【SF小説】 ぷるぷるパンク 第12話 奥越の行軍

●2036/ 06/ 19/ 19:17/ 管理区域内・高台の野営拠点


 AG-0が見えた高台の周りに、大きめの枝を集めて簡易的な低い屋根を作る。その上に葉が茂った枝を掛けて荷物を隠した後、ぼくらは草むらにテントを設置した。

 周りにそれぞれがコットを広げて横になり、うとうとしたりしながら暗くなるのを待った。西側にどこまでも重なる山々の青白い稜線の一番向こう側に、外国のキャンディーみたいな甘ったるい太陽が沈んでしまうと、ノースが「ちょっと早いけど、行こうか」と言って立ち上がった。三人は左足にレッグホルスターを巻いて、グロック22だけを装備して出発した。


 サウスを先頭に、ぼくらは、午後に登った獣道と違う方向へ森を下った。

 陽が沈みあっという間に闇に包まれた獣道から空を見上げると、ゆらゆらと弱い風を受ける木々の影の間から藍色の空が、まだ少し明るさを残していた。ぼくらはコンタクトを赤外線モードに切り替え緑の視界の中を歩き続けた。

 星が瞬き出し、地球環もはっきりと見えていたので、それほど暗い感じはしなかった。


 山の中腹辺りで開けた木々の間から、遥か眼下に管理居住区の灯りが見えた。あの中に平泉寺さんが暮らしているのだろうか。

 マップ上では比較的大きな街の中に位置している居住区だが、それを囲っている街自体は廃墟となっているようで、灯りは数えるほどしか見えなかった。ぼくらはさらに夏の虫の音を聴きながら獣道を下り続けると、さらさらと流れる優しいせせらぎの音が聞こえ始めた。


 先頭を歩いていたノースが突然右手を挙げ、彼女に続くサウスとぼくの足を止める。

N[赤外線モードをオフに]


 言われるがままにコンタクトの赤外線モードをオフにする。すぐに青黒い闇が帷のように森を覆った。背の高い木々に囲まれ、星空は高く遠い。ぼくは息をひそめて腰を少し下げ、左手を腿のグロックに這わせた。


 突然視界の中に緑の小さな光の粒がふわふわと動いた。それは、1ピクセル分ほどの小ささで、モニターのバグのようだったが、今の視界はアナログだから、デジタルノイズではないはずだ。

 すぐに二つ目の光が現れランダムに動き回る。なんだろう、危険な感じではなさそうだ。ぼくは黙ってノースの次の指令を待つことにした。

 三つ目と四つ目の光は同時に現れた。そして、ノースの足元の草むらの辺りに数え切れないほどの光の粒が現れ、ふわふわと漂い始めた。これは・・・。


「ねえ、これって蛍じゃない?」ノースがそう言って僕らに向き直った。表情は見えないけれど、声が弾んでいる。


「すごい!」サウスが叫ぶと、それに呼応するように蛍が瞬きするように点滅し始めた。

 それからしばらくの間は、戯れる蛍の光を邪魔しないよう、三人とも無言のままそれを見つめていた。


 それから1時間くらい獣道を下った。虫の声にカエルの声が混じり始め、次第にせせらぎの音が遠くなると、ぼくらはかつて街があった場所にたどり着いた。

 「さっき見えた居住区の位置はだいたいこの辺り。ここからだとちょっと遠い。」

 ノースがそう言って、マップにピンを立てた。居住区は、現在地から見るとAG-0とは反対の方向に位置していた。


 サウスが視界の遠くにスーパーマーケットの跡を見つけたので、ぼくらは道路の真ん中を歩いてそちらに向かった。久しぶりの舗装された道路の感触に、山道に慣れた足の痛みが際立った。


 闇市があった辺りの断層線からだいぶ離れたこの辺りは、地震の被害がそこまで大きくなかったものと見て取れる。道沿いに並ぶ家屋や商業施設、町工場などの建築物は蔦のような植物で覆われてはいるものの比較的そのまま残っているし、道路も使える状態だった。


 ぼくらは駐車場の入り口に渡されている蔦の絡まったチェーンを跨いで建物に近づき、割れたガラスを避けるようにして中に入る。瞬きをしてコンタクトの露出設定を調整する。地面には埃が何センチも溜まっていて、そこら中に蜘蛛の巣が張っている。

 食糧は既に無かった。無くなってからも既に相当の長い時間が経っている。この地域が街として放棄され、管理区域になったのはもう十年以上前なのだ。食糧調達は諦め、予定通りにAG-0を目指すことにした。


 廃墟となった街を抜けると道路の脇に「恐竜博物館↑」という恐竜のイラストが描かれた、子供向けの案内標識が現れた。

 AG-0が地質古生物学の研究施設であり、一般にも開放されていた時期もあるとは聞いていたが、まさか子供達が集まるようなエンターテイメント性のある恐竜博物館だったとは。

