第18話 過去を知る者

「せっかく券売機で食券買ったのに……」


 日替わり定食Aの食券を手に持って、大学の近くの公園のベンチに座っていると――俺の隣にが座ってきた。


(な……なんだこの人!?)


 身長は俺よりも低く、体系も小柄である。顔は包帯を巻いているため性別の判断はできない。そんなことを考えているうちに、その人は静かに口を開いた。


「ねぇ……ちょっといいかしら」


 声をかけられたことで我に返った俺は、慌てて返事をしたのだが――それに対して返ってきたのは、意外な言葉だった。


「あなたは自分のことが好き? それとも嫌い?」

「はい……?」


 思わず聞き返してしまったものの、彼女は気にする様子もなく、同じ質問を繰り返ししてくるだけだったので、仕方なく答えることにした。


「えっと……どちらかと言えば好きですかね……」

「そうなのね……。私は自分のことが嫌いよ」


 その発言を聞いた俺は、どう返せばいいのか分からず、黙り込んでしまうことになった。しかし、そんな俺のことなどお構いなしといった様子で彼女は話を続ける。


「私はね……何もかも全てにおいて中途半端で、何一つ成し遂げることができないまま人生を過ごしてきたの……」


(それってつまり……ダメ人間ってことか?)


 そんなことを思っているうちにも彼女の話は続くことになるため、黙って聞くことにしたのだが――その内容は、想像以上に重たいものだったと言えるだろう。


 まず最初に語られたのは、自身の生い立ちについてだった。彼女は幼い頃に両親を亡くし、その後、引き取ってくれた親戚の元で生活することになったのだが――そこでの生活は、彼女にとって耐え難いものだったようだ。


「毎日のように虐待を受けてたのよ。ご飯もろくに食べさせてもらえなかったし、暴力を振るわれることも当たり前だったわ」


 淡々とした口調で語る彼女に対して、俺は何も言えず黙り込んでしまうことになったわけだが――そんな俺のことなどお構いなしといった様子で、彼女は話を続ける。


「でもね、それでも私は……は必死に生きようとしたの。いつか幸せになれる日が来るって信じてね……」


 そこで一旦言葉を切った後で、再び彼女は語りだす。


「でも……現実はそんなに甘くなかった。結局、私は何もできないまま大人になってしまったの……」


 そして、最後にこう締め括るのだった。


「だから……私は自分のことが嫌いなのよ」


(なるほど……)


 そんな話を聞いた俺は、彼女の境遇に対して同情の念を抱いたものの――それと同時に疑問を抱くことになった。それは、なぜ彼女が俺に声をかけたのかということだ。その理由が気になった俺は、思い切って質問してみることにした。


「あの……どうして俺に話しかけてきたんですか?」


 俺が質問を投げかけると、彼女は一瞬だけ逡巡したような様子を見せたものの――やがてゆっくりと口を開いた。


「あなたなら私の気持ちを理解してくれると思ったからよ……」


(え……?)


 そんな彼女の言葉を聞いた瞬間、俺は思わず固まってしまった。しかし、それでもお構いなしといった様子で、彼女は話を続ける。


「私はね……独りぼっちだったの」


(いや、俺も似たようなもんだけどな……)


 心の中でツッコミを入れる俺だったが――そんな俺のことなどお構いなしといった様子で彼女は話を続ける。


「でもね……最近になって、ようやく友達と呼べるような存在ができたのよ」


(それは良かったじゃないか……)


 俺がそんなことを思っている間にも、話は進んでいくことになり――。


「だけど……その人は私のことを勘違いしているみたい。とね……」

「え……」

「あなたも知っているはずよ……私の妹のを……」


(何を……言っているんだ……!?)


 俺は混乱してしまい何も言えずにいた。しかし、そんな俺のことなどお構いなしといった様子で、彼女は語り続ける。


「あの子はね……生まれつき身体が弱かったのよ……」

「……」


 俺はただ黙って聞いていることしかできなかったわけだが――そんな彼女に対して、俺は恐る恐る口を開く。


「それで……?」


 すると、彼女は一瞬考える素振りを見せた後で口を開いた。


「あなたならわかるはずよ……私が何を言いたいのかを……」


 彼女はそう言うと、静かに目を閉じたのだった――。

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