第19話 後悔

 そんな彼女の様子を見た俺は、思わず黙り込んでしまったわけだがーーそんな俺のことなどお構いなしといった様子で、彼女は再び語り始める。


「信楽湊……彼があなたの前に現れたでしょ」


(どうしてそのことを……!?)


 俺は驚きを隠すことができなかったわけだが、そんな俺のことなどお構いなしといった様子で、彼女は話を続ける。


「彼は私のことを勘違いしてる……とね」

「……っ!?」


 その名前を聞いた瞬間、俺は思わず息を呑んでしまった。そんな俺に対して、彼女は淡々とした口調で話を続ける。


「彼は……私のことを橘琴葉だと認識しているみたい。だけど、残念。橘琴葉はーーいや、私の妹は……3年前にしているわ。もう、この世にはいないのよ……」

「アンタは琴葉のーー」

「そう。私は……橘琴葉のよ」


 俺は混乱してしまい言葉が出ない。すると彼女は、再び語り始める。


「あの子には夢があったのよ……小説家になるっていう夢がね……」


(それってまさかーー)


 俺が何か言おうとしたところで、彼女は遮るように話を続けた。


「でもね……あの子は夢を叶えることなく死んでしまったわ。それもこれも全部、誰のせいか? あなたなら分かるわよね? なぜならあなたはーー私の妹を自殺に追い詰めたなのだから……」


 彼女の発言に、俺は言葉を失ってしまった。そんな俺に対して、彼女は更に話を続ける。


「ねぇ、お願いだから答えてちょうだい」

「……」


 沈黙を貫く俺に対して、彼女は続けて問いかけてくる。


「どうしてあなたは私の妹を追い詰めて自殺させたの? 」

「……っ!」


(俺が……琴葉を……)


 そんな思いを抱いた瞬間、俺の脳裏にある記憶が蘇ってきた。それは今から3年前の出来事ーー橘琴葉が自殺をするきっかけとなった出来事だった。


 2021年、3月12日。


 その日は雷雨の天気だった。授業が終わって電車に乗っていたーー1、2メートル先に橘琴葉がいることに気づいた俺は、声をかけようとしたのだが……彼女は車内を歩きながらスリをやっていたのだ。スリに気づいた俺は注意しようとしたが、その時にはすでに遅くーー橘琴葉は次の駅で電車から降りてしまった。そこで俺も慌てて後を追い、駅を出たところで橘琴葉の腕を掴むことに成功したのだがーー彼女は激しく抵抗した。


「離して!」

「おい、待てって!」


 俺は必死に止めようとしたがーー橘琴葉は聞く耳を持たずに暴れ続けたため仕方なく取り押さえた。


「どうして……!どうしてこんなことするんだよ!!」


 俺は思わず声を荒らげてしまった。すると、橘琴葉は俺に対してこう叫んだ。


「あなたに私の何が分かるって言うの!?  私はね、ずっと苦しんできたのよ!  なんで誰も助けてくれなかったの!?  ねぇ、教えてよ!!」


 俺はそんな橘琴葉を見て、愕然としてしまった。彼女の目には大粒の涙が浮かんでおり、今にも泣き出しそうになっているように見えたからだ。俺はそんな彼女に対して何も言うことができず、黙り込んでしまうことになったのだがーーそんな俺のことを気にすることなく橘琴葉は再び口を開いた。


「坂柳くん……答えて……」


 そして、彼女は涙を流しながら訴えてきた。


「私の何がいけなかったの?」


 その問いかけに答えることができなかった俺は、黙って俯くことしかできなかったわけだがーーそんな俺に対して、彼女は更に続けた。


「どうしてなの?  私はただ普通に暮らしたかっただけなのに……! それなのに……どうして!?」


 そんな橘琴葉に対して、俺は何も言うことができず黙り込んでしまった。そんな俺に対して彼女は更に続ける。


「ねぇ、何か言ってよ! 黙ってないで答えてよ!!」


 そう叫ぶと、橘琴葉はその場に崩れ落ちるようにして泣き出してしまった。そんな彼女に対して、俺は声をかけることができずーーただ呆然と立ち尽くしていることしかできなかった。それから数分後、ようやく落ち着きを取り戻したのか、橘琴葉はゆっくりと立ち上がると……俺に向かってこう言ってきたのである。


「もう……私に関わるのはやめて……」


 そしてそのまま立ち去ろうとしたところでーー俺が呼び止めると、彼女は足を止めてくれたものの振り返ることはしなかったため、表情を見ることはできなかったが――。


(俺は……)


「俺は……君のことを救いたいだけなんだ」

「……でも結局、何もできなかったじゃない」

「それは……」

「やっぱり誰も、私のことを助けてくれないんだ……」


 そんな一言を残して、彼女は去っていったのだった。


 その翌日、橘琴葉はダムのある橋の上から飛び降り、自殺をして亡くなったと担任の先生がホームルームで話をしていた。俺はそんな彼女に声をかけることができず、ただ黙って聞いていることしかできなかったわけだがーー今になって思えば、あの時声をかけていれば何かが変わったんじゃないかと思ってしまう。


(あれが、橘琴葉との最後の会話だったんだ……)

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