【SF小説】 ぷるぷるパンク 第21話 ぷるぷるパンク
●2036/ 06/ 21/ 23:02/ AG-0 地下6階カプセル群
「つべこべ言わずに、世界を救うよ!」 そう叫んだサウスは、金色に光るヴァジュラ砲をぎらりと光らせる。
「みんな!」 芦原中隊が揃っていた。
百戦錬磨の芦原さんに平泉寺さん。 やっぱり平泉寺さんのアートマンは特別だ。かっこいい。きらっきらだ。 藤沢の研究室で見慣れた芦原さんのアートマンも、今日は金色に輝いている。芦原さんはニヤニヤしすぎだと思う。
最強の双子には最強の武器が揃った。 ノースは武器が似合う女だ。彼女は何をやってもかっこいい。 そしてなんといっても神々しいのは翼を広げたサウス。彼女だけに従順な獣、
師匠である平泉寺さんの横に立つすこやかは、流石に様になっている。見捨てられたこの奥越で生まれ育った男だ。サマージの少年少女とはわけが違うぜ、すこやか。
小舟・・・。ついに、こちら側に来てしまった。 小舟が来る必要のない世界だと思っていたけど、小舟は昔から正義の味方だった。だから、当たり前にアートマンが似合っている。本当はこっちが小舟の場所なんだ。今はそう思う。
そして、姉ちゃん。なんでいるんだよ。 まあ、姉ちゃんは主人公なんだから、そりゃあ変身もするだろう。姉ちゃん。 姉ちゃんがいたからぼくは決断する事ができた。ありがとう。 家族が力になるっていうのは双子が教えてくれた。だから家族っていうのは面倒なのだ。
●2036/ 06/ 21/ 23:10/ AG-0 最上階
PFC溶液の黒変現象は平泉寺さんの工場でも現れたらしい。 ブラフマンが止めた二つの世界の往来に、すぐに気がついた芦原さんが、平泉寺さんのピックアップトラックの荷台に全員を載せてぶっ飛ばし、AG-0の正面ゲートを突き破ってここまで来たそうだ。
黒い溶液は鉄分を含んだ血液のような味がしたらしいが、それだけだったらしく、大野琴も今はぴんぴんしている。 結局、ぼくらは当初の計画通り、9人でドームに並び立つ、世界を救う正義の味方だ。
暗く壮大に広がるそのドームでは、天井まで続く壁面に散らばる、薄緑色のヒカリゴケのような有機的な光の粒々が、混乱したアメーバのように融合したり分裂したりを繰り返している。その様はまるでランダムに動き回るデジタルノイズの群のようだ。 そのせいで刻々と全く不規則に遷移するドームの高さや奥行きが、三半規管と視覚にそれぞれ異なる情報として届き、慣れるまでは胸がやけるような船酔い状態を我慢しなければならなかった。
不意に視界の中にドームの3Dワイヤーフレームと曼荼羅が現れた。芦原さんからの共有だった。それぞれがヴィジョンの中でそれを追いながら、作戦の概要を確認した。
初めてのアートマンを身に纏い、対峙する相手がブラフマンという痺れる状況にも関わらず、姉ちゃんや小舟が意外に冷静なのは、なんと言ってもすこやか君の冷静沈着ぶりの影響に他ならない。
さすがは平泉寺さんの弟子、一味も二味も違う。
そんな感じで、だらだらと心の準備をしていると、作戦は静かに、そして突然始まった。
「禅の
平泉寺さんが胸の前で合掌し、それを囁くように言葉にした。 彼女の足元にふわっと現れた曼荼羅の細い光の線が、静かな水面に広がる波紋のようにあっという間にドームの床面全面に広がった。
「すごい。」姉ちゃんが感嘆の声を上げた。この
曼荼羅がドームの床面の隅々にまで敷かれると、平泉寺さんが走り出し、中央の
「芦原中隊、総員第二種戦闘配置。オペレーション・マンダラ!」 芦原さんが空を指さす。それぞれのヴィジョンに再び曼荼羅が現れ、自分の進むべき陣が金色に点滅していた。
「平泉寺さん!」ぼくは黒い
「ノース! さっちゃん!」双子の名前を叫ぶ。ノースは北正方形の中で黙って頷き、さっちゃんは、さっちゃんは・・・。「何? アラシカ、今ちょっと忙しい!」と答えた。「知ってるよ! 確認しただけ!」
