第2話 瑠香視点

平日が来て、それなりに平和な日々が始まる

学校に来れば友達がいる。友達と話したり、授業を受けたりしていれば、勝手に時間が流れていく。授業は退屈ではあるけど、どうやって時間を潰そうか考える必要がない

お父さんは仕事で夜遅くまで帰ってこないから、怒られることもない


いつも通りに、授業が始まる10分前くらいに教室に入る。朝に弱いから、登校するのはいつもこのくらいの時間になる

この時間に登校すると、もう3分の2くらいは登校していて、教室の中はそれなりに賑やかになっている


「おはよう、瑠香」


自分の席に近づくと、中学からの友達の斎藤雫が気だるそうな雰囲気を漂わせながら挨拶をした

出席番号が私のすぐ後ろだから、席も私の真後ろだ。座席が近いことが多くて、私と同じようなオタク趣味で話が合うから、昔からよく話す。一番仲が良い友達と言って良いと思う


「おはよう、雫」


挨拶を返しながら、雫の前の椅子に腰を掛ける


「昨日どうだった?」

「もう大変だったよ。10キロも走らされたんだよ?死んじゃいそうだった」


雫はテニス部に入っている。中学の時もテニス部に入っていたし、結構運動が出来るはずの雫だけど、うちのテニス部はなかなかスパルタらしい


雫がこんな風になるんだったら、私には絶対に無理だな。というか、10キロどころか、5キロも走れる気がしない


雫に何度も高校では一緒に部活をやろうと誘われたけど、入らなくて良かったと思う


雫の部活の愚痴とかを聞きながら、クラスの中をそれとなく見渡すと、上井さんの姿を見つけた

彼女の席の周りには、彼女と同じくらいキラキラした雰囲気を纏った人達が集まっていて、近寄りがたい

この前一緒に帰って、会話をしたのが嘘みたいに思える


「今日もあの一画はキラキラしてるねー」


私の視線の先を追ったのか、雫がそう言う


「そうだね」

「憧れるなー。ああいうの」

「意外。興味あるならやれば良いじゃん」


別にうちの学校は、髪を染めたり化粧をしたりすることを禁止していない

私はやりたくないけど、やりたければいつだってやれる

ファッションとかに関する興味は私とそんなに変わらないと思っていた雫が、ああいうのに憧れるのは意外だった


「髪染めるのは部活で禁止されてるし、朝練とかあるから化粧とかもめんどくさい」

「なるほど」


部活に入っていると何かと大変らしい


雫と話しているとチャイムが鳴って、授業が始まった

授業が退屈なのは、高校に上がっても変わらない

むしろ、その退屈さに磨きがかかっているような気さえする


暇になって、前の方に座っている上井さんに目をやってみる

派手な見た目とは反対に、それなりに真面目に授業を受けている様に見える

さっき彼女の周りに集まっていた人たちはスマホを机の下でいじったりしているけど、彼女はそういうことはしていない


あれ、でもよく見ると、板書を写している訳でもなさそうだった。手が全く動いていない。ボーっと黒板と教科書を見ている様に見える


それに、勉強が出来るという訳でもないみたいだ。先生に当てられて困っているところを何度か見る


体育の時間になる。上井さんは運動は出来るみたいだ。少なくとも私よりは。雫ほど出来るわけでもないみたいだけど、何か部活に入れば、それなりに活躍できそうに見える


土曜日に上井さんと話したせいか、学校にいる間、上井さんを視界に収める時間が増えた

ほとんど何も知らなかった上井さんの情報が私の中に蓄積していく

だけど学校にいる間、私と上井さんが話すことはなかった


この前思った通り、私と上井さんの関係はあの場だけの、上井さんの気まぐれで起こった一瞬の関係にすぎない



いつも通りの学校生活を送っていると、一週間があっという間に過ぎて、また土曜日がやってくる

図書館に入ると、上井さんの姿はまだなかった

今日は私の方が早いみたいだ


気まずい思いをしなくていいことに少しホッとしながら、いつもの席に腰を下す


いつも通りカバンから本を取り出して、読書を始める

本を読んだりスマホをいじったり、そういうことをして過ごすけど、いつもの如く時間は全然進まない。9時にここに来て、まだもうすぐ12時というところだった


気分転換も兼ねてトイレに行こうと席を立つ

