お兄ちゃんに教えてあげます(2)

 翌日。


「お兄ちゃんとお出かけ、ひさしぶりですー♡」


 妹が嬉しそうな顔をしてると、僕も嬉しくなる。本当にシスコンなんだろうか。違うよな?


「そうだな。ここ最近、受験で相手できなかったもんな」


 受験勉強。その成果はあって、志望校に合格できたけど。

 家を出てすぐ、咲奈さくなが僕の左腕に抱きついてくる。いつの間にかそれなりに育った胸が押しつけられて、やわらかな質感にドキドキしてしまう。

 おっぱいって、妹のだぞ? 僕はなに喜んでるんだ。


「くっつくなよ」


「いいじゃないですか。デートですよ?」


 腕からは離れてくれたが、妹は右手で僕の左手をつかまえ、ブンブンと大きく振った。


咲奈さくなも彼氏をつくる練習か?」


「彼氏? は? そんなのいりませんけど」


 当たり前に言いきったな。なんだこいつ。僕には彼女を作れといったくせに。


「兄ちゃんも同じだと思わないのか? 彼女はいらないって」


「思いません。だって、お兄ちゃんは高校生です」


 中学生だから、高校生を大人だと思ってるのか? 確かに僕も、高校生は半分大人みたいなイメージがあったな。

 自分がなってみると、全然そんなことないけど。


 兄妹で手をつないだまま、ご近所を歩く。知り合いのおばさんに、「あなたたちは、いつまでも仲いいわねー」って笑われたけど、咲奈は「でしょー」とニコニコしていた。


 お目当のスイーツ店ぽるこっとは、すぐそこだ。家から歩いて5分くらいで、もう見えてきた。


「このまま、パフェ食べに行くか?」


 見た感じ混んではなさそう。この店にぎわってる時は、外に行列ができてるから。


「えー、パフェは最後でいいです。今日は咲奈、お兄ちゃんとデートの日なのです。ずっとお兄ちゃんの咲奈ですよ? よかったですね!」


 だから、腕に抱きつくな。胸が当たるんだって。まだ成長途中なのはわかるけど、それでもやわらかいんだって。押しつけられると、むにゅってしてるの!


「僕も、そんなにお金ないぞ? パフェはおごってやるけど、そんな遊べないからな」


「えへへー、いーですよー。お兄ちゃんと一緒がいーんです♡」


 駅前まで歩けばいろいろお店もあるし、時間を潰すこともできるだろう。


「腕にしがみつくな、重い」


「ひどいですね。咲奈軽いです。38kgです」


「ウソつくな。小6で40kg以上あったじゃないか」


「お兄ちゃん。女子の体重は自己申告制ですよ?」


「はぁ、そうですか」


 咲奈の望むままに、駅周辺のお店をのぞいて歩く。そんな中、女の子向けの雑貨店で、かわいいうさぎのヘアピンに目がいった。

 そういえば昔お小遣いを貯めて、こんな髪飾りをプレゼントしたよな。誕生日にだったか?