 かつて人々に余裕があって、日本がまだ幸せだったと言われる時代に想いを馳せる。


 ぼくらの行く先で立ち止まり、振り返って標識を指差していたサウスが、突然その手を大きく振って合図をした。

 ノースとぼくは咄嗟に走り出して茂みに飛び込んだ。すぐにカーブの先からヘッドライトが見え、少しすると連なった2台の軍用の貨物車両が大きな音と風を投げつけるように、ぼくらが隠れた茂みの前を猛スピードで通り過ぎ、標識の矢印が指す方向へと進んで消えた。


「やばかったね。」言葉とは裏腹に、サウスの目は興奮で輝いている。

「道路じゃなくて、山か田んぼ跡を進むしかないね。」ぼくはサウスを見上げて、地面に座り込んだまま言った。カエルの声が近い。遠くから聞いてる分には心地よかったけれど、近くで鳴かれると結構うるさい。

「できるだけ道路が見える範囲を歩いて、車が通る時間と場所を記録しておこう」

 視界にマップが現れて、サウスが現在地に時刻と車両の特徴をタイプしたメモをピンでとめた。サウスが手を伸ばして、ぼくを茂みの側溝から引き上げる。


 それから1時間ほど、道路からほど近い川の支流沿いを、腰を曲げて低い姿勢を保ったままゆっくりと歩き、遠くから車の音がするたびに地面に伏せてそれをやり過ごした。AG-0が鎮座する丘の麓に辿り着く頃には、ピンが4つほど追加されていた。


 AG-0の正面ゲートには舗装された搬入路があるのだが、ぼくらは裏側から木々に覆われた急な斜面ををよじ登ることにした。その斜面が意外と急だったから、文字通り、木の根や枝を掴んでよじ登らなければならなかった。



●2036/ 06/ 19/ 22:50/ AG-0


 急斜面を登り切って茂みから這い出たぼくらの前に、ついにAG-0が姿を現した。


 ぼくは立ち上がってその巨大な構造物を見上げながら、長くて大きいため息をついた。そうせざるを得なかったのだ。ぼくらの目の前に現れたのは、巨大な、銀の卵だった。


 何を言っているのか分からないかも知れないけれど、ありのままを話すと、それは、すごく、銀の卵だった。


 芦原さんが用意してくれた博物館時代の画像も映像も見たし、建築家の黒川紀章による設計図のデータも見た。なんとなく想像もしていた。だけど、これは想像を超えて銀の卵だった。横に寝かせた卵の下部の4分の1くらいが地面に埋まったような構造のイメージだから、銀色の構造物は迫り上がるように地面から突き出していた。ものすごい迫力だ。何千枚もの金属のプレートが貼り合わされた多面体が、星空や月や地球環を反射させて煌めいている。

「すごいよ!銀の卵だよ!」

「銀の卵だね。」

 二人ともそれが最初の言葉だった。この構造物を前にすると、誰もそれ以外の言葉は思いつかないのだ。


 ひとしきり感動タイムを終えると、ぼくらは構造物の外周に沿って歩き始めた。


 三人が到着したのが正面から見てちょうど真裏の地点。その地点から外周に沿って100メートルほど進むと正面ゲートらしきポイントがあってア軍の兵士が哨戒に当たっている。ぼくらは静かに最初の地点に戻ると逆のサイドも同じように歩いてみた。


 CCTVの場所も確認し、芦原さんが平泉寺さんを捉えた地点のCCTVも確認した。貨物車両のエンジン音が聞こえたので一度茂みに戻り、正面ゲートを観察できる場所を探すことにした。銀色の構造物が木々の間に見えると、それだけでも迫力がある。


 正面はゲートにはセンサーライトがあって、退屈そうに彷徨いている哨戒中のア軍兵士に反応してついたり消えたりしている。ぼくらはちょうど正面ゲートを見下ろせるポイントを見つけ、そこに三人で寄り添って体育座りをするように腰をかけた。


 舗装された葛折りのルートを貨物車両上がってくると、構造物の正面に真っ直ぐ停車した。ドライバーが窓を開ける。兵士が腕を伸ばして差し出したカードのようなものににドライバーが顔を近づけると、銀の卵のちょうど正面の低い位置に地面と並行な白い線が現れた。ドライバーが窓を閉めると、白い線がだんだん太くなったから、それが扉だということがわかった。ドアが開き切ると貨物車両は吸い込まれるように中に消えていった。芦原さんのエレベーターと同じ仕組みだった。

 内部に人影が見えたような気もするけど、何をしているかまでは見えなかった。マップのピンに車両のナンバーが追加された。


「出てくるまで待ってみよう」視界の中のメモに時刻をタイプしながらノースが言った。


 ぼくらは三人で並んで座ったまま、注意深く兵士の動きを観察してみた。5分経っても10分経っても何も起こらなかった。あまりにも何も起こらなすぎて、ぼくがあくびをすると「口じゃんけんをしよう」とサウスが言った。