これでまず四方が固まった。作戦上、大野琴はサウスの正面、北の正方形をノースと共有するが、彼女に関しては、実際は自由演舞でファンネル的な動きに終始する。差し詰めゾーン陣形だが、サウスと獣が大野琴と対の動きをする手筈になっている。ぼくとノースで適宜南の正方形をサポート、そして守護神の平泉寺さん、守備の要は繭のバリアだ。
「禅の
サウスと大野琴、二人の言葉が場の南北を越えてぼくらの頭上でユニゾンし、ドームの中をこだまする。これは通常の攻撃必殺技で、サウスと大野琴が腰越で初めて無意識に出し合ったもの。
場の南北に渡るその半円が、巨大な観覧車のようにゆっくりと北から南へと向け回り始めた。
「やったあ! うまく行った! 大野ちゃん!」巨大な擬似地球環を見上げサウスがはしゃいでいる。それを見た大野琴は微笑んで、後ろ向きに一回転をして、北の正方形の中央に陣取るノースの隣に降り立った。
「さっちゃん、すごい!」ぼくの隣の正方形に陣取った小舟の声だ。
芦原さんが叫んだ。「総員、第一種戦闘配置!」
斜めの四方には、北西に小舟、南東にすこやか、北東に姉ちゃん、南西に芦原さんがそれぞれ陣取った。脳に広がる曼荼羅のヴィジョンで陣のバランスの均衡を感知した平泉寺さんが次の技業わざを繰り出した。
「禅の
壁面の灯りの粒々が平泉寺さんの光の曼荼羅に呼応し、さざ波のように金色に変わった。それはシャボン玉の表面を動く虹のように、ドームの頂点にむけて重力に逆らってゆっくりと流れ出した。「よし!」芦原さんの叫びが聞こえる。さながらロケットの打ち上げ成功を見守った技術者のようだ。 壁面を舐め上げるように流れる有機的な光の塊が、徐々にドームの頂点付近に集まり、その眩まばゆさを一層強くした。
ある時点で頂点に集まった光の塊はその密度と重さに耐えられなくなり、溢あふれ出す滝のようにゆっくりと、立方体キューブを覆う結界へ向けて落下を始めた。 それに呼応するように結界となっている曼荼羅中央の繭の光が強く揺らぎ、上に向かって伸び始めた。空間のちょうど中央辺りで、上下からの光がまるで磁力を含んだ砂鉄が引き合うように融合すると、立方体キューブを閉じ込める巨大な光の柱が完成した。
ここまでは、芦原さんと平泉寺さんの立てた作戦通りだ。 二人はどのような戦場で戦っていたのだろう。勝手に、戦争映画で見るようなリアルな戦場を想像していたが、現代戦の戦場は、まるでSF映画然としているのだろうか。
ここから先はぼくの出番。柱の光密度をできるだけ上げ、質量を増加させる。 ぼくはタコ殴りで、ノースは至近距離からのヴァジュラ砲で光を柱に撃ち込み続ける。
斜めの四方に陣取った四人はひたすら平泉寺さんの曼荼羅のサポート。合掌を続けることで曼荼羅に光を送り続けた。平泉寺さんはそれに応えるように、絶え間なく
どのくらいの時間が経ったのだろう。不意に光柱の結界の中で
周囲の重力が歪み始めたのが分かる。床面が中心にむけて傾いているような錯覚に見舞われた。実際に足に力を入れて踏ん張っていないと中心に向けて引き擦られてしまいそうになる。
「大丈夫!」姉ちゃんの叫び声が聞こえた。 よかった。小舟もすこやか君も無事のようだ。平泉寺さんが各正方形に送るバリアがさらに強くなって、繭がはち切れそうなほどに膨らむ。
その瞬間、芦原さんが叫んだ。「さっちゃん! 大野!」 それに応えてサウスと獣の獰猛な低い咆哮がドーム内に響き渡った。
「ぐらああああああああああああ!」
宙に浮いて、柱を挟んで向かい合うサウスと大野の瞳が金色に発光する。ワンテンポ早く獣が柱に向かって飛び出した。
「さっちゃん、行くよ!」「おうよ! 大野ちゃん!」
いままで一緒に戦った大野琴はいつもセーラー服だったから、こういう時にスカートの中の下着が見えそうで、はらはらしたものだけど、PFCスーツで顕になったほぼ生身の身体の華奢なカーブを見ていると、それはそれで心配だ。セーラー服の防御力・・・、計り知れない。
