【SF小説】 ぷるぷるパンク 第6話 腰越漁港の死闘
●2036 /06 /08 /19:34/腰越漁港
ノースによる閃光の連弾攻撃を受けてめり込んだ崖から、なんとか這い出した荒鹿だったが、間髪を入れず、白い残像のようなサウスが上空から降下していた。一気にトドメを刺しに来たのだ。
彼女は突風と共に荒鹿の目の前に着地、そのまま顔が地面に届きそうなほど低く屈み込んだ。
着地の衝撃波が荒鹿を襲う間もなく、フルパワーのサウスが荒鹿のみぞおちを下から殴り上げる。
「死ねえーーー!」
二人はその勢いのまま宙に舞った。それは宇宙空間を漂うデブリのように、重力や摩擦を感じさせないまっすぐな美しい物理運動のようだった。
刹那、荒鹿のみぞおちを
「うおりゃあああああ」サウスの叫び声と共に二人はみるみるその高度を上げ、そのまま空の高みにまで昇り続ける。金色の閃光が走り、二度目の衝撃波が地上を襲う。
それをただ見上げるノースは、あっけに取られて膝をついた。体から力が抜けたノースは衝撃波をまともに受けることになり、地面に叩きつけられてしまった。
「金色の光?」
トゥルクの調和・・・。仰向けのまま二人を目で追うノースの脳裏に再びミクニの言葉がよぎる。
上空の二人を包む金色の光に重なるように輝く
後光を受けて眩く光り、その輪廻から人々を救い出す金色の天使。まるで、あの男が赦されている、そんな光景にも見える。
その瞬間、ばごんっ、という大きな鈍い音がして、上空の光の塊からさらなる金色の閃光が炸裂し再び地球間のように広がった。
それと同時にサウスと荒鹿の纏うアーマーは光を失い、上空に金色の光の塊を残したまま、頭から勢いよく落下し始めた。
三度目の衝撃波を受け、ノースは押さえつけられるように、地面にめり込んだ。
すぐにどすん、どすんという大きな衝撃音と共に落下した二人が地面に叩きつけられ、サウスに至っては頭から地面に突き刺さった。
上空に浮かんだままだった金色の光の塊は、一呼吸遅れて、突然浮力を失ったように崩れ、砂のような光の粒になって、金色の雨のように地上に、そして彼らの上にぱらぱらと降り注いだ。
どごっ。
三つの目の落下による大きな衝撃音が響いた。音の方向には落下物を隠す霧のように土埃が舞っている。
立ち上がったノースは、頭から地面に突き刺さったままのサウスに駆け寄ると、彼女を引き上げ、ぐったりと地面に横たわる彼女を抱き上げたまま舞い続ける土埃から離れた。
背中から地面に叩きつけられた荒鹿は、呼吸が一瞬止まり仰向けのまま動くことができない。視界は土埃の霧で遮られている。
しばらくの沈黙の後、ゆっくりと土埃が収まり始めると、その中心には、体の表面に光を纏った女の子がふわりと、そして、すっと背筋を伸ばして立っていた。
さらさらと光る黒髪がやわらかく揺れる。セーラー服のスカートがふんわりと膨らんで戻る。
あの子だった。
いつの間にか強く吹き付けていた海風は止んで、こころなしか波の音も和らいでいるように感じる。金木犀の香りが立ち込めて一帯をゆったりと包み込む。地球環がきらきらと、一層その輝きを増したようにも見えた。
少女がゆっくりと目を開くと、彼女の体を包み込む光がその肌や髪や制服に、そして彼女自身に戻るように、するすると吸い込まれた。
光を失った彼女は、まるで現実に実在する少女のように、この2036年6月の夜、この場所に、この漁港に、当たり前のように存在していた。
まるで、今、学校からの帰り道のように、光の中の幻ではなく、実在する一人の人間として、そこに在った。
嶺サウスを抱き抱える嶺ノース。立ち上がれずに仰向けに横たわる息も絶え絶えの九頭竜荒鹿。その間に存在する謎の少女。黒髪とセーラー服が優しい海風にはためく。
さっきまでの激しい戦闘がまるで嘘だったかのように、腰越漁港には平和な空気が漂っている。母なる海ときらめく地球環に包まれて、荒鹿は双子から受けたダメージさえも暖かくて心地よく感じていた。回復している?