 口じゃんけんとは「じゃんけん」と言った後に口でグーチョキパーを言うのだけれど、意外と面白くなかった。目的のないじゃんけんは、それ自体が意味をなさない。


 すぐに飽きてしまったぼくらは、次に口将棋をやった。これは説明するのがちょっと難しいからルールの詳細は割愛するけど、まあ実際の将棋と同じだ。歩があって、飛車角があって、王様がいて、今回は特別に銀の玉子がいた。これはノースが強すぎて勝負にならず、長続きはしなかった。


 続いて、サウスが開発した口人生ゲームも試したけど、これは誰も幸せにならなかった。飽きたサウスが一人しりとりをやっている最中に、新しい車が来た。前の車から46分後のことだった。その22分後に前の車が出ていった。6分後に次の車も出ていった。それからまた10分して別の車が出ていった。それから1時間以上何も起こらなかった。誰が決めた訳でもなくそれぞれが立ち上がったので、今日のところはAG-0を離れることにした。


「ばいばい銀の卵!」急斜面に飛び降りる瞬間にサウスが言った。ぼくは足を滑らせないように、慎重に足場を確認しながらゆっくりと危険のないようにに降りる。



●2036/ 06/ 20/ 10:05/ 管理区域内・高台の野営拠点


 蝉の声と直接照りつける日差しが強すぎて目を覚ましたのは10時過ぎだった。


 昨晩キャンプにたどり着いたのは既に明け方で、ノースはコットをテントの中に運んで寝ていたけれど、ぼくとサウスはテントの外に置きっぱなしだったコットにそのまま倒れ込んで寝てしまったのだ。


 サウスは木陰のコットでまだ眠っていて、テントを覗いてもノースは見当たらなかった。


 ぼくはヘルメットバッグの中から小さなポーチをとりだして、コットに腰をかけて目薬を差した。太陽が眩しい。


 今日も晴れ。姉さん、奥越は夏です。残り少なくなってきたカロリーブロックを砕きながら少しづつ食べた。


 ストレッチを兼ねて周囲を散歩していると、透明の水で満たされたウォーターバックを両手に持ったノースが林道を上がってきた。一つ5リットルだから二つで10キロ。頭が上がらない。


「おはようクズリュウ」ノースは心なしか俯いて、不器用な感じで微笑んだ。

「ありがとう」ぼくは手を伸ばしてその一つを受け取り、並んでキャンプに戻った。寝返りを打ってコットから落ちたのだろう。サウスは、さっきとはかなり離れた木陰の草むらの中で眠っていた。ぼくらはAG-0が遠くに見下ろせる平たい岩に二人で並んで腰をかけた。


「クズリュウ。今日、夜になる前にカロリーブロックが無くなるよ。」

「知ってる。」と言ってぼくは自分のカロリーブロックの残量を伝えた。

「それから虫除けスプレーがなくなった。」ノースを見ると、彼女は咄嗟に逆を向いた。その直前に彼女の左の眉毛のちょっと上、前髪のちょっと下に赤くてぷちっとした可愛いらしい虫刺されの痕が見えてしまった。


「見ないで。」あ、そういうことですね。今日のノースは怖いかも知れない、と思う。


「クズリュウ。」


「はい。」ぼくはあまりノースの顔を見ないように頷いた。

「予定よりも早くカロリーブロックが無くなる。多分アワラが用意してくれた食糧の袋を忘れてきちゃったんだと思う。」ノースの声のトーンは低い。

「ごめん、ぼくが入れ忘れたんだと思う。・・・」ああ、あの時、荷物を運んでいたのはぼくだ・・・。ため息しか出ない。なんで、こういう大事なところで失敗してしまうんだろう。だから誰からも必要とされない。これがクズの九頭竜荒鹿なのだ。

「ねえ、クズリュウ。あたしは誰が悪いとか、どうしてればよかったとか、こうしてればよかったとか、そんな話をしてるんじゃないの。」ぼくは彼女の顔を、二重の意味で見る事ができない。


「ごめん。」

「だから。謝ってほしいとか、そんなんじゃなくて、これからどうするかを話したいの!」ノースの口調が強まった。ぼくは黙っていることしかできない。


「このまますぐに平泉寺さんが見つからなければ、手分けをして観音ゲートまで戻って物資調達が必要になる。」ノースの口調は少しだけ落ち着いていた。

「そうだね。往復は、なんだかんだ言って1日は潰れちゃう。」ぼくは恐る恐る口を開いた。少ししゃべり過ぎただろうか。

 ノースは深くため息をついた。


「例えば週一回、交代で買い出しに行ったとしても、いつまでもそうしてるわけにはいかないでしょ?」

「どこかの空き家に拠点を移す?」

 ノースがもう一度ため息をついた。答えを間違えてしまったのだろうか。


「わたしもそう思ったんだけど、いつまでも見つからなかったら? ずっと奥越に隠れて住むつもり?」ノースにも正しい答えは分かっていなかった。


 ぼくらが生きているこの『今』に、正しい答えなんてないのだ。


 そう、もしこれが普通に学校に通う高校生だとしたって同じこと。答えが分からないからこそ、ぼくらは生きて、何かを探している。もしかしたら、その何かが答えかもしれないから。