「クズリュウ!」ぼくの集中が切れたことを見透かしたノースが大声を上げた。再び意識を集中して拳に力を送り込み、ノースとのコンビネーションで光柱に向けて閃光弾を撃ち込み続ける。
「禅の
サウスと大野琴、二人が放った金色の巨大な閃光は、柱にぶつかると勢いよく破裂した。しかしその柔らかい破片が波のように柱に纏わりつき、じわじわと染み込んで行く。 柱の光の密度と圧力が極端に上がり始め、柱がみしみしと不穏な音を立て始めた。
「行った?」黒髪をなびかせて飛び上がる大野琴が、その場を離脱しながらほとんど叫ぶようにサウスに聞いた。
「わからない! 眩しくて見えない!」サウスも逆方向に離脱する。
ドーム中央にそびえ立つ光の柱は、重積するその光密度に眩いほどに輝き出し、見つめるには眩しくすぎて目視で確認することができなくなっていた。
「みんな、飛んで!」芦原さんが叫んだ。
その瞬間、視界をくらませるほどの尖った光をドーム中にほとばしらせた柱は、ガシャんと轟きバラバラと割れ始めた。うまく飛び切れなかったすこやか君がぐるぐると回転しながら部屋の中央に向けて落ちるように床面を滑りだした。
「マホロぉ!!!!!!」
すこやか君が叫び声を上げると同時に、お経を唱えるように防御の
咄嗟に陣を飛び出した平泉寺さんがすこやか君を攫すくい上げて脇に抱え、間一髪で中央のキューブ付近から離脱した直後、ドーム中に響き渡る轟音と共に崩れた光の瓦礫が
西の正方形に戻ると、平泉寺さんはすこやか君を膝の上に抱えたまま、あぐらをかいて、
場のバランスが、崩れた。
ドームの中央で激しく発光していた光の瓦礫の山が突然消え、ドームに闇の
そこにはブラフマンが在った。
ブラフマンは空間中のすべての光の粒子を吸い込みながら、質量を加速度的に上げていた。ブラフマンの身体の中にはいくつもの銀河が編成され、ぶつかり合って消滅しては、新しく生まれ、それを繰り返している。宇宙化だった。
光の粒子が全て吸収されたことによる闇で視界を奪われたぼくらは、加速するブラフマンの重力で、その場に留まっていることさえ困難になり始めている。
しかし逆に、内省に膨張し続ける重力で自らも動けなくなっているブラフマン相手にぼくとノースは、攻撃ペースを犠牲にしつつも閃光の質量をあげ、交互に炸裂させる波状攻撃で、ブラフマンのダメージを狙う。
そんな中、ぼくは攻撃を一旦ノースに任せる。重力を逆に利用する攻撃を思いついたのだ。「ノース! 攻撃頼む! ちょっとやってみたいことがある。」「いいよ! クズリュウ、任せて。」
重力よりも早いスピードで飛び込めば、ブラフマンに吸い込まれる光の粒子を拳の上に捉えられるはずだ。
「うおりゃああああああああ!」 ドームの全方位から中心のブラフマンに吸い込まれる光の粒子が、ブラフマンに向けて平行に、そして真っ逆さまに落下するぼくの拳にうまく乗り移った。 膨張して光を増すぼくの拳の閃光が、がごんといってブラフマンの本体に当たって炸裂した。 確かに感触があった。硬い鉱石にヒビが入るような感触だ。
しかし、次の瞬間ゼロ距離のブラフマンに向けて、ぼく自身がさらに落下するように、アートマンの部分部分が、がしゃんがしゃんと潰れ始める。重力の中心で、引き伸ばされた時間が、諦め始めたぼくの気持ちを永遠のように引き延ばす。
「クズリュウゥゥゥゥゥゥ!」ノースの声が空間に響き渡ったのが聞こえた。あるいは、ノースの声がゆっくりと雪のようにどこからともなく降ってきた、とも言える。重力の中心の近くにいると、光も音も関係なく全ての物質がゆっくりと降ってくる。
ブラフマンの重力に潰される寸前のぼくを、金色の影が近づきさっと引き上げる。
「ダメージ入ったみたい。それ、行ける。」獣に首元を噛まれ、子犬のように連れられたぼくを見て大野琴が言った。こういう情けないシーンばかりを彼女には見られているような気がする。
ぼくが西の正方形に戻る前に、大野琴が跳んだ。そのまま増大する光を纏って吸い込まれるように重力を追い越し、ブラフマンに突っ込んだ。がごん!
