お兄ちゃんに教えてあげます!

小糸 こはく

お兄ちゃんに教えてあげます(1)

「お兄ちゃんも高校生になりました。彼女をつくって高校生活を充実させましょう!」


 金曜の夜。僕の部屋に入ってきて勉強のジャマを始めた妹の咲奈さくなが、いつものように変なことを言い出した。

 今度はなにに影響えいきょうされたのだろうか。


「いや。別にいらないけど、彼女」


 妹はベッドに座り、話を続ける体制に入る。

 こいつは僕より2歳下で、中2になったばかり。10年前、家族なった当時から普通にかわいかったけど、最近は義母ぎぼに似た美人に成長してきている。


 血の繋がりのない妹。それも美少女。最近ではノーブラタンクトップとかでウロウロされると、ドキッとしてしまうときもある。今も短パンから伸びる細くて長い脚に、意識が奪われそうになっている。

 こいつは妹。僕は咲奈の『お兄ちゃん』なんだから、ちゃんと自覚しないと。


「しってますか? 彼女というのはですね、空から落ちてくるわけじゃないんです。ちゃんと努力してゲットするものなんです!」


「ゲットって、女の子をそんな物みたいに言うな。失礼だな」


「……は?」


「は? じゃねーよ」


「そんなやる気のなさで、彼女ができると思ってるんですか!?」


「だから、いらないって言ったろ。人の話聞け」


「ではレッスンいちー。まずは挨拶です。1回の好きより、100回のおはようです」


 本当、話きかねーなこいつ。


「好きな子にはですね、アプローチしないとです。それには挨拶がお手軽ですよ。女の子はですね、朝のおはようから恋が始まる生き物なんです」


 なんの本を読んだ? もしくは変な動画に感化されたのか?


「じゃあ僕みたいに好きな子がいない高校生男子は、どうすればいいんだ?」


「できとーに可愛い子に声をかけてください。好きな子がいない人ほど、美人さんをねらうべきです」

 

 適当にって……。


「なんで?」


「美人さんはですね、自分が美人だって自覚してます。してない美少女はいません。なので男子に声をかけられても自惚れないのです。勘違いしません、だって美人なんですから。言い寄られるのは当たり前なんです、いつものことなんです」


「じゃあお前も学校で、男子におはようおはよう言われてるわけだな?」


 しばらくの沈黙。そして、


「なんでですか? そんなことあるわけないじゃないですか、バカにしてるんですか」


 この妹には、話も理屈も通じない。


「だって美人は、男から声をかけられやすいんだろ?」


「そうです」


「だったらお前も美人なんだから、男子から挨拶されまくりだろ」


「はぁ? あたしが、美人……? お兄ちゃん、さすがにそれは兄的あにてき溺愛できあいがすぎます。妹をかわいがるのは兄のつとめですけど、ちゃんと現実は見てください」


 こいつ自分が、美人に育ち中の美少女だって理解してないのか? 美人は「自分が美人だと自覚してる」っていった本人が。

 兄だから妹はかわいいとかじゃなく、普通に、一般的評価でかわいいと思うんだが? 同級生から「妹紹介してくれ」って言われたの、10人は超えてるんだが。


 でも確かに、こいつが変わったのは変わった。あんなに小さかった咲奈が、これほどの足長美少女になるなんて誰が想像……いや、義母かあさんめっちゃ足長美人だよな。想像はできたのか?