ちらっといつも上井さんが座っている席を見ると、そこには誰もいなかった


珍しい。今日は来てないのかな

そう思いながらその席を通り過ぎてトイレに向かう


図書館を出て、建物の出入り口の横を曲がってトイレに向かう。誰もいない、静かな廊下を歩く。キュッキュッという私の足音だけが廊下に響いていた


もうすぐトイレに着く。そんな時、トイレから上井さんがちょうど出て来て、トイレの前でばったり会う


「「あ」」


2人の声が重なる


「久しぶり」

「うん...久しぶり」


上井さんはニコッと眩しい笑顔を浮かべて親し気に挨拶をする

学校で一回も話さなかったことが嘘みたいな距離感


「まあでも、学校で毎日会ってたし、久しぶりって言うのもおかしいかもね」

「まあ...そうだね」


私の方は、一週間も話さなければ、その人との人間関係はほぼリセットされる性格をしているから、上井さんのテンションについて行けない


「もうすぐお昼だけど、いつもどうしてるの?」


上井さんが突然そう聞いて来る


「外で食べてるよ。ハンバーガーか、うどんか、牛丼か、そんなところ」


いつも女子高生らしからぬ、1人で入りやすい安いお店を選んで昼食を食べていた

上井さんはそういうところ入らなそうだなって、また勝手な偏見を持つ


「そうなんだ......ねえ、一緒にファミレス行かない?」


私の話を聞いて少し何かを考えるような素振りをみせたかと思いきや、突然上井さんがそう言った


「え、何で?」


反射的にそう答えてしまう

答えてから、あまりいい返事の仕方じゃなかったかもしれないと後悔する

これじゃあ、嫌だって答えているようなものだ


「ファミレスって1人じゃ入りにくいじゃん。ドリンクバー頼んだら一生時間潰せる気がするから、誰か一緒に入ってくれないかなって思ってたんだよね」


でもそんな私の反応を気にした様子もなく、上井さんは変わらないテンションで私をファミレスに誘う

そして上井さんが私を誘った理由は、納得できる部分があった

確かにドリンクバーというのは、時間を潰すのにちょうどいいものだと思う

考えたことはあったし、上井さんと同じように、1人じゃ入りにくいから入らなかった


「...いいよ。行こっか」


気が付いたら私は、そう返事をしていた

そもそも断るということが苦手な性格なのだ

それに、そこまで悪い話でもない

少しの気まずさに目をつむれば


2人で並んで駅の方に歩いて行って、駅前のファミレスに向かう

ファミレスが入っている建物の中に入ると、少しだけ列が出来ていた

上井さんが名前を書いて戻って来る


「もうちょっと早く来ればよかったね」

「そうだね」


土曜日のお昼だからか、お店の中は家族連れ人達や、私たちと同じような学生のグループでにぎわっていた


外に置いてある椅子に並んで腰を下ろす


「小林さんってさ、斎藤さんと仲良いよね」

「うん。雫とは中学からの友達だから」

「あ、そうなんだ。あの子運動神経凄くない?」

「うん。昔から運動得意みたいだよ。今テニス部入ってるし」

「へー、テニス部厳しいらしいのに凄いね。私は絶対無理」

「私も。でも上井さんも運動結構出来るよね」

「え、そうかな。まあ確かに、斎藤さんほどじゃないけど、そこそこ出来るかも?」

「うらやましい」

「あはは。小林さんは運動苦手そうだもんね。1000m走とか苦しそうだったし」

「もう体力測定なんて一生やりたくない」

「残念だけど、来年もあるだろうね」

「やだなー」


2人で何でもない会話をしながら、席が空くのを待つ

意外と気まずくない

一回目もそうだったけど、上井さんと話すことはそこまで苦にならないのかもしれない

気が合うのか、上井さんのコミュ力のおかげなのかはまだ判断できないけど


そんな風に過ごしていると、10分くらいで私たちの番が来た


2人用の席に通されて、2人でメニューを眺める


「小林さんは何食べる?」

「うーん。カルボナーラとドリンクバーにしようかな」

「じゃあ私は、ドリアとドリンクバーで」


机にあるQRコードを読み取って、上井さんが私の分の注文もまとめて取ってくれる

ドリンクバーを取りに行って腰を下すと、さてどうしようかな。という感じの間が空く