再びダメージが入る音がした。しかしその代わりに、大野はブラフマンが纏う宇宙に張り付いて動けない。「ぐらああああああああああああ!」 サウスの咆哮とともに獣が現れ、ぼくにしたのと同じように首元に噛みついて、ブラフマンから引き剥がす。
「撃ち方止めー!」ダメージを確認した芦原さんが叫ぶ。「平泉寺、結界を!」 崩壊した巨大な光柱とまではいかないまでも、AG-0を模したような美しい半球状の繭の結界がブラフマンを覆った。
中央の繭は四人の防御陣形から光を送りこまれ、強烈な光を放っている。しかし、結界の中でブラフマンが徐々に膨張し始めたのが見えた。
「アワラ!」ノースが叫ぶ。「想定内! 重力が安定する!」
芦原さんがそう言うと、突然、重力の歪みが安定し、ぼくは尻餅をついてしまった。ブラフマンがその大きさを変化させているため、相対的に質量が下がっているのだ。 そして、ぼくはようやく安定した地面に、両足でしかっりと立ち上がった。
ブラフマンは形を無くして、結界の中でそのぎりぎりの大きさにまで膨らんでいたが、それ以上膨らめなくなって動きを止めた。結界の内部は黒いゼリーのようなブラフマンだったもので埋め尽くされている。 半球の中に詰め込まれた宇宙が
長い息がため息のように口からこぼれ出た。周囲を見渡すと、平泉寺さんがすこやか君を膝に乗せて技業わざを唱え続けていて、他の皆もどうにか無事のようだった。 不意に結界が鼓動のような振動を伴って、少しずつ盛り上がり始めた。ブラフマンだったものが結界のなかで、びくんびくんと動いている。それ自体が鼓動を生み出す心臓のようになっているのだ。
強い気配を感じて天井を見上げると鼓動の動きに呼応して回る擬似地球環が視界に入った。「さっちゃん!」芦原さんが天井を指してサウスに指示を出した。
「おっしゃああああ!」 サウスが宙に飛び上がり、両手を広げ、何かを掴むように力を込めて指を曲げる。サウスに力が入ると彼女の背中に広がる翼も力強くぴんと伸びる。 サウスが広げた手の延長線上の地球環が、急ブレーキを掛けられたタイヤのように煙をだしながら、回転のスピードを緩める。「うおらああああああああああ!」 サウスの両手からも煙が出ている。擬似地球環を擬似的に掴んでいるのだ。 サウスが、広げた両手で懸垂をするように、腕をぷるぷるさせながら体に引き寄せると、擬似地球環が少しだけ小さくなった。サウスは何度もそれを繰り返して、回転を続ける地球環を繭の結界よりも一回り大きいぐらいのサイズにまで引き下げた。「平泉寺!」芦原さんが叫ぶと、平泉寺さんがすこやか君を抱いていない方の手を伸ばす。
「禅の
ブラフマンで満たされていた繭は擬似地球環とともにあっけなく消滅してしまった。 その代わりに小さな一つの
曼荼羅・・・? ブラフマンを倒した? ほんとに? 最上階のドームは、その中心に現れた
「うおっしゃあああああああああああ!」
ぼくが叫んだその瞬間に小さな闇の塊から、四方八方へむけて、猛スピードで黒いタコのようにぷるぷるした太くうねる流動体が飛び出して、あっという間に繭を破られた全員が絡め取られ、締め付けられた。
「禅の
「このタコーーーー!」サウスが叫びながら流動体の太い触手に振り回されているのが目に入った。「ぐわああああああああ!」今度は姉ちゃんの叫び声が響き渡る。
真っ黒な流動体の太い触手は、闇の中でサウスを締め付けたまま、高く天井付近まで上がると、すごい勢いで落下し彼女を地面に叩きつけた。 地面にはクレーターのような大きな凹みが出来たが、サウスはすぐに持ち上げられ、今度は壁面に打ち付けられた。獣がその流動体に喰らい付き、サウスと一緒にドーム中を所狭しと振り回され、壁面や床に打ち付けられ続けた。
火花のような閃光が散って、壁面全体がショートし、弱い呼吸のように微かに光っていた最後の明かりが消えた。
空間を微かに照らすのは主人を失った平泉寺さんの曼荼羅の弱々しい光だけ。