 初めて咲奈と会ったのは、小学校にあがる前だったはず。幼稚園の年少さんと紹介された彼女は、状況がよくわかってない不思議そうな顔で、


「にーちゃん?」


 と、僕をよんだ。

 僕も父から「この子が妹になる」と聞かされていたかから、


「そうだよ」


 と答えた。


「どこいってたの? おかえりー」


 でも咲奈はそんな感じで、よく理解できてないようだったから、


「ごめん、あそんでたらおそくなっちゃった」


 僕は『妹』の頭をなでて、遅くなったのを謝ったんだ。


 それから数年間、咲奈は僕にべったりだったけど、小学校も高学年になると「一緒にお風呂」とはいわなくなった。


「おにーちゃん、咲奈、おっぱいムズムズする。なんかふくらんでない? ちょっとさわってみて」


 とかいわれたあの日が最後だったっけ。僕も中学生になったばかりでなにも考えてなかったから、言われた通りに胸をなでなでして、


「ちょっ、くすぐったい! もっとやさしくさわってよー」


「なでてるだけだろ。でもなんか、ちょっとふにってしてるかも。義母かあさんに言っとけ? クスリ塗った方がいいかもしれないから」


「う、うん……病院いかないとダメかな……」


「大丈夫だろ」


 みたいなことがあってから、お風呂は別々になった気がする。今思うと、相当バカな兄妹だ。

 お風呂が兄妹で別々になったのは、きっと義母さんが言い聞かせてくれたんだろう。

 だけどいまだにお風呂あがりには「髪ふいてください」、髪を乾かしてやると「膝まくらしてください」とか、小さな頃のまま甘えてくるけど。


「妹を美人だなんて、お兄ちゃんは本当シスコンさんですねー。こまったものです」


 うるさい、シスコンじゃねーよ。


「じゃあ、やってみましょう」


「なにを」


「挨拶です。まずはおはようです」


 うっわ、めんどくさ。


「おはよう、咲奈」


「おはようございます、お兄ちゃん」


 ん? 終わり? こんなの毎朝やってることだろう。


「……どうだ?」


「なにがです」


「女の子は、朝のおはようから恋が始まる生き物なんだろ? ドキドキするとか、そういうのがあるんじゃないのか」


「お兄ちゃんにおはようって言われてキュンとしちゃう妹は変態です」


 だろうな。僕もそう思う。でもやらせたのお前だろ。


「まぁ、いい。勉強するから出てってくれ」


「では、レッスンつー」


「もういいから出てけよ。課題あるんだよ」


「咲奈を彼女にしたいと思って褒めてください」


「褒める? かわいいよ、とか?」


「そういうのじゃなくて……。じゃあですね、お兄ちゃん。咲奈のどこが一番かわいーって思いますか?」


「……顔?」


「はい! ダメです。フられます。クズ男です」


 素直に答えただけだけど。だってお前かわいいから。


「お兄ちゃんは彼女になってほしい子に、きみは顔がかわいーね。僕はきみの顔がかわいーから好きになったんだ……っていうつもりですか」


「そんなこと言わないけど」


「女の子はですね、もっと内面をほめないと」


 褒めろって言ったから褒めたんだろ。なんなんだこいつ。わかりやすいだろ、顔褒めるの。


「内面って、難しいだろそれ」


「そこをなんとかするのがモテ男子です」


「お前のことならわかるよ。自分なりに勉強を頑張ってるのはしってる。それに、義母さんに料理を教わってるだろ? 上手になってきたらしいじゃないか。今度、なにか作ってくれ。あと、丁寧な字を書こうと心がけてるのも偉いよ。いつもニコニコしてるのは、周りを楽しくさせてていいなって思う。それに声がかわいい」


「も、もう! お兄ちゃん、どんだけ咲奈のこと見てるんですかっ。そんなのだから、シスコンなんですよ」


「シスコンじゃないって。兄ちゃんだから、妹のことがわかるだけだ」


 でも、


「お前のことはわかるけど、他の女の子のことはわからない。だから適当なことは言えない。彼女にしたい子って設定なんだろ?」


「あぁーっ……それは、よくないです」


「なにが」


「女子はとりあえずほめとけ? ウソでも、てきとーでもいいから。それが基本です」


「適当には褒められない。ウソは言えない」


「お兄ちゃんがそういう真面目な人なの、咲奈はしってますよ? でもですね、他の人はしりません。会話ですよ、会話。女の子は話が合わない人には、興味を持ちません。お兄ちゃんは口数が少ないですから、そのままだともてません」


 もてないと断言されたけど、


「だから、もてたいなんて言ってないだろ」


「見た目も大切ですけど、お兄ちゃんはそこそこかっこいいですし、運良く清潔感もあります」


 話、聞けって。というか出てってくれ。


「用がなくても声をかけて、お話して、仲を深めていくんです。女子なんて、基本チョロいもんです」


 なにをいってるんだ。お前はチョロいかもしれないけど、他の子は違うだろう。

 そもそも、


「さっきも言った。彼女は欲しくないって」


「今はそうかもしれませんけど、この先どうなるかわからないじゃないですか。

 大学生になって、めっちゃ好きな人ができて、女の子へのアプローチがわからなくて失敗するんですか? 咲奈は失恋したしょんぼりお兄ちゃんを、ざ~こ♡ なんて見下したくないです。

 なので今からちゃんと、女子の生態せいたいを学んでおきましょう。しってますか? 咲奈、女子なんですよ。教えてあげます」


 大学生になって誰かを好きなるか……なるほど、確かに一理ある。

 あるけど、


「今は女子の生態より学ぶことがある。具体的に言うと数学だ」


 僕は妹に近づいて手首を掴んで引っ張りあげると、


「お兄ちゃん、お勉強するの。咲奈ちゃんもお勉強があるんじゃないのかな〜?」


 小さい子に言い聞かせるようにつげた。

 やつは一瞬ふてくされた顔を見せ、


「じゃあ、お兄ちゃん! あした、咲奈とデートしましょう」


 咲奈と兄妹で出かけるのは、確かに最近していなかった。受験でそんな余裕なかったからだ。


「なんで?」


「ぽ、ぽるこっとに新作のパフェが……」


 ぽるこっとは、近所にあるスイーツ店。女子に大人気の。

 これまでの話は、これへの伏線だったのか? 兄妹デートでパフェゲットへの。

 こんな回りくどいことしなくても、パフェくらいおごってやるのに。


「お小遣い、ないのか?」


「女子中学生はなにかと大変なんです! パフェは高いんです」


「……まぁ、いいけど」


 このところ、ちゃんと相手できてなかったしな。


「やったぁ~♡ お兄ちゃん大好き!」


 妹は僕の胸に飛びこんで、「いい子いい子して」という顔で見上げてくる。お腹におっぱいが当たってるのは、意識して無視した。


「わかった、明日な。本当に今日は勉強を進めたいんだ、相手できなくてごめん」


 僕が頭をなでると、


「うん!」


 妹は子どもっぽい顔で笑った。

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