「は? 何これ?」少女が辺りを訝しげに辺りを見回している。
無言のアートマン三人が彼女を見上げている。一陣の突風が少女をふらつかせた。それをきっかけに辺りには海風が戻り、波の轟音も戻った。
「あ・・・、クズ。」風に靡く髪を押さえながら少女が言った。未だに立ち上がることができないばかりか、精神的にも立ち上がれなくなりそうな呆然とする荒鹿。どうにか立ち上がった双子の姉妹。三人ともその少女から目を離すことができないでいる。
「君、負けてるの? そういう感じ?」
三人の視線をよそに少女がツカツカと荒鹿に向けて歩き始めた。
荒鹿の頭の横で立ち止まった彼女は、かがみ込むと荒鹿の首根っこを片手で掴んで引き上げ、彼を立ち上がらせる。ただ為されるがままにぐにゃりと持ち上げられた荒鹿は、地面から少し浮いたところで使い古されたぼろ雑巾のように強風に煽られる。
その一部始終を訳もわからずに見守った双子は、全く状況を飲み込むことができないまま、どうにか気を取り直して再び拳を握り締めた。
まずはノースが飛び上がり、セーラー服の少女に襲いかかった。
少女は咄嗟に掴んでいた荒鹿を投げ飛ばし、胸の前で拳を構えた。荒鹿はごみのように地面を転がった。
アートマンと生身の人間、力の差は歴然のように見えた。
ノースはしかし、動揺していた。そして、それは目の前の少女に対してではなく、調和について。
サウスから金色の光が出現したこと。それが自分ではなく荒鹿を介して起こったこと。ノースは動揺を隠せずにいた。
ミクニが言ったように、調和は必ずしも双子であることが理由ではないかも知れない。と言っても、それはノースとサウスの二人だからこそ発揮できる力だと信じていたのだ。
同じ日に生まれ、先に大人になった自分が、いつまでも子供のままのサウスを守っていかなければならない、いつからか、ノースはそんなことを思うようになっていた。
ノースの胸の中で、今はっきりと形になり始めたサウスへの愛が、そのきっかけを生んだ荒鹿への嫉妬が、心臓の辺りを猛スピードでぐるぐると回る。
愛や嫉妬で尖ったいくつもの鋭い先端が、その回転から不規則に飛び出して、勢いよく胸の内側に何度も当たって傷をつけた。
鼓動にあわせて傷口からまるで血のように、サウスへの想いが噴き出す。ジンジンと痛くて呼吸が苦しい。
「さっちゃん・・・。」
胸を締め付ける痛みに耐えながらノースは少女を殴り続けた。ノースの拳が、そして足が繰り出す打撃群が、まるで一方的に少女を押し込んでいるかのように見えた。
白く光る軌跡を伴ったその打撃を、少女は僅かに後退りをくり返しながら全て受け止め続けた。どうにか打撃の勢いを殺しながら、生身の腕、手の甲、手首、肘のラインでその全てを受け止めている。
傍目には白い閃光がマシンガンのように、無防備な少女を襲い続けているように見えた。
「なんなのあんたは!」打撃を繰り出し続けながら、ノースが叫んだ。
ぱらぱらと降り出し空気を濡らす雨の気配が、あっという間に豪雨に変わり、乾いた地面はすぐに冷たい雨粒が弾ける分厚い水の絨毯で敷き詰められた。
ノースの連打は今、激しい雨粒の一つ一つでさえもを殺すように少女に叩きつけられ水飛沫を上げる。それを生身で受け続けながら、反撃の機会を伺う少女は、しかし海側の港の端に向かってゆっくりと後退していた。敷き詰められたタイルのように襲い掛かるノースの攻撃に、反撃の隙を全く見い出せないでいる。
少女を殴りつけるごとに、蹴り付けるごとにノースの心臓付近でジンジンする痛みは増長した。血のように噴き出す想いが、ノースの体力を削ぎ続けた。
少女の右足の踵が港の地面から海側に離れ、足元にあった小石がぽろぽろと海に落ちる。それが岸壁にぶつかるドス黒い波に飲み込まれると、少女がバランスを取るために体制を崩した。
その瞬間、そのチャンス。ノースはしかし、躊躇してしまった。とどめを刺すチャンスにも関わらず・・・。
躊躇の理由はノース自身にも分からない。分からないけれど、それはサウスへの愛に決まっていた。