締め付けられながら、流動体の全体像に目を凝らすと同時に、一人捕らわれていなかた大野琴から繰り出された
プラークリット。巨大なプラークリットがドームの中心に存在し、8本の足のようなものでそれぞれのアートマンを締め付けている。
振り回され続けるサウスが、突然強く発光し、その閃光が炸裂した。
ばしゃーんと水風船が割れたような爆音が響きわたり、黒い液体が勢いよく弾け飛ぶ。巨大なプラークリットの破れた一本の足の付け根から原油のように流れ、どぼどぼと地面に
サウスがやられた。あのサウスが瞬殺・・・。
「さっちゃん!!!」ノースが叫ぶと、同じような閃光が炸裂し、プラークリットの足を爆発させた。 原油のような黒い液体が頭から直撃し、埋もれてしまったノースは、しかしまだアートマンを纏ったままだ。
流動体から自由になった彼女はすぐにサウスに駆け寄り、抱き上げた。ノースの腕の中でサウスが咳き込んだ。サウスは死んでいない!
2本の足が千切れ、その根本から投げ出されたホースのようにどぼどぼと原油のような真っ黒な液体を撒き散らしている。
少し、弱体化している? と思ったのも束の間、流動体の締め付ける力が強まり、肋骨が内臓を締め付けるみしみしという音がして、呼吸が止まる。「ぐああああああああああ!」ぼくは早い勢いで強く呼吸をすることで、どうにかその痛みを凌ぐ。
凌げてねええええええ!
「きゃあああああああああ」再び誰かの叫び声が重なり空気をつんざく。小舟か?「小舟ぇ!!!!!」すこやか君の声だ。 小舟! 姉ちゃん! すこやか!
みんな大丈夫だろうか。はあはあはあ、息が切れ始めた。 突然、別の悲鳴と大きな衝撃音がして、すこやか君が投げ落とされたのが見えた。アートマンは剥がされているが肩で呼吸をしている。どうにか無事のようだった。
プラークリット・・・。
否! これは、ぷるぷるパンクだ。
ついに出やがった。ぷるぷるパンク!
ぷるぷるパンクの千切れた足の付け根からは、黒い液体が留まることなく、どろどろと
新しく破裂音が炸裂すると、アートマンを纏った平泉寺さんが、プラークリットの足から抜け出している。(お願いします。小舟を、姉ちゃんを!) 膝あたりまで黒い液体に浸かった大野琴が、その全身を光らせてみんなをドームの端に集め、平泉寺さんが新しく生み出した繭に誘導していた。
「小舟! 姉ちゃん!」そう叫ぶと、ぼくは壁面の高い位置に打ち付けられて、瞬間的に意識を失う。すぐに意識を取り戻すと、上空から、大野琴とノースが、それぞれ小舟と姉を助け出しているのが確認できた。 一安心したのも束の間、ぼくは液体の溜まった地面に打ち付けられ、脳震盪のように脳がずれ、脳の中の右耳の後ろ側がブレてデジタルノイズが発生した。
「痛って /■え ええ ■■え
ええ え
え」
次の瞬間には水飛 ■
沫と共に再び■上空
□ に引き上 げ■られて、ぼくは天井に激//突æ–‡å—化㑠した。
ぼくが/纏っている赤い アートマンの全体 にデジタ ルノイズが発■■生し出した。自分■■の 体が半 透明に点滅 する。
痛みと
何故æ–‡å—化ã‘
か安■ ■
堵が 交 ■□■■ 互に襲 いか か/る。
「うええ あ ああ ■■
■ あ//あ/□// ああ ■
あ□あ」
「九頭竜君!」芦原さんの声がした。 芦原さんも既にアートマンを纏っていないけれど、流動体から抜け出せたようだった。「君がトドメを!」芦原さんはそう叫ぶと、すぐにぷるぷるパンクの残った足の一本に思いっきりぶちのめされて、視界の外に吹っ飛んだ。「うわああああああ!」遠くで水飛沫が上がった。
ぷるぷるパンクに、あちらこちらに振り回されながらも、状況を見守る大野琴とバリアを張り続ける平泉寺さんが見えた。しかし、多分みんなからは、ぼくのデジタルノイズは見えていない。きっと、みんなには見えない方がいいに決まっている。