何か話しても良いけど、この込み具合のファミレスだと、料理が届くのに結構時間がかかりそうだ


ジュースを飲みながらどうするか考えていると、上井さんと目が合った


「じゃあ今からは、いつもみたいに各々時間を潰そっか」


笑いながら、上井さんがそう言う

私の気持ちが読まれているみたいだった


「うん。そうだね」


私は特に異論はなかったから、そう答えると、カバンの中から本を取り出して読み始める

上井さんは、スマホをいじり始めた


予想通り、料理はなかなか届かない

最初はすぐ前に上井さんが居ることに慣れなくて、意識がちらちらとそっちに向かっていたけど、気が付いたらそんなこともなくなっていた


そしてしばらくの間、いつものように本を読んだりスマホをいじったりして過ごしていると、店員さんが料理を運んできてくれた


「やっと来たねー」


上井さんが嬉しそうにそう言う


「ね」


気が付いたら40分も経っていた

本を読んでいたからあんまり気にならなかったけど、料理を目の前にするとお腹が空いていることを自覚する


「「いたただきます」」


2人の声が重なる


「小林さんが読んでる本ってさ、ラノベってやつ?」


食事をしながら、上井さんが私がさっきまで読んでいた本について話題を振って来て、少しドキッとする

何となくいつもの様に読んでいたけど、バカにされたりするかもしれない

漫画は広くオタクじゃない人にも受け入れられ始めているような気がするけど、ラノベはそうじゃないと思う

上井さんのような人たちには受け入れられないもののような気がする


「うん。そうだよ」


怖いけど、上手い嘘も思い浮かばないから、素直にそう言う


「面白い?」

「まあそれなりに」

「そうなんだ。絵可愛いなとは思うんだけど、私そういうの読んだことないんだよね」

「読んでみる?」


まあ読まないだろうなって思いながら、話の流れで何となくそんな提案をしてみる。上井さんの反応を見るに、そこまで悪いイメージを持っているわけでもなさそうだったから


「いいの?じゃあ食べ終わったら読んでみようかな」

「え...」


上井さんが予想外の返事をするものだから、フォークの動きが止まって、思わず顔を上げる

上井さんはいつもと変わらない様子で、楽しそうにご飯を食べていた

たぶん、揶揄われた訳ではない


「上井さんは、スマホでいつも何してるの?」


本当に読むのか気になるところではあったけど、「本当に読むの?」なんて聞けなくて、今度は私が上井さんに質問してみる


「パズルゲーム。これ」


そう言いながら、上井さんがスマホの画面を見せてくれる

その画面には、人気のパズルゲームが映っていた。確か雫もやってるゲームで、人気キャラクターを次々と消していくゲームだった


そう言えば、少し前に雫に誘われたっけな

そのキャラクターたちは人気があるけど、私は興味ないし、他にやりたいゲームがあったからすっかりそのことを忘れていた


「やったことある?」

「ない。でも雫がやってるの見たことある」

「へえ、斎藤さんもやってるんだ」

「というか、結構皆やってるよね」

「まあそれはそうだね。小林さんはやらないの?」

「じゃあ後でやってみようかな」

「うん。そうしなよ」


お互いにお昼ご飯が食べ終わった後にやることが決まる。いつもの土日ではなかなかないことだった

食べ終わった後、持っていたラノベを恐る恐る渡してみると、上井さんはそれをすっと持って行って、普通に読み始めた


本当に読むんだ


上井さんとラノベとの組み合わせが違和感が凄い。キラキラした格好と、まさにオタクって感じのラノベはミスマッチすぎる。誰かがイタズラで加工した画像を見ているみたいだった

しばらくその様子を眺めた後、私も自分のスマホにパズルゲームをインスト―ルして遊んでみる


難しいけど、結構楽しいかもしれない

キャラクターに興味がなくても、このパズルゲームは結構楽しめる。パズルが次々と弾けて消えていくのは爽快だった

流石は人気ゲームなだけある


一回目にしては結構できたかな

なんて思いながらリザルトを見る。いつの間にか私の連絡先と連携していて、雫の点数と比べることになる


うわっ

これ何倍差があるの?