(さっちゃんは、あたし抜きでも金色の光を出せたんだ。)サウスは自分が守らなくたって、もうちゃんとした大人なのだ。一人でも大丈夫、生きていける。
そう考えると、心臓の中のをぐるぐる巡る刃物のような想いが次第に穏やかになって、じんじんとした痛みが和らぎはじめた。
(あたしがもし、ここで死んでも、もし、このあいだの空港で死んでいたとしても、サウスはだいじょうぶ。あの子なら、ちゃんと生きていける。二人は双子であり、そしてそれは永遠に変わらない。そしてもう一方で、あたしたちは一人づつ、二人の人間なんだ。)
そう考えると、ノースは嬉しかった。激しく叩きつける何百もの雨粒がアーマーに当たり、さらに小さな沢山の粒に分かれて弾ける。一抹の寂しさはあれども、ノースは嬉しかった。心臓の痛みが一転して、体にじんわりと広がる暖かいお風呂のお湯みたいに感じられた。彼女はゆっくりと目を閉じた。
その一瞬、ノースの体の表面に沿って電流のように閃光が走り抜け、光を漲らせてオーラが右の拳に集まった。
(とどめ! これを打てば勝てる。)そう思った瞬間、脳裏にサウスの横顔がチラついて拳が止まった。理由はわからないけれど、言葉にするとこんな感じだろうか。
(さっちゃんは一人でも生きていける。でも、あたしはさっちゃんと生きて行くんだ。)
その気持ちが、何故かノースの拳を止めた。
連打が緩んだその隙をついて、少女はノースの鳩尾を思い切り殴り上げた。少女の腕や、たなびく髪の毛から水滴が揃って飛び散る。
閃光が衝撃波と共に雨粒を外側に弾き出しながら広がって、目を瞑ったままのノースは、石ころみたいに吹き飛ばされて宙に舞った。そして、ずっと見守っていたサウスの足元の水たまりに勢いよく突っ込み飛沫をあげると、水蒸気を出しながらアーマーが消え去り、裸のまま何度も地面を転がった。
ノースは裸で、髪の毛から爪先までずぶ濡れで、全身泥まみれで、なすすべもなく意識を失った。
サウスは咄嗟にノースに覆い被さり振り向くと、ゆっくりと近づく少女をきっと睨みつけた。強い視線を逸らさずにノースを仰向けの楽な姿勢に直してから、ようやくその視線を外し横たわるノースの顔を確かめた。
優しい指先で彼女の顔から泥を拭う。近くに転がっていたバッグを漁り中からノースのパーカを見つけると、裸のままでぐったりしている彼女の両腕を抱え上げ、まるで母親が子どもにするようにして、優しくそれを着せ付けた。
●2036 /06 /08 /19:48 /腰越漁港
「あんたまでそうなの?!」
そう叫んで立ち上がると同時に、サウスの拳に白い閃光が走る。
あっと言う間に彼女の体と同じくらいの大きさまで膨らんだ白い光を、セーラー服の少女に向けて叩きつける。
両手を交差させてそれを受け止める少女。しかし光はゼリーのように膨らみながらぶよぶよと少女を押し込む。ローファーが地面を擦ってじりじりと後退する。さっきまでの後退とは意味が違う、隙を伺うための後退ではなかった。ものすごい力で押し込まれるネガティブな後退である。
荒鹿は二人に駆け寄り、どうにか何かをしようとするも、オロオロするばかりで何もできなかった。ここには、彼にできることがないのだ。
彼は、辺りを見回して岩陰をみつけると、雨ざらしで気を失っているノースを後ろから抱き上げて彼女を運んだ。岩陰にノースをそっと横たえると、目を閉じたままの彼女の頬に貼り付いた緑色の髪にそっと触れてみた。プレート状のアーマーに覆われて自分のものではないような白くぼうっと光る指を伝って、彼女の頬に一筋の水滴がつうっと流れた。
アーマーに叩きつけて跳ね返る雨の粒が、一層強くなっていた。荒鹿は戦いの中ではどうすることもできずに、どうにかノースに雨が当たらないように、自分の立ち位置を探して突っ立っていた。
「わかんないよ!」サウスが叫ぶと、少女が両手でなんとか抑えていたゼリーのような光の塊が、破裂しいくつもの塊に分裂して少女に襲いかかった。