オペレーション・マンダラの作戦の最後は、大野琴の技業わざ「禅の
そのためには、この巨大なぷるぷるパンクを平泉寺さんの結界に押し込めなければならない。大野琴が生み出す「無」にぶち込むためだ。
しかし、平泉寺さんが生み出せる結界はここまで大きくない。ぼくは、このぷるぷるパンクをどうにか収縮させなければならない。 そして、それが芦原さんの言う「トドメ」ぼくの役目だ。 うまくいかなかったら、ぼく自身がどうにか結界になるしかない。そして、その算段はついている。 赤いアートマンの色を落とせる大野琴の涙。それが鍵だったのだ。 大野琴の涙には「禅の
プランB。双子みたいに武器を出せなかったぼくのアートマンは、実は平泉寺さんのアートマンと同じ曼荼羅に特化した防御タイプだった。自分に向けて「禅の理ことわり・空劫くうこう」を放つ事で、ぼくの存在は消失し、赤い曼荼羅がブラフマンを閉じ込める。 それはしかし、最後の手段。今は何も考えずに、とにかくこいつを収縮させ、平泉寺さんの生み出す結界に押し込むしかないのだ。 絶対に決めてやる。 ぼくには数々の相手を葬り倒してきた必殺技の「タコ殴り」と一撃必殺の「普通よりちょっと強そうなパンチ」がある。タコ野郎にはお似合いだ。 不意に平泉寺さんの繭から、眩く発光する金色のアートマンがゆっくりと出てきた。
「ノース!」「クズリュウ。」その声に、感情はなかった。
「ノース来るな!」ぼくは、ドーム中を振り回され、あちこちに叩きつけられながら、冷静にぷるぷるパンクの弱点になりそうな場所を探していた。おそらくそれは頭頂部分だった。そこには一際強い闇の塊があるように見えた。多分、ぼくの打撃だと決定打にはならないだろう。
「だめだ、ノース! おれ一人でやらせてくれ! 見えたんだ、ぷるぷるパンクの逆鱗が!」ぼくは叫んだ。 ノースを赤いアートマンの結界に巻き込むわけには行かないのだ。だから。今はぷるぷるパンクに近づかないでくれ。頼む!
「ノー ス! 頼■■む!」そう言ったぼ くに再びデジタ ルノ
イズが襲いかか る。
「クズリュウ、言ったでしょ、世界が終わった後もあんたと一緒にいるって。」
ノースは□ゆっくり とぷるぷるパン
クに近づきながら、両拳に光を集め 出した。
ぼく の体
を襲うデ■ジタルノイ ズは、ぷるぷる■パン/ク æ–‡å—å■■Œ–ã‘ にも干渉を
始め■た。デジタルノイ□ズが発生す ると、ぼく とぷるぷるパ ンクは、瞬間的に半■■透明になって戻るを繰り ■
返した。
■□æ–‡å—化ã‘
「オ■ね、ガ ■ ■■
いダ、■ノー///■//す」
ぼくの■■発する言 葉にまでノ/イズが掛かり 出した。動き
が激し/く なったぷ■■るぷるパンク ■■ に締め■付けら れ、□四方の壁■面
やド■ロドロとした黒い液 体に覆われた地面に激突しなが らも、どうに
か拳に光を集める ことに集中する。
どうにか躊 躇しようとする。躊躇でき/ればぼくの力は膨張す る。
しかしぷるぷるパ□ンクに振り回 され続け、その激しい動き■■に対応しきれていない。頭が全く回っていない。ノース/、ぼく だっ■て・・・。
ノースが走り出した。大野琴が
突然雷に打たれたような衝撃を受けて、天からの啓示みたいに、ぼくは突然自分の気持ちを思い知った。
『ノースを失いたくない。』
分かっていた・・・。ずっと分かっていたことだった。
初めてモニター越しに彼女を見た時、初めてヒュッテで会った時、芦原さんの研究室で初めてノースの瞳が潤んだ時、AG-0が見えた高台でノースの肩に手を置いた時、お日様みたいな彼女の歌声を聴いた時。
そんなことは初めからわかっていた。
ノース・・・。
このままでは、ぼくの赤い曼荼羅か、あるいは大野琴が生み出す「無」にノースを巻き込んでしまう。結界になるのはぼくだけでいい。ノースは、生きてくれ・・・。(だけど、本当は死にたくない。ノースと生きていたい!)