100倍以上のポイント差が雫との間にある。ここまで差があると、悔しいという気持ちにもなれない。いったいどれだけやり込めばこんなことになるんだろう


雫に勝つことは早々に諦める

黙々とプレイして何回かガチャを回すと、少しは点数が上がって、100倍の差はなくなったけど、それでもしばらく手が届かなそうな点差が雫との間には広がっている


「面白い?」


ゲームを始めてしばらくして、上井さんがそう聞いて来た

スマホから顔を上げると、上井さんと目が合う

それから上井さんの手元に目をやると、読みかけの本に上井さん用に渡した栞が挟んであって、そこそこのページが読まれていることがわかった

意外と真面目に読んでいるみたいだ


「まあそこそこ。雫との差があり過ぎて少し萎えてるけど」

「あはは。始めたばっかりだし、しょうがないよ。強いキャラクター揃えないと点は上がらないよ」

「先が長そう。そう言えば、上井さんは何点くらい取ってるの?」

「あ、そっか。まだ連絡先交換してなかったね」


スコアが知りたくて何気なく言った言葉だった。そんなつもりなかったけど、上井さんがスマホの画面にQRコードを表示させて見せてくる


少し迷ってから私のスマホでそれを読み込むと、私の連絡先に上井さんの名前が加えられた

ヘッダーの画像は、このゲームにもいるキャラクターの画像だった


スマホのバイブがなる。誰かからメッセ―ジが届いていて、表示させると上井さんからだった。可愛らしいスタンプが「よろしく」と言っている


私はスタンプとかあまり買わないから、「よろしく」と打って返信をした

上井さんが前でクスクス笑いだす

スマホから顔を上げると、上井さんが「何でもない」と言って首を横にふった


「何となく小林さんらしいなって思って」


その笑顔が何だかくすぐったくて、私は上井さんから目を逸らしてスマホを見る


ちょっと素っ気なさ過ぎたかな

一瞬そう心配するけど、この上井さんの反応はそんな感じでもない

私の反応が新鮮で面白いのだろう。きっと上井さんの周りの人たちは皆、可愛らしいスタンプをたくさん持っているんだと思う


スマホにゲームの画面を映す

ランキングの画面に上井さんの点数が追加されていて、雫よりも10倍くらい高い点数が表示されていた


「点数高すぎじゃない?」

「ふっふーん。凄いでしょ?」


そう言う上井さんは凄く得意気だった。思わず笑ってしまった私を、今度は上井さんがジト目で見てくる


「何?ゲームなんかでそんなに得意気になるなってこと?」


上井さんがどこかおちゃらけた雰囲気を出しながら言う


「そんなことないよ」


上井さんも私と同じように、ゲームで得意気になることがあるんだなって親近感を覚えて、それで何となく笑ってしまっただけだった


「そっちはどう?」


でもそんなこと素直には言えなくて、私はゲームからラノベに話題を移す


「うん。思ったより面白い」

「本当に?」


上井さんが気を使ってそう言っているような気がしてしまう


「本当だって」


上井さんが笑いながらそう答える


「ちょっとリアリティがないのが気になるけど」


まあそれはそうだろうな


「ラノベにリアリティなんて求めちゃだめ」

「じゃあ小林さんは何を求めてるの?」

「リアリティのない可愛い女の子」

「何それ」


上井さんがクスクス笑う

それに釣られてか、私の口が軽くなっていく


「だってリアルな女の子なんて、そんないいものじゃないじゃん」

「そうかなー」

「私はこういう男の夢が詰まった女の子が好きだな」


今まで、雫とかオタク友達にしか言ったことがなかった言葉

引かれるかもなって思ってあまり言わないようにしているけど、上井さんは大丈夫みたいだった


「まあ確かにこのヒロインは可愛いよね」

「そうでしょ?」

「ふふ、何で得意気なの?」

「私が勧めた本とかキャラクターが褒められたときが一番嬉しいから」

「なにそれ」


そう言いながら上井さんが笑う。それに釣られて私も笑った


それからはお互い、本を読んだりゲームをしたりして、合間にちょこちょこ話したりしながら過ごした


「そろそろ6時だね」


そうしてしばらくすると、上井さんがそう言った


「本当だ」


今日はいつもより時間の進みが早かった

まだ4時くらいだと思ってた


「そろそろ帰るでしょ?」


私と同じように、上井さんも私が大体この時間に帰っていることを知っていたみたいだった


「うん」


そこから数分ダラダラした後、2人でお店を出る

またこの前みたいに、大学までの道を並んで歩く


「また今度その本貸してよ」

「うん。いいよ」


栞はちょうど真ん中くらいに挟んであった

読み終わるまでもうちょっとかかりそうだ


「しばらくこの本貸してもいいよ?」

「ううん。大丈夫。小林さんもそれまだ途中でしょ?また今日みたいに一緒に遊ぼうよ。その時に貸してくれたらいいから」

「そっか。わかった」


私と上井さんの間に約束が出来る

ちょっと前までは考えられなかったことだ

今でもその現実味の無さに、少しふわふわしたものを感じてしまう


また一緒に遊ぼう...か


楽しみ、なのかもしれない

少なくとも今日は、思っていたよりも楽しかった


「じゃあまたね」

「うん。また」


この前みたいに、大学の前で別れる


しばらくしてから振り返って、上井さんの後ろ姿を見て、それからまた歩き出す


明日は日曜日だ。また、上井さんとこうして過ごすことになるのだろうか


楽しみなのか、緊張するのか、よく分からないけど、今日は家に帰るのがいつもほど憂鬱じゃない気がした

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