「あたしたちは、大野ちゃんを出現させて、クズリュウのアートマンの謎を手に入れて、RTAと交渉しないと自由にはなれない。そのために必要なのは平泉寺さん。あたしたちは彼女を探さないといけない。でもね、平泉寺さんが見つからなければ、ずっと自由にはなれない。帰る場所もないから一生ここに住んで、一生ここで平泉寺さんを探すことになる。そんな人生って・・・。」


 ノースが口をつぐんだ。彼女がネガティブなことは、そんなに珍しいことではないけれど、いつになくネガティブみが深い。


「でも別ルートの人生だって実は同じ。クズリュウは大船に戻って、あたしたちがエッセルと隠れサマージになるとか。例えば、闇市の偽造パスポートで知らない外国に行って、クズリュウは大船に戻るとか。」


 ノースにそう言われてはじめて、ぼくは「この後」のことを意識した。

 計画がうまく行けば、きっと夏が終わる頃にぼくは学校に戻るだろう。きっと留年することになるだろう。どうせ浪人したって変わらないから、大きい問題ではない。姉ちゃんに頼り続けるのもあれだし、バイトでも始めようか。ノースがヒュッテにいたらいいのに。そうだ、双子は芦原さんのショップでバイトをすればいい。それは、手に取るように想像できる。


 だけど、ノースが言うようなルートの人生は想像もつかない。なんの根拠もないけれど、この後も双子は普通にぼくの人生に存在し続けるような気がする。


 ぼくはノースの肩に手を置いた。彼女は確かめるように首をかしげ、頬でぼくの指に触れ、そして首を元に戻した。ぼくが手を離すと小さな声で「いいよ」と言った。

 ぼくはもう一度、今度はノースの肩をぽんと叩くと立ち上がった。

「大丈夫。見つかるよ。」

 続けてノースも立ち上がった。

「何を根拠にそう言うわけ?」強い口調にぼくは驚いてノースを見る。


「クズリュウ、ちゃんと考えてる?」その視線に、少しの怒りが見える。ヒュッテで初めて会った日に見たような眼差しだ。

「いや、でも、考えたってどうにもならないじゃん。」正論だとは思うけど・・・。

 二人の間には気まずい沈黙が流れる。


「ちゃんと考えてよ!」声を荒げてノースが言った。

「いや、だから・・・」ぼくが反論しようとすると、ノースはさらに捲し立てる。

「あたしたちについてくるだけじゃなくて、自分でも考えて行動して!」ぼくは反論をしようと、いろいろ頭を巡らせてみたけど、反論になる言葉がみつからない。


 実際ノースの言う通りなのだ。こっち側の世界において、ぼくはただの初心者だし、何が正しくて何がそうじゃないか、新しいことがありすぎて答えがわからない。だからいつも双子の後ろについて歩いてきた。


 自分で考えてグロックの引き金を引いた雨の夜。直接的な解決にはならなかったけど、それは自分で考えた結果の行動だった。でも、それは一人だったできたこと。自分で考えるしかなかっただけ。二人がいると、ぼくは実際に何も考えていないのかもしれない・・・。


「だいたいなんであたしがクズリュウの面倒見てるわけ?」ぼくは俯いていることしかできない。言い訳をしたって何も解決しないのだ。

「いつもあたしとさっちゃんが引っ張って、あんたのことを引っ張って、」

 すこし弱まった口調でそう言った彼女は、うなだれて足元の岩に座り込んだ。


 ぼくは、黙って突っ立っているクズの九頭竜だ。今だってどうしていいかわからない。どうしたらノースが元に戻ってくれるのかわからない。クズなりに考えたって答えなんかでない。


「あたしだって、引っ張るだけじゃなくて、引っ張って欲しいって思ったっていいじゃん。」

 ぶつぶつと呟くような声のノースは、最後にほとんど囁くような声で「ごめんね。」と言った。


 ぼくは、彼女の隣にすわって、遠くに光るAG-0を見つめた。どうしていいかわからずに、AG-0を見ていることしかできなかった。太陽の位置が少し変わって、AG-0が強く光を反射した。


 蝉の声がして、飛行機雲が空に溶け、地球環はいつも通りに輝いていて、でも答えはAG-0みたいに遠くにあって、もし仮に、近づくことができたとしても、中に入ることができたとしても、答えを手にすることなんてできない。夏はそうやって始まり、そうやって終わる。


「もう。そういうとこだよ。」ぼくが振り返ってノースを見ると、ノースはぼくのことをじっと見上げていた。その表情から彼女が何を考えているのか察することはできないけど、深緑の瞳が、空の青と森の緑を半分づつ映して、恐竜川みたいなエメラルドグリーンに光っていた。