その躊躇が拳に集まり始めていた閃光を膨らませ、アートマンのアーマーを通して眩い閃光に変わって、ぼくの全身を包み込んだ。 その金色の光のエネルギーが炸裂し、ついにぼくを締め付けていたぷるぷるパンクの太いぷるぷるな足を打ち破った時、 ぼくの心臓から
ドームの頂点に向けて瞬間移動の高速で飛び上がった瞬間、ぼくの目の前に輝く影が舞った。「ノース。」 ぼくらは同時にドームの頂点を蹴り付けると、膨らみ始めたぷるぷるパンクの頂点に向け、二人、逆さまに向き合ったまま、高速で落下を始めた。
向き合ったぼくらは、落下しながらゆっくりとマスクを上げた。
ぷるぷるパンクが支配する真っ黒なこの世界からすべての音が消えさって、二人の落下する軌跡に金色の光が、小さな蝶の群れようにひらひらと舞って、桜の花びらのようにはらはらと散った。
痛いくらいに高音の静寂が耳にきーんと突き刺さる。 まるでこの世界には、ぼくら二人しか存在していないような、そんな錯覚に陥る。
「クズリュウ。」彼女が囁くようにぼくの名前を呼んだ。吸い込まれてしまいそうな深い深い緑の瞳。 深淵だ。ぼくはこの深淵をずっと、ずっと覗きこんでいたのだ。
ぼくは静かに口をひらく。
「好きだ。」
ノースは無表情のまま静かに頷いた。そして彼女はすっと首を伸ばして、ぼくの頬に唇をつけた。 それはほんのりと熱くて、しっとりと柔らかい、強くて優しいノースその人みたいな感触だった。 そして彼女は、まるで何事もなかったようにこう言った。
「はい、あげる。」
●2036/ 06/ 21/ 23:11/ AG-0 最上階
刹那、ノースと荒鹿の瞳が金色に光った。金色に輝く光の螺旋が二人を包み込む。
急速に落下しながら、真下に迫ったぷるぷるパンクに向けて二人は顎を上げた。 ぷるぷるパンクが突然二人に向かって膨張を始める。深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いているのだ。
「ぷるぷるしてんじゃねええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!」
二人の叫び声が、重なってドーム中に響き渡った。
二人を包んだ閃光の螺旋は、ドリルのように高速で回転し、それは禅の
荒鹿とノースの覚醒で炸裂した禅の理はぷるぷるパンクを打ち破った。 四方八歩に飛び散りドームを真っ黒に染めたぷるぷるパンクの残骸の中心には、真っ白に光り輝く拳サイズのコアが残され、ぷかりと真っ黒な水面に浮いていた。
「禅の
大野琴はそれをゆっくりとコアに向けて送り出す。旋回する黒い塊はゆっくりと進みながら、腰の高さほどに溜まっていた黒い液体を猛烈な勢いで吸い込み始め、ドーム中にこびりついた真っ黒い液体をあらかた吸い終わってしまうと、ゆっくりと距離を詰め、やがてぷるぷるパンクのコアに触れた。
次の刹那、金木犀の匂いの強い風がドーム中に吹き荒れ、白く輝くコアと黒いかたまりの接点からは金色の光が炸裂し、ドーム中を
大野琴以外の8人それぞれが、ゆっくりと立ち上がったドームのあちこちで、PFCスーツに覆われた身体を確かめながら、息を飲んでその様子を見守っていた。
光と闇は、しばらくこう着状態を続けていたが、その重心の特異点同士が接触した一瞬、闇と光を同量程度小さく炸裂させて消えると、鈍く光を反射するグレーの石のようなひとつの塊になって地面に落ち、ごろんといって転がった。
●2036/ 06/ 21/ 23:15/ AG-0 最上階
「ごろんって。」 サウスの気の抜けた声が聞こえた。
「そんな感じ? なんか普通。デジタルノイズとか、いままで散々あったじゃん。ただの石になっちゃうわけ?」ノースが饒舌にそれに応えている。「ノース!」荒鹿がノースに駆け寄り、彼女を力一杯抱きしめた。