少女はついに押し切られ吹っ飛ばされた。少女は水飛沫を飛ばしながら勢いよく地面に叩きつけられた後、その反動で跳ね上がり上方の崖に全身がめり込んだ。
「わかんないよ・・・」目を閉じたまま崖にめり込んで動かなくなった少女を見ても勝利を感じることはなかった。どうしても気持ちが落ち着かず、サウスの心の中は不穏にぞわぞわとしていた。
サウスは、少女が崖にめり込んでいる隙に、岩陰で意識を失っているノースに駆け寄る。フェイスマスクをあげて突っ立っている荒鹿を睨みつける。しかし、その一瞬に、セーラー服の少女が復活した。
少女はサウスがやったように両手に光を溜め始めた。それをみたサウスは再びフェイスマスクを装着すると、咄嗟に地面を蹴って防波堤のある漁港の南端に向けて跳び上がった。
少女の両手の光が彼女の身長くらいまでに膨らんだ瞬間に、少女はそれを勢いよく炸裂させ、分裂したいくつもの光の塊をサウスに向けて投げつけた。
サウスがどうにか顔の前でクロスさせた腕でその光の塊を受け流そうとするが、小さな光の塊がサウスの胴にダメージを与えた後に四方八方に飛び散り、降り続ける雨粒や水たまりに当たって、それを蒸発させる。そして飛び散った方向によっては、勢いを保ったままどうしてもノースの横たわる岩陰に向かってしまう。
とめどなく繰り返される少女の炸裂攻撃を、気を失っているノースに当たらないように、サウスはその方向を調整しながら受けなければならない。
サウスの胴にダメージが蓄積され始め、攻撃に対する反応スピードが落ち始めていた。その攻撃はしかし、ただの囮だった。セーラー服の少女は、宙に跳んだ。
至近距離に飛び込んできた少女の拳の一撃を、再びクロスした腕でうけるサウス。がちんと金属がぶつかり合うような音がして、少女の拳とサウスの腕が触れ合っている部分からびりびりと金色の電流のような光が弾け飛ぶ。
刹那、金色の繭のようなバリアが足元に現れふわりとサウスを覆った。
バリアの出現が首に直撃した少女は、咄嗟に一回転で後ろに飛び退くと、首に手をやって大きく咳き込んだ。それから金色のバリアを見つめ、すこし困ったような大人びた表情を見せた。
「うおおおうりゃああああ!」反撃のサウス。胸を体の前に大きく突き出し、腕を真っ直ぐ下に伸ばし強く拳を握る。
「ぐらああああああああああああああああ!」
彼女の両拳に金色の光が出現した。
腰越漁港の一帯に、低く獰猛なサウスの咆哮が響き渡る。それは、まるで、獣。豪雨に叫ぶ肉食の獣。その咆哮の衝撃を受けた漁船の列がぐらぐらと大きく揺れてぶつかり合い、船体に穴が空いた何隻かは大きな音を立てて、荒れる海中に沈み始めた。
フェイスマスクが開きサウスの表情が露わになると、怒りに震えた彼女のピンクの瞳孔が金色に発光した。
「ぐろああああああああああああああああ!」
我を失った獣は、黄金に光り輝くパンチを少女めがけて連打する。全く受け止めきれないでいる少女、彼女の頬や生身の体には、みるみるうちに赤黒い痣が現れ始め、ローファーが地面を踏みしめたまま後ろにずるずる擦り流される。地面にできた深い溝にはすぐに雨水が流れ込んだ。
「くっ」どうにかタイミングを見つけて、後方に宙返りで跳んで連打から抜け出した少女は、腕で唇を拭い、唾を吐くように、口から血の塊を吐き捨てた。少女の表情から冷静さが消え、サウスをまっすぐと睨みつける。
肩で息をしている少女を尻目に、サウスは静かに、そしてふわりと宙に浮かび上がった。サウスの表情は平安の中に落ち着き払っていた。その間も彼女の瞳孔はずっと金色に発光し続けている。
「ゼンのコトワリ・ジョウコウ!」
金色の光が周囲からサウスに向かって螺旋状に集まり、一点に吸い込まれる。
胸の前で左右から交互に、そして地面と平行に向かい合わせたサウスの手のひらの間の空間だ。
吸い込まれた光は、その小ささに耐えきれなくなり、ある時点でぶわっと炸裂して急激に大きく明るく膨らんだ。そしてサウスを包み込む光の球ようにゆっくりと大きく旋回を始める。