「肩に手を置いて。」言われるままにノースの肩に手を置くと、彼女はさっきと同じように首を傾げ、頬でぼくの指に触れた。


 ノースの頬には温度があって、それはとてもあったかくて、そして、今度はそのままずっと動かなかった。しばらくそうしているとノースの頬よりももっとあったかい涙の粒がノースの頬を伝ってぼくの指に流れ落ちた。

 腕と指先に意識を集中しすぎていたから、筋肉が痛くなってきたけど、そんなことを考えてもどうしようもなくて、二人はそのままもうしばらく動かなかった。



●2036/ 06/ 20/ 16:44/ 管理区域内・川にかかる橋


「全然釣れないじゃん!」橋の欄干から川に向けて糸を垂らすサウスが怒り始めた。


「そういわれても・・・。」困って目を上げると、怒っているサウス越しに、にやにやと笑っているノースが見えた。ぼくらは今、鮎釣りをしている。鮎釣りに関する朽ちた看板を見かけたから、正しい方法は分からないけどとりあえず試してみているところだ。


 ノースが持っていたピアスのフックを改造して釣り針を開発したぼくは、山の中で拾ったロープをほどいて細い糸にして針に結え付け、それを枝に結んで釣りセットを作った。夏の日差しが弱まるのを待って、山を降りて来たぼくらは、今こうして鮎釣りをしている。


「アラシカのアイデアには碌なことがない。」ゆらゆらと釣竿(枝)を動かしているサウスの動きが止まった。

「あ、来たよ。」サウスの言葉にぼくとノースがサウスを見る。


 枝をくるくると回して枝に糸を巻きつけながら、睨むように真剣な表情で何かを釣り上げているサウスの糸の先に注目が集まる。

 西陽を受けてきらきらと光る水面から顔を出したのがきらきらと光る黒い長靴だったから、凍りついたサウス以外は吹き出してしまった。


「さっちゃん、べたー!」ノースはお腹を手で押さえて笑いを堪えることができないでいる。針の先から長靴を外すために、サウスは全くもって必要のない長靴を手元まで引き上げなければならなかった。


「く、さっちゃん、はは、ナガグツ、って、ふふひひひ、ナ、ガ、くく」ノース・イン・ツボ。

「ばか! アラシカのばか、メガネ!」

「やめ! メガネは悪口じゃない!」何故かぼくのせいにするサウスだったが、ぼくは楽しかった。


 ぼくなんかが、何かを考えたってどうにもならない。どうせなら、何か楽しいことをしようと思って釣りの計画を立てたのだ。もし、魚が釣れたら食糧にもなる。

 サウス越しにノースと目があった。彼女は深呼吸をして、ようやくおさまった笑いの涙を拭いているところだった。ぼくはノースに微笑みかけた。元気になってくれてよかった。


 ぼくとノースはそれからも黙って川面に釣り糸を垂らし続けた。不貞腐れたサウスはずっと道路に寝っ転がって何かをぶつぶつ言っていた。結局収穫はゼロ。ぼくらは暗くなる前に高台の拠点にもどることにした。


「ナガグツって、さっちゃん!うける!」

 西陽の差す林道を歩きながら、ノースは何度も思い出し笑いをして、吹き出してしまう。そのたびにサウスはぼくに悪意を向けた。時折木々が開けると、遠くの山々の稜線がグラデーションのような茜色の空を映して、刻々と色を変えながら重なり合っているのが見えた。

「メガネ!」

「だから、メガネは悪口じゃないって。」


 夏の夕暮れには、ちゃんと夏の夕暮れの虫が鳴き、ちゃんと夏の夕暮れの匂いがする。


 


●2036/ 06/ 20/ 21:54/ 管理区域内・勝山駅 


 夜になって、強くなったり弱くなったりする虫の声を追い越しながら、昨日とはまた別方向に真っ暗な獣道を降りた。平地に近づくと、聴き慣れた川の音が聞こえ始めた。恐竜川だ。


 舗装された道に降りると、蔦で覆われたかつての踏切の跡、そしてほど近くには勝山駅の跡があった。ここから100メートルほど先にある勝山橋を渡るとそこが管理居住区だ。ぼくらは装備をもう一度確認するために駅跡のロータリーにある恐竜の親子のモニュメントの周りに腰を下ろした。

「線路沿いに行けば観音ゲートだね。こっちの方が近かったかな」マップが視界に表示され、ノースが距離を計算している。「あまり変わらないか」


「なんか、光見えなかった?」サウスがきょろきょろしている。

「蛍かな?」サウスに釣られて辺りを見回して見たけど、地球環と星と消えてしまいそうな細い月以外に光は見えなかった。

「引っかかったー」サウスが嬉しそうにぼくを見ている。

「メガネ」とぼくが言うと「メガネじゃないもん!」とサウスが怒った。え? メガネって悪口?? え? えー?