「クズリュウ。」彼女がはにかみながら応える。二人が見つめ合って、その唇と唇が触れそうになる10の-35乗秒前、AG-0を揺らす大きな爆音が鳴り、振動と共に床が傾いたので全員が転んでしまった。
「建物がやられたね。すっごい重力だったからね。」芦原さんがそう言って立ち上がると、みんなのコンタクトの視界にデジタル表記の時計を表示した。「見て、5分しか立ってない。重力が時間も歪めたんだね。その中心に近づけば近づくほどー」
体感時間ではまるで永遠のようだった。 二度目のブラフマンとの戦いが、たった5分だったとは。
ぎいいと地面が更に傾き、ぷるぷるパンクだった石ころが転がり出した。「すこやか!」平泉寺さんに名前を呼ばれたすこやかは、訓練されたビーグル犬のように走り出し、石ころを追った。
「あれは、鉄だよ。物質は安定すると鉄になる。」平泉寺さんが、誰に言うでもなく独りごちた。この二人は・・・。
「大野ちゃんを送りにいこう。いいね、大野ちゃん。」芦原さんの言葉に大野琴がうなずいた。「はい、芦原さん!」
●2036/ 06/ 21/ 23:30/ AG-0 地下6階カプセル群
最上階からどうにか階下に脱出すると、崩れ始めたAG-0の吹き抜けの中に折れそうなエスカレーターが何本か残っていた。ぼくらは吊り橋のように揺れるエスカレーターを恐る恐る歩いて地下まで降りた。 崩壊する建物の振動に合わせて、それはぐらぐらと揺れたから、芦原さんは「これが今日一番の恐怖体験かも知れない。」などと冗談を言った。
地下は比較的被害が少なく、AG-0自体は比較的早期に復旧するんじゃないかと思えた。そうでないと、大野琴が向こうの世界で研究すること出来なくなってしまう。 彼女の研究が成功すれば、ぼくらはきっと、また会うことができるだろう。
みんなには先にAG-0を脱出してもらって、二人でカプセル群を目指した。 停電のせいでバックアップ電源が作動したのか、たどり着いたカプセル群は目を覆うほどの照明で照らし付けられ、眩しいほどに明るかった。
「なんか、明るいとイメージが違うね。」 ぼくの前を歩く大野琴が黒く柔らかい髪を揺らして、金木犀の香りを漂わせながらそう言った。 彼女のセリフと、ぼくらが手を繋いでいない以外の場面は、幻覚で見たそのままの光景だったから、ぼくはなんだか恥ずかしいような嬉しいような、なんとなく居心地が悪いのに、くすぐったいような変な気分になった。
大野琴のカプセルに到着すると、まずぼくは、彼女が以前にぼく用のカプセルと言っていた隣のカプセルのカバーを外から閉じて、側面のスイッチを押した。 底から透明なPFC溶液がゆっくりと湧き出した。 しばらく待ってから、カプセルを開くとカプセルの中から金木犀の香りを強くさせるPFC溶液が
しばらくの心地よい静寂が過ぎると、ぼくらは最後に固く抱擁を交わした。「さよなら。」大野琴がぼくの耳元で囁いた。
大野琴を抱きしめながら、大野琴が帰る「
「ノルテが九頭竜くんのこと羨ましがってたから、帰ったら、こっちの九頭竜くんのこと教えてあげちゃおうと思う。」 大野琴はそう言って、静かにカプセルの入り口を跨いだ。 ぼくは何も言えずに、ただ彼女の黒く強い瞳を見つめて、カプセルの扉を閉めた。(さよなら。)
透明なPFC溶液が彼女の肩あたりまで届いた頃、彼女はいつかみたいに、カプセルのガラスにキスをして、イタズラっぽく笑うと、微笑みを残したまま目を閉じた。
カプセルが溶液で満たされ、彼女が眠りについてしまうと、ぼくはその場にへたり込んで、仰向けに転がった。
金色の光の粒がどこかずっと上の方から、柔らかい砂粒のようにぱらぱらと降り注いだ。ぱらぱらと、ぱらぱらと、ぼくの上にいつまでも降り続けた。 小さくて暖かいその光の粒が、眼鏡の表面に溜まり始めたから、ぼくはその眩しさに目を閉じた。
つづく
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