お兄ちゃんに教えてあげます(3)

 ぽるこっとの新作パフェは、確かにそれなりのお値段だった。

 フルーツやお菓子で飾られた丸いアイスには、チョコでネコっぽい顔が描かれていて確かにかわいくて、女の子が喜びそうだ。

 僕の対面に座る咲奈さくなは、運ばれてきたパフェをスマホでパシャパシャ画像に収めると、


「ありがと、お兄ちゃん♡」


 とても嬉しそうな笑顔をくれた。


「溶けないうちに食べたらどうだ」


 店内は暑くないから、そう簡単には溶けないだろうけど。


「うんっ!」


 フォークを手に、まずはフルーツをパクつく咲奈。


「えへへ〜♡ おいし〜」


 なんでだろう。こいつが幸せそうにしてると、僕も幸せになる。


くち、クリームついたぞ」


「いいよー、あとで拭くからそのままで」


 フルーツやお菓子や生クリームを片付けていき、形を残したままのネコさんアイスが中心に残る。


「これ、かわいすぎませんか? 食べていいものでしょうか」


「じゃあどうする、残すのか?」


「残すわけないじゃないですか! お兄ちゃん、大丈夫ですか?」


「だったら食べろよ。溶けてきてるって」


「わ、わかってます。わかってますけど……」


 僕はパフェを引き寄せて、付属していた長いスプーンを手にとると、


「あっ!」


 ネコさんアイスにぷっさしてすくった。


「ひ、ひどいです」


「食べないで溶かす方がひどいだろ。ほら」


 アイスを乗せたスプーンを咲奈に向ける。


「ネコさん、成仏じょうぶつしてください」


 スプーンの先をパクっと、咲奈がアイスを口に入れる。

 食べたのを確認して僕はスプーンを引き抜き、ネコさんアイスを成仏させるために、スプーンにすくっては妹の口へと運ぶのを続けた。


 やがてネコさんの半分がなくなり、たぶん成仏しただろう頃。


「お兄ちゃんも食べてください」


 今度は咲奈がパフェを引き寄せて、僕からスプーンを奪うと、そこにすくったアイスを向けてきた。


「それ、お前が使ったスプーンだろ」


「なんですか〜? 間接キスを気にしてるんですか~?」


「お前がイヤなんじゃないかって思っただけだ」


「なんですか? それ。咲奈たち兄妹きょうだいですよ~」


 楽しそうに笑う咲奈。


「そんな面白いか?」


「はい、めっちゃ面白いです」


 前かがみになった咲奈が、僕の口の前にまでアイスを持ってくる。


「は~い、お兄ちゃん。咲奈と間接キスですけど、ちゃんとパクってできるかな~?」


 にやける妹のあいらしい顔は無視して、僕は無表情でパクついてやった。

 咲奈はニコニコして、僕が使ったスプーンに再びアイスをすくうと、パクッと自分の口の中に運ぶ。

 そして次は僕へとアイスをくれる。僕たちはふたりで、咲奈が動かす1本のスプーンを交互に口をつけながらパフェを食べきった。




 午後4時20分。兄妹デートを終えて帰宅した僕たちは、リビングのソファーに並んで座る。


「楽しかったですー」


 僕にしなだれかかる咲奈。昔はもっと骨ばった感触だったのに、今はやわらかくて女の子の香りまでさせている。


「うん、楽しかった。やっぱり彼女なんていらない。こうしてときどき咲奈がデートしてくれれば、それでいいよ」


 僕の胸に頭を置いて、


「……咲奈も、お兄ちゃんがいればいい。彼氏なんかいらない」


 甘える妹。兄としては、あまり喜ばしい言葉じゃない気がするけど、こいつに彼氏ができるなんて考えたくはない。

 やっぱり僕、シスコンなのかも。


 ふたりとも無言で、抱きついてくる妹の頭を僕がなでるだけの時間が過ぎ、


「お兄ちゃん……」


「なんだ?」


「お兄ちゃん。咲奈のこと、好き?」


「もちろん、大好きだよ」


「うん……そっか、うれしい。どれくらい好き?」


「世界で一番くらい」