「これ、お兄ちゃんがくれたのに似てますね」


 僕の視線に気がついたのか、咲奈がヘアピンを手に取る。


「あれ、どうした? もう壊れちゃったか」


「壊れてませんよ。宝箱に入れてあります、さすがにですねー、もう子どもっぽいです」


 手にしたヘアピンを頭に当てて、照れたようにわらう咲奈。


「そんなことない、かわいいよ」


 僕が男だからだろうか、それとも咲奈がかわいくてなんでも似合うから? 子どもっぽいとしても、こいつには似合っているように思えた。

 まだ小さな頃。どこに行くにも僕の後ろをついて回っていたの思い出して、


「なに笑ってるんですか」


 僕、笑ってるのか。自分では気がつかなかった。


「いや、昔とおなんなじだ。咲奈はかわいくて、大切な妹だって再確認しただけ」


 そっと頭に手を乗せると、


「外なんですから、頭なでないでください。髪型がくずれるじゃないですか」


 咲奈が商品棚に戻したヘアピンを、今度は僕が取る。


「これ、似合ってた。小さなころと同じでかわいかったよ。買ったら、つけてくれるか?」


 さっき、妹が髪飾りを頭にそえたとき、なんだか懐かしい気持ちなった。


「お兄ちゃんがそうしてほしいなら、いいですけど」


「あぁ、そうしてほしい」


 ふたりでレジに向かい、会計をすませる。380円。本当に子ども価格だ。

 袋に入れてもらうまでもなく、咲奈にわたして髪に飾ってもらう。かわいいうさぎの顔が、妹の黒髪に乗って映えた。


「変じゃない……ですか?」


 顔を動かしながら、店内に置かれた鏡の中の自分と見つめ合う咲奈。


「似合うよ、うさぎも咲奈もかわいい」


「しかたないです。お兄ちゃんがそういうなら、これつけてデートしてあげます」


 子どもっぽくはにかんだ咲奈は、やっぱりかわいいと思った。

 店を出て僕が手を伸ばすと、妹は当然のように掴んでくれる。そして僕たちは、ただお店を見て歩くだけの時間を続けた。


 そんな中。咲奈はときどき、ガラスに映った自分を見て頭を気にする素振り。


「やっぱり、イヤだったか?」


「いいえ、これはこれでかわいいです。気に入りました」


 表情から、それが本音なのはわかる。


「咲奈は美人さんだからなんでも似合うだろうけど、僕はそういう、かわいいのが一番似合うと思う。かわいい妹だから、かわいい物が似合うって思うのかもな」


「か、かわいい、かわいいって……もう、なんですかこのシスコン兄は」


「だって咲奈は、世界で一番かわいいだろ?」


 なんだ? 急に照れたぞ。


「世界で一番はいいすぎです! 5番目くらいですよっ」


 プイッと顔をそらせて、照れ顔を隠す。


「そうかも。でも僕の世界では、かわいいの世界チャンピオンは咲奈だから」


 照れてる顔もかわいいし、ガン見してやろう。


「な、なんですか。ジロジロ見ないでください」


「やっぱり、世界で一番なんじゃないか? めっちゃ美少女なんだが」


 咲奈の顔が、耳まで真っ赤になる。思わず笑ってしまった。あまりのかわいさに。


「お、お兄ちゃんっ!」


 照れ隠しで怒り出し、繋いだ手をブンブンと振り回す。


「ごめん、ごめん。でも、かわいいのは本当。ウソじゃない」


「う、うそ言ってないのわかるから、恥ずかしいん、です……けど」


 と、


「あっ」


 思わず声が出てしまった。真面目系のクラス委員長の女子が、男性の腕にしがみついて歩いていた。

 だけどよく見るとその男性は委員長と似た顔だちで、さらに、好きこのんで腕を奪われているわけじゃないという感じの、困った顔をしている。

 どうやら、兄と妹でのデート。僕たちと同じみたいだ。

 咲奈は僕の視線に気がついたのか、


「誰ですか? あの女の人」


「クラスメイト」


「めっちゃ……美人さんですね」


「そうか? お前の方がかわいいだろ」


 実際、委員長は清楚せいそな美人だけど、咲奈と『かわいさ』を比べるなら考えるまでもない。僕の妹の圧勝だ。

 即答した僕に、


「お兄ちゃんは、シスコンなのでそう思うのです。他の人にいっちゃダメですよ? きもって言われます」


「シスコンじゃないって」


「え!? 無自覚むじかくですかっ」


「自覚して違うって言ってるの」


 違うよな? 普通だよな。

 僕の言葉に、面白そうに笑う咲奈。


「じゃあ、自覚してください。お兄ちゃん、咲奈を好きすぎじゃないですか? シスコンですよ」


「好きすぎって……そりゃ好きだよ、妹を嫌いなお兄ちゃんはいないだろ」


 素直でかわいい妹なら、なおさらだ。


「お兄ちゃんは、咲奈が……好き?」


「うん、好きだよ」


「咲奈が妹だから……好き、なの?」


 ん? それは、どうだろう。

 妹じゃなくても、かわいいとは思うだろう。でも、声をかけたりはしないだろうな。こうして手を繋いでデートなんて、とんでもないだろうし。

 そう思うと、こうしているのが『とても幸運』に思えた。


「咲奈が妹で嬉しいよ?」


 妹は少し困った顔をして、


「咲奈も、お兄ちゃんの妹でうれしいです♡」


 無理に笑っている顔を見せた。

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