その様子を見て、再び表情を曇らせる少女。
(これは、やばそうなのが来る。)荒鹿は黄金に光る螺旋と球体の神秘的な光景に目を奪われ、動くこと忘れて見入っていた。
しかし、少女もこの状況を一瞬で見切ったようだった。彼女もまたその場にふわりと浮き上がり、サウスと同じように胸の前で手のひらを向かい合わせた。
そこには同じような金色の光が螺旋を描いて集まり、少女が見えなくなってしまう程に大きく明るく膨らみはじめた。
「
世界はホワイトアウトし、それを構成していた一切の影と音が消え失せた。
小動神社の崖の中腹辺りで二つの金色の光の球体がぶつかり合った。まるでスローモーションの映像のようにゆっくりとくっきりと。
刹那、これまでとは規模の違う巨大な閃光が炸裂し、全てを覆い尽くした。江ノ島からはもちろん、多分、大船からだって見えているに違いない。雲が吹き飛ばされ雨が止んだ。四方に広がる金色の光の束は、地球環にも届きそうだった。
その一瞬の後、衝撃波が発生する。雷鳴のような空気をつんざく轟音が響き渡り、崖が雪崩のように一斉にぼろぼろと崩れ落ちた。そこら中で舗装されたコンクリートがばりばりと剥がれ、その瓦礫が重力に逆らうように、ゆっくりと一度宙に浮いて止まり、すぐに地面のあった場所へぼろぼろと落ちる。
荒鹿は衝撃でよろけながらも、金色の閃光とその衝撃波から守るためにノースの前から動かなかった。というよりは動けなかった、と言った方が正しいか。
腰越漁港の上空に眩く光のその中には、火花を散らし、正面からぶつかり合うサウスとセーラー服の少女が見える。しばらくの間、一進一退の攻防が続いた。そして今は少女がサウスをじりじりと押し始めた。
「
そう呟いた少女から、次なる衝撃波が発生した。
それを正面から受けたサウスは吹き飛ばされ、そのまま瓦礫と化した地面へ落下。彼女の全身が瓦礫の塊に強く打ち付けられると、大きな水飛沫と共にコンクリートの破片がそこら中に吹き飛び、その勢いのまま、岩陰で荒鹿の足元にうずくまっていたノースの元へと転がり込んだ。しゅうと圧が抜けるような音がしてアートマンのアーマーが消え去ると、サウスもあっけなく裸になってしまった。金色の光が消え、しかしその強いピンクの眼差しは、まだセーラー服の少女を追っていた。
「ゼンのコトワリ?」サウスと上空に留まったままの少女、それぞれがそっと呟く。突如、雷鳴が鳴り響き、強い雨が再び降り始めた。
アートマンを纏った荒鹿は、静かに地面にうずくまる双子を見下ろしていた。
荒鹿WIN。(というかセーラー服の少女WIN。)
サウスの気配に幻覚から目を覚ましたノースは、雨でグチャグチャの瓦礫の山から自分たちのヘルメットバッグを、そしてその中から乾いたサウスのTシャツを探し出した。
ノースは地面に横たわる裸のサウスの傍にかがみ込んで泥々の地面に横座りになると、サウスの頭を自分の膝の上に抱き上げて、彼女の顔に飛び散った泥をか細い指先でそっと拭った。
続いて彼女の裸の上半身を抱き上げると、片手で彼女の両腕を上げ片手で腰を抱き寄せ、背中や脇腹の泥をぬぐい、まるで母親が子どもにするように、器用にTシャツを着せた。
ぐったりとしてノースにされるがままのサウスだったが、まだ意識を失っていなかった。
サウスは、傍に突っ立ている荒鹿には目もくれず、痛いくらいに鋭いピンクの瞳でセーラー服の少女を探していたが、少女はどこにもいなかった。
●2036 /06 /08 /20:04 /腰越漁港
「ねえ、くずの、あんた。」ずぶ濡れのノースが口を開く。
嗚咽と共に突然泣き出すサウス。両手は耳元を押さえ、涙は流れるまま。
「お母さんのピアス」雨の音がその小さな声をかき消す。
少女は消えてしまったが、両耳のピアスは無事だった。しかし、母のピアスに守られているのに負けたショックから、サウスの嗚咽がとまらない。
ノースが妹の肩をそっと抱きしめる。嗚咽は時間をかけてだんだんと落ち着き始める。それを待っていたノースはゆっくりと立ち上がり、荒鹿を睨みつけながら、彼の目の前へと歩き出した。