「橋のゲートでIDを使う。」ノースがマップ上に、居住区の範囲とゲートの位置をハイライトした。


 肩にかけていたMP5を地面におくと、ノースは不意にPFCスーツのファスナーをみぞおちの辺りまで下ろした。PFCスーツの圧で窮屈に閉じられていたその『隙間』がぷるんと解放された。彼女はその隙間に指を差し込んでIDカードを取り出す。ぼくは息を呑んで目を逸らす。


 これからのこと、この計画の後のこと、未来のこと。今日はいろいろと考えたけど、(将来は、IDカードになりたいです。)と本気で思ったのは、後にも先にもこの時だけだろう。


 立ち上がったサウスがホルスターからグロックを抜くと、一度マガジンを外し、それをまた戻す。かちゃりと金属がぶつかり合う軽い音がする。

 ノースがサウスの前に立って、不意にサウスの首元のファスナーを彼女のみぞおち辺りまで下ろすと(ry。

 ぼくは息を呑んで目を逸らした。おそらく、先陣を切るサウスにIDカードを渡したのだろう。


 サウスはそんなことには気を止めず、グロッグを覆うように左手でスライドを引くと、今度はがちゃっという重い音がした。グロックを頬の右側で構えてサウスは歩き出した。

 同じようにしてグロックを構え、ぼくはサウスに続いた。


 建物の影に沿って慎重に歩を進める。フェンスと有刺鉄線で封鎖された橋の入り口には、中央に簡易的な車止めバーがあるゲートになっていて、近くのポールの上にCCTVがあった。しかし、それ以外に川を渡る方法は見当たらない。そしてぼくらは遮蔽物が何もない橋の手前の大きな交差点を渡らなければならない。


「嫌な感じがする。」

 サウスの弱音は珍しい。


 突然グロックのブァンという音が周辺に大きく響き渡り、ノースの足元に薬莢がかちゃりと落ちた。CCTVのレンズが割れ、水蒸気のような煙が上がった。その瞬間には既にサウスが走り出していた。ぼくとノースは顔の横でグロックを構え、サウスが交差点を渡り切るのを見守っていた。


 その刹那。眩い金色の光放つの巨大なキューブが突然交差点の真ん中に出現し、ぶううんと低い音がして、サウスが消えた。


「さっちゃん!」叫ぶと同時に走り出そうとするノースの腕を掴むために、ぼくはグロックを投げ捨てた。ノースはぼくの腕を振り払おうとするが、ぼくは力を強めて彼女を離さない。金色のキューブの光が弱まって薄まると、それを構成する辺のラインが光るワイヤーフレームのように立ち上がった。その中央にはアートマンを纏って必殺技の構えをしているサウスが立っていた。


「さっちゃん!」ノースの声にはすこしの安堵が混じっていた。

 ぼくとノースは立て続けに閃光を炸裂させて、白く光るアートマンに変身。抜く手も見せずに駆け出した。


「マンダラ?」前を走っていたノースが急に止まる。金色のワイヤーフレームをよく見ると、サウスが立っている場所を中心に、地面が3×3の九つの正方形に分割されていて、その小さな正方形の一つ一つの中心に同径の円があった。芦原さんの研究室の床に似ている。


 突然サウスを囲む八つの円柱の光量を増し、一瞬辺りを昼間のような明るさにまで照らしつけると、あっという間に八体のアートマンが現れた。


「ゼンのコトワリ・ジョウコウ」必殺技の構えをしたサウスを中心に黄金の閃光が炸裂した。


 爆風の衝撃波から身を守るため、体の前でクロスさせていた腕を下げると、交差点の中央付近では、地面がサウスを中心にクレーター状にえぐれているにも関わらず、光のラインだけがそのまま平面状に残っていて、ワイヤフレームの中には八体のアートマンが、それぞれ繭のような光に包まれて無傷で浮かんでいた。

 躊躇とかそういった複雑なことは考えていられなかった。

 ぼくはただ走り出す。それはノースも一緒だった。右手に力を込めて繭の一つに殴りかかろうとした瞬間に、足元を掬われる感覚がして、空気を揺らすような透明な衝撃を受けると、全身からめりめりとアートマンのアーマーが剥がされて空気の中に消えてしまった。


 ぼくは呆然として、自分の手のひらを見つめてから、ゆっくりとサウスの方を見た。

 ワイヤーフレームと八体の繭も消えていた。


 サウスは真っ黒なクレーターの底で放心したように空を見上げている。ノースがクレーターを駆け降りてサウスを抱き寄せる。崩れた小石がぽろぽろとクレーターの中心に落ちていく。わけがわからないままクレーターを降りて二人に近づくと2度目の衝撃波が三人を襲った。ぼくはエッセルさんの時のことを思い出し、夢の中で「そうか。」と呟いた。