「そう、ですか……やっぱりお兄ちゃんは、シスコンですね」


「そうかもな。でも、咲奈がかわいい美少女だから、妹にしか目がいかないのかもしれぞ?」


 しばらくの間、静寂せいじゃくがリビングを満たす。

 と、唐突に 僕にもたれかかっていた咲奈が身体を起こして、


「あ、あれ!? もしかすると、もしかするの!?」


 驚いたような声を上げた。


「なんだ、どうした」


「ちょっと待ってください。お兄ちゃんがシスコンなのは、実は前からわかってました!」


 なんだ急に。


「僕がシスコンって……だったらお前もブラコンだろ」


 この前も「ネットで怖い動画見て、ひとりで寝れない」とかで、僕のベッドに潜り込んできたくせに。

 なんで中2にもなった妹の頭をなでて、安心させて寝かせつけないといけないんだ。


「ブラコンって……お兄ちゃんに甘えていいのは、すべての妹に与えられた権利です。すべての妹はブラコンです」


 いや、妹にそんな権利はない。すべての兄がそう言うだろうし、そしてすべての妹もブラコンではない……はずだ。


「質問です。お兄ちゃんがこれまでに、一番かわい~ってなった子は誰ですか? 芸能人でもいいです。なんならママでもいいです」


義母かあさんは美人だけど、かわいいと思ったことはない。ちゃんと母親だって思ってるよ」


「そうですか、安心しました」


「いや、お前、僕と義母さんの関係をどう思ってるの。普通の親子だけど」


「だってお兄ちゃん、ママには本音で話さないじゃないですか。なんか変だぞ? あやしーぞ? と思われても仕方ないです。もしかしてこれ、ママに気があるんじゃないの? とか……」


「なにいってんだ。さすがにひどいぞ。ちゃんと母親だって思ってるけど、僕には前のかあさんの記憶があるんだ。少しは、気をつかうよ」


「咲奈には、前のパパの記憶がありません。今の家族が、咲奈の家族です」


 咲奈は乱れた髪を手でなでつけると、


「ママじゃないなら、誰ですか?」


 まぁ、そうだな。

 僕は正直に、


「お前だよ。かわいいって言われれば、咲奈が一番だ。僕のかわいいって感情のほとんどは、初めてあった日から妹に持ってかれてるから。ちゃんとかわいがってるだろ?」


「お兄ちゃんは、すぐに咲奈にかわいいって言いますね」


「実際、かわいいからな」


「そうかも……ですけど」


 咲奈はため息をついて、


「お兄ちゃん、しってますか?」


「なにを」


「咲奈とお兄ちゃんは、結婚ができます」


 いや、お前が知ってるのが意外なんだけど。


「しってる。だから?」


「妹の咲奈がお兄ちゃんの彼女でも、法的に問題がないわけです」


「法的になんて、難しい言葉しってるな」


「はい、お勉強はがんばってますので」


 頑張ってるのはしってる。成績に結びついてないのが残念だけど。


「そんなかしこい咲奈がですね、お兄ちゃんに教えてあげます!」


 なんの話だ? 9教科オール3なんて通知表を持ち帰るやつが、賢いわけないだろう。

 小首を傾げる僕に、妹は微笑んで深呼吸すると、


「咲奈はずっと、小さいころから、お兄ちゃんが大好きだよ? 世界で一番すてきなお兄ちゃんで、世界で一番優しくて、かっこいい男の子だって思ってる。

 6年生のときにね、あたしとお兄ちゃんは本当の兄妹じゃないから結婚できるってしったの。本当にね、あの日から世界がキラキラし出したの。

 だってあたし、お兄ちゃんのお嫁さんになれるかもって。なっていいんだって!」


 なに言ってるんだ、こいつ……。


「だけど、お兄ちゃんがあたしを選んでくれるなんて思えないし、妹でいられるだけで十分って思おうとしてきたけど、やっぱりそれはさみしいな。

 だってあたし、もうずっと前から、お兄ちゃんに恋をしているから。自分でね、恋してるってわかってるんだよ?」


 恋……? 咲奈が、僕に?


