何となくボーっとしてるように見える」

「うっ」


当たりだった。確かにあまりノートは取ってないし、いつも授業とは関係のないことを考えてボーっとしている


そっか。小林さんは私より席が後ろだから私のことが見えるのか


「そうだけど、小林さんはどうなの?」

「私は板書を写すくらいのことはしてるよ」

「偉いね」

「普通だよ」


まあ確かに。でも志歩も美玖も、私の周りの人たちは割と不真面目だから、やっぱり偉いと思う


「テスト期間になったら、ノート見せてよ」

「別にいいけど、ノートくらい取ったら?」

「やる気でない」

「ふふっ、まあわかるけど」


最近、小林さんは私の前で少し笑ってくれるようになった。話し方に遠慮がなくなってきたし、小林さんと少しずつ仲良くなれている気がして嬉しい


小林さんの笑顔に少し見とれていると、急な上り坂が現れた。小林さんが少しも頑張ることなく自転車から下りる

私もそれに合わせて、自転車から下りた。いつもは半分くらいは頑張って漕いでいるけど、小林さんは違うらしい


「ここ、いつも漕がないの?」

「うん。無理。行きは頑張って漕いでるけど、帰りは別に急いでないから漕がない」

「小林さんっていつも結構ぎりぎりに来るもんね」

「朝は眠いじゃん。そういう上井さんは?」

「私は結構早いよ。8時くらいには着いてる」

「早っ。何か意外。不真面目なのに」

「関係ないでしょ」


そんな会話をしながら、上り坂を自転車を押しながらゆっくりと進む

しばらく進むと、上り坂の頂上が見えて、私と小林さんは再び自転車に跨って下り始める。少し汗をかいていたから、風が気持ちいい


ここまで来ると、もう家までもう少しという感じがする

まあ私はまだ家には帰らないけど


「小林さんは、今日は図書館に来ないの?」


小林さんを平日に図書館で見かけたことはなかったけど、何となくそう聞いてみる


「うん。行かないよ。上井さんは平日も図書館に行ってるんだ」

「まあね」


何で平日は来ないの?どうして土日は毎日図書館に居るの?そんなことを聞いてみようとして、だけど聞き返されたら少し困るから、結局聞かないでおく


「じゃあ私、あそこで左に曲がるから」


気が付いたら、もう小林さんの家の近くに着いていたみたいだった


「そっか。じゃあまた明日ね」

「うん。また明日」


小林さんと別れて、1人で自転車を漕ぐ

いつものことのはずなのに、さっきまで小林さんがいたところに誰もいないことに違和感がある


図書館に着いても、その違和感はなくならない

いつも小林さんが座っている席に目をやっては、何か物足りない気持ちになるのだった




土曜日になった

今日もいつもみたいに朝から図書館に向かって歩き出す


あの日、初めて小林さんと一緒に帰ってから、もう一度、木曜日に小林さんと一緒に帰ることになった

たぶんこれからも、私と小林さんは、帰るタイミングが重なったときは一緒に帰るのだろうと思う


図書館に着くと、もうすでに小林さんはいて、いつもの席に座っていた

一週間ぶりにあそこに座っている小林さんを見ると、何故か安心する


ほっと息を吐いてからいつもの席に座ろうとして、止める

小林さんと一緒に帰るようになって、出会ったころに比べたら私たちはだいぶ仲良くなったと思う。たぶん私は、今日もお昼になったら小林さんをご飯に誘う


それなら、私たちはわざわざ離れた席に座る必要なんてないんじゃないかという気がする

いつもの席に向かっていた体の方向を変えて、小林さんの方へと歩き出す

幸い隣の席は空いているみたいだったから、左隣にそっと腰を下してみる


小林さんがちらっとこっちを向いて、そのまま本に視線を戻す


あれ、無反応?


そう思っていると、勢いよく、小林さんの視線が私の方に戻って来た。絵に描いたような二度見だった


「おはよう」


わざと、何事もなかったかのように挨拶をしてみる


「お、おはよう」


目を白黒させながらそう言う小林さんがおかしくて、クスクス笑っていると、小林さんが不満そうに唇を尖らせた


「急にどうしたの?」

「んー、何となく、偶には良いかなって。隣いい?」

「今聞くんだ。まあ別に良いよ。図書館だからあまり話せないけど」

「うん。いつもみたいに過ごすから大丈夫」


そう言いながら、私はいつもの様に雑誌を取り出した

そんな私を見て、小林さんも自分の本に視線を戻す


雑誌を読んだりスマホをいじったりを繰り返して時間を潰す

ほとんどいつも通りだけど、今日はいつもと少し違って、その間に、小林さんを観察する時間が入る


本を読んだり、スマホをいじったり、私としていることはそこまで変わらないけど、私と違って偶に英単語帳を眺めている

今まで離れた席に座っていたから、全然知らなかった

偉いな。私は高校に入ってから、学校以外でろくに勉強をしていないのに


そんな風にちらちらと小林さんを見ながら過ごしていると、「ん」と言いながら一冊の本を小林さんが差し出してきた


この前借りて、途中まで読んだ本だった


「読む?」

「うん。ありがとう」


今そこまで読みたかった訳じゃなかったけど、大人しく受け取ってページを開く

この前の続きから読んでいく

本の中では、小林さんが好きな、リアリティのない可愛い女の子が異世界で人助けをしている


先週の土日に読んだから、もうすぐこの本は読み終わる

このリアリティのなさにも段々慣れてきて、今ではそこまで気にならない

この現実味のなさが、私を異世界に連れて行ってくれて、現実の嫌なことを忘れさせてくれそうな気がした

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