 やっぱり白い空間だ。トゥルクの線香の香りが強くした。

「サウス!」ぼくは少し先を歩くサウスに駆け寄ると、サウスは振り返って寂しそうに笑った。


「なんか、帰ってきちゃったみたい。」サウスが突然訳のわからないことを口走った。

「何言ってるの? さっちゃん。」ぼくの隣にいたノースが心配そうにサウスに声をかけた。

「ノルテ。よかった。あら、とっても綺麗になったのね。」

「え?」ノースががくりと膝をついた。「マ、マ・・・?」

「スールもちゃんと大きくなったんだね。」サウスはそう言って微笑んだ。


「ちょっとまって!」ぼくは叫んだ。

「これは、ぼくだけが見ている夢?」

「クズリュウ。」ノースが地面にへたり込んだままぼくを見上げた。

「これは、夢。」ノースの目の焦点はあっていないように見える。

「誰かの夢」


 視界の中で白い光が強くなり、目の前にいるはずの二人がだんだんと光の中に消えていく。そのまま視界が真っ白になる。ぼくは左の手のひらを広げて、その手に目をやった。感覚はあるのに、視界は真っ白で、自分の手も、自分の体も見えない。目を閉じる。何も変わらない。白があるだけ。


 もう一度衝撃波を受けて目を開けると、そこは真っ黒な山々に四方を囲まれた勝山橋の交差点で、明るく輝く星空と地球環とが見えた。人の気配を感じて左右を見ると双子が夜空を見ていた。


「二人ともいる。」ぼくは立ち上がりながら言った。

「クズリュウ。」放心状態のノース。


 ぼくはノースの手をとって彼女を立ち上がらせる。彼女を捉える底なしの沼から引っ張り上げるようにして、強く彼女の手を引いた。

 地面に横になったままのサウスは両腕を横に広げて目を瞑っていた。そこはぼくらがいた真っ黒なクレーターの底ではなくて、クレーターのない元通りの交差点だった。


「もっと一緒にいたかったな、ママ。」閉じたままのサウスの目からつうっと涙が流れた。

「ママの夢だった。」

「さっちゃん。」ノースはサウスのかたわらに膝をついて人魚のように横座りをすると、サウスの肩を抱えて、彼女の頭を自分の膝の上にのせた。


 ノースはゆっくりとサウスの髪を撫でながら、何かを呟いている。はじめは彼女が何を言っているのか分からなかったけれど、少しだけ悲しい旋律が、だんだんと整った形になって、それが歌だということが分かった。優しくて柔らかくて、日向に干したガーゼ生地のブランケットのような子守唄だった。なんだかお日様の匂いがした。


 遠くから車のエンジン音が聞こえた。

 それがだんだん大きくなると、ノースの歌声が聞こえなくなってしまった。背後から車のヘッドライトに照らされたぼくの影が長く伸びて双子に当たった。はっとして振り返る。後ろでは双子がどうにか立ち上がったような気配もした。グロックは交差点の手前で落としてしまった。ぼくは左手の手のひらに集中してタコを出そうとするが、変身が解けてすぐだからなのか、光の集まりがとても弱い。


 あたりには排気ガスが充満して、交差点は霧に覆われていた。ヘッドライトが照らす霧の中を歩いて近づいてくる人物は、逆光でそのシルエットしか見えない。ぼくは後ろを向いて双子の位置を確認すると、近づいてくる人物と双子の間に入るように足の位置を少しずらした。


「荒鹿君。それに嶺姉妹。」女性の声が静かに響いた。

 グロックもアートマンもない。ぼくは両手の拳に力を入れる。

「誰?」ノースが声を張り上げた。

 女性はそれには答えずに歩き続け、ついにその顔が見える距離にまで近づいた。


 あれ? 平泉寺さん?



●2036/ 06/ 20/ 21:44/ 管理区域内・さらに管理居住区内


 平泉寺さんのピックアップトラックは、猛スピードでバックをして橋を戻った。助手席のシートに手をかけて後ろを向いたままアクセルを踏み込む彼女の強い眼差しは、芦原さんが見せてくれた写真と同じだった。

 橋を渡り切った交差点で車をUターンさせ、彼女は前に向き直ると猛スピードで車を出した。


「ごめん。あれが精一杯だったの。」

「どういうこと?」怒りを滲ませてノースが言った。サウスはノースの肩に頭をおいて目を瞑っていた。

「噂通りの双子ちゃん。」そう言うと平泉寺さんは、経緯を簡単に説明しはじめた。


 ぼくらの来訪をどのような形かで察知した平泉寺さんは、アートマンから放たれる小さな閃光を、センサーとして居住区の周辺にいくつか仕掛けていたそうだ。そしてぼくらはその一つに引っ掛かった。