「好きな人の妹でうれしい。でもそれと同じくらい、悲しくてつらいかな。

 妹としてじゃなく出会ってたら、あたしがお兄ちゃんを好きになったかなんてわかんない。

 でも咲奈はお兄ちゃんの妹だから、いつも一緒にいてくれて、優しくて、咲奈を大切にしてくれるお兄ちゃんが、もうおぼえてないくらいずっと前から、大好きです」


 これ、僕、告白されてる?

 妹から、告白されてるのか!?


「困った顔、しないで……ください」


 悲しそうな表情になる妹。

 僕、そんな顔をさせる顔をしてるのか?


「あたしは……咲奈はやっぱり、お兄ちゃんが好き。お兄ちゃんじゃなきゃヤだ。妹でうれしいけど、ずっと妹じゃイヤなの。お兄ちゃんに彼女ができるって考えるだけで、泣きそうになっちゃう」


「……さく、な」


「前はここまでじゃなかった。でも中学になって、男子に告白されたの。それから、もう……ダメになっちゃった。お兄ちゃんじゃなきゃダメだって、わかっちゃったの」


 咲奈は大きなため息をつき、


「あぁ~あっ! 言っちゃった!

 だってしかたないよ、今日ね、すっごく楽しかった。うれしくて、ドキドキして、何度も泣いちゃいそうだった。

 ホントはね、兄妹デート、今日で最後にするつもりだったの。だってお兄ちゃん、高校生になったもん。いつ彼女ができても不思議じゃないでしょ?」


「そんなこと、ないだろ……」


「なくない! 高校生が彼氏彼女を作るのは、普通だよ」


 無言の僕に咲奈は小さなため息をぶつけて、


「でもね、こんな幸せしっちゃったら、もう戻れない。妹のままじゃ……いられない。

 だって今日のあたしの場所にしらない誰かがいるなんて、絶対耐えられないもん! あたしおかしくなっちゃう。それがわかったの」


 髪を飾ったままのうさぎに触れ、妹が泣きそうな顔をしている。


「お兄ちゃん、咲奈を好きって言ったよね?」


「あ、あぁ……」


「それは妹としてだけ? 女の子としては、どうですか?」


 なぜだろう。咲奈の唇に目がうばわれる。


「咲奈を彼女にしてくれるなら、ぎゅって抱きしめて。妹じゃなくて、女の子として、抱きしめて……ください」


 目をつむり、僕の胸に身体を預ける咲奈。震えと一緒に、おびえがつたわってくる。

 冗談とは思えないし、こんなの絶対に冗談じゃない。


「きゅ、急にそんなこと言われても、どう言えばいいのかわからないけど」


 僕は震える咲奈を抱きしめて、


「お前よりも大切に思う子ができるなんて、想像がつかないよ」


 それが本音だった。

 彼女はいらない。作る気もない。


 だって僕には、んだから。


 僕の腕に包まれた咲奈が、ぎゅっとしがみついてくる。


「これ……よろこんで、いい?」


 涙声での確認。


「この世界に、お前よりかわいい子がいるなんて思えない。これで、いいか? 彼女とか彼氏とか、そういうのはわからないけど、僕が世界で一番かわいいって思う女の子は、咲奈だよ。大切なのも、大切にしたいのも、咲奈だ。ウソじゃないのは、わかるよな?」


「……うん。わかる」


「だったら喜んでくれると、僕も喜べる」


 涙で顔をぐちゃぐちゃにした咲奈が、僕の顔を覗き込む。


「やったあぁ〜! めっちゃうれしいっ。お兄ちゃん大好き、だいすき、だいすき〜♡」


 首筋にしがみついてきた妹。その頭では僕が贈ったヘアピンのうさぎが、嬉しそうな顔で輝いていた。


【fin】

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お兄ちゃんに教えてあげます! 小糸 こはく @koito_kohaku

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