 サウスはきっとそれを見たんだ。見失って誤魔化していたけど、駅跡のロータリーできょろきょろしていたのはその光をみていたからだ。サウスは本当のことを言っていた。


 平泉寺さんはまず、曼荼羅まんだらと呼ばれるアートマンの力を利用した仕組みを使って頭の中のヴィジョンに平面的な『場』を用意した。

 場を3×3で9つのエリアに分け、中心以外の8箇所にセンサーを当てがいマッピングする。そのどれかに反応があると、重力の変化で場が歪むからわかるそうだ。場の歪みの位置と実際の位置をリンクさせ場所を特定すると、すぐにぼくらのいる勝山橋に向かった。


 居住区周辺に散らばった残りのセンサーも勝山橋に急遽テレポートさせ、8つの閃光でサウスを中心にしたキューブを作って拘束した。それが曼荼羅の実体化。


 しかし、サウスが必殺技の準備を始めたので、急激に場のヴィジョンが乱れ、直前に透明な波動でぼくらを直接幻覚マーヤーに送り込んだ。それも「禅」の技業わざの一つ『禅のことわり壊劫えこう』ということだ。

 サウスの必殺技が放たれたのも、その技業わざが見せる幻覚マーヤー状態の中でのことだったのだ。


 ちなみにアートマンが繭に入ったのは防御の技業わざ『禅のことわり住劫じゅうこう』だそうだ。多分サウスなら使えるようになるだろうとのこと。

「まさかトゥルクの技業わざを使えるアートマンがいるとは。想定外ね。」

 平泉寺さんは橙色の弱い玄関灯が灯った古い建物の前で車を止めた。

「私の見立てでは、君たちが探している大野琴。彼女はおそらく幻覚マーヤー状態で曼荼羅に捕らわれている。そして、彼女の実体はAG-0に存在する可能性がある。」


 謎だけをぽつりと残し、彼女はさっさと車から降りてしまった。


 何故、彼女はぼくらを探していた? 何故、彼女は大野琴のことを知っていた? 曼荼羅? 場の歪み? テレポート? 実体化? そして大野琴の実体・・・。

 脳の霧が晴れないまま車から降りると、彼女はすでに見えなくなっていて、その霧は懐かしい匂いのする蚊取り線香の煙に遷移した。


 ぼくはノースを手伝って、ぐったりしているサウスを両脇から抱きかかえて車から降りた。二人で両側から挟むようにして支えて、首が動く範囲で平泉寺さんを探した。膝に力が入らないサウスの重みが彼女の存在の重みとして二人の肩にのし掛かる。

 家の中から人が歩く音が聞こえ、玄関の内側でぱちぱちと白い蛍光灯が灯った。がらがら開いた曇りガラスの引き戸の内側に立っていたのは小舟だった。


●2036/ 06/ 20/ 23:00/ 神奈川


 時計が23時をまわった瞬間、神奈川や東京の各地に潜伏していたカワサキ・サマージの残党が遠隔操作によって一斉に爆発した。その犠牲の中にはノースと共に空港襲撃事件を率いたサカイや、双子と荒鹿が出会った大船のカフェ・ヒュッテもあった。


 藤沢では、ガラスを破られた芦原のショップに爆弾が投げ込まれ、何度かの大きな爆発音の後に、芦原邸が炎に包まれた。大きな炎が勢いよく藤沢の夜空を焦がしつける中、周囲の建物を巻き込んでもう一度起こった大規模な爆発が、交差点付近のガソリンスタンドに引火し、最後の大爆発を引き起こした。


 離れた場所に止めた車の中からそれを見ていた芦原は、肩を落として大きくため息をつくと、降り注ぐ火の粉から離れるようにそっと車を出した。帰る場所を無くすのは初めてではなかったが、やはりダメージは心に刺さる。


 芦原は奥越を目指して西へ向かった。双子や九頭竜弟、そして平泉寺を想いながら強い後悔にかられた。

 初めから三人と一緒に平泉寺を探しに行けばよかったのだ。それは簡単なことだった。双子は強い、九頭竜君も弱くはない。自分なら三人を守ってあげられたのかもしれない。何を心配していたのだろう。無駄な心配ばかりに人生を費やしすぎたかもしれない。

 奥越で三人に合流したら、無駄なことは考えずに、平泉寺を探し出そう。彼女が見つかったら、彼女を二度と失わないように生きよう。

 そう思えたことで、芦原はついに自分が本当の意味でRTAからの脱獄を果たせたのだと思い知り、自然に溢れ出す笑みに、逆に照れてしまう始末だった。


 24時を回った瞬間、東名高速の神奈川県と静岡県との県境付近で芦原の車が爆発した。嘘みたいな話だが、芦原の車に仕掛けられた爆弾のタイマーは間違って1時間遅れでセットされていたのだ。せめてもの救いは、爆発があまりにも大きかったから、芦原は苦しまず、もしかしたら自分が死んだことにさえ気がついていないかも知れない、ということだ。


 6月20日深夜の同時多発爆発事件はサマージ完全解体として報道されたが、緊急災害チャンネルがオンになるほどのニュースとしては扱われず、その後、空港襲撃からの一連の騒ぎはやっと沈静化した。


 つづく 

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