「何なの、あの女は。あんたは性癖が技になっちゃうわけ? スタンド?」
ノースは蔑むような目を荒鹿に向ける。
「いや、あの・・・。あの子のこと知ってる?」荒鹿が恐る恐る尋ねると、ノースが答える、
「知るわけないでしょ。」
プシュッと音がしてマスクが上がると、眼鏡の荒鹿は真剣な表情でノースを見つめ返していた。その瞬間、荒鹿が纏っていたアートマンのアーマーが微かな光を発して消え去った。
「変態。」ノースは荒鹿の体を睨みつけ、吐き捨てるように言った。
眼鏡をかけた全裸の荒鹿、冷たい雨粒が直接肌をたたく。最低限、眼鏡は無事だった。全裸に眼鏡は確かに変態っぽいけど、新しい眼鏡は、一応無事だった。
「あんた、RTA?」ノースが尋ねる。あわてて、手を前にして急所を隠し、服を探す荒鹿。
「変態が。」嗚咽を抑えながら言うサウス。
「ZENのこと、知ってるの?」ノースの質問に首を横にふる荒鹿。
「ゼンのコトワリ・・・」サウスは自分でも分からないその言葉を、口の中でぶつぶつと繰り返す。
「ぼくは、正義の味方でも何でもない。だけど、君を、君たちを、守りたい。」
そそくさとずぶ濡れのスウェットパンツを穿き、ずぶ濡れのTシャツを頭からもぞもぞとかぶる荒鹿が、格好をつけて切った啖呵にノースは思わず吹き出してしまった。
「あんた、いったい何なの?」
「なんていうかぼくは、君たちをテロ組織、サマージ? から救い出して、普通の、生活に・・・。」
荒鹿は思う。
ボロ負けの上に、自分では何もしていない勝利。かっこ悪すぎる。しかも、普通ってなんだ?
つい、この間まで何者でもなかった自分が誰かを守る?
それって思い上がりじゃないのか?
彼女たちが、何を背負ってサマージにいるかなんて自分には想像もつかない。でも、だからってそれを悪と決めつけて、自分みたいに何も背負わないことが善しとされる? それがフツウってこと?
仮にそうだとしたら、そんな軽い善が、二人を悪から救うなんて、できるわけがない・・・。
「普通?」「生活?」双子は白けた顔で目を合わせる。
「うん。何ていうか。学校行ったり、部活したり、友達と遊んだり・・・。」尻すぼみでぶつぶつ言いながら、荒鹿の脳裏によぎったのは小舟だった。
きっと普通で、きっと幸せな小舟の人生。雨さえ降らないのではないだろうかと荒鹿は思う。
いままで考えたこともなかったが、自分は深層心理でそんな暮らしに憧れているのだろうか。
不意に脳裏にノースのスケートボードのシーンがフラッシュバックする。屈託のない笑顔。それが悪? どうしたって頭の中で考えがまとまらない。
「そういうの、すごい、ひどいよ。」ノースが起伏のない声で言った。ひどく疲れたような、諦めたような、彼女の声にはそんな響きがあった。
「むかつく、階段から、足を、踏み外して、死んで、ほしい」嗚咽を抑えてサウスが続ける「それか、車ごと、海に落として、殺す」
どちらにしても、双子は謎のアートマンを倒すことができなかった。あのトゥルクみたいに遠隔で殺される。用済みだ。
ノースは考える。
空港までは楽しかった。変わり映えのしない毎日だったけど、そう、確かにそれが普通だったのかもしれない。二人に友達はいなかったけど、二人だけで幸せだった。他の選択肢なんてあったのだろうか。
もしシンガポール航空を襲わなかったら? もしその前にサマージを抜けていたら? もしサマージに入らなかったら?
ノースは考える。
用済み、遠隔起爆。首の後ろの装置に手を添えてみる。ぴら。起爆装置が、何事もなかったように剥がれていた。
え? あれ? なんで?
「さっちゃん!」腕を上げて、剥がれた起爆装置をひらひらと揺らして見せるノース。
サウスは驚いて、濡れて髪の毛が張り付いたうなじを確かめる。あ、剥がれた・・・。
「あっ、剥がれた!」
「あの金色の光で!」声が揃う。二人は驚いて目を合わせる。世界の前提が変わる!
海風と雨音の中でもはっきりと聞こえる小さな電子音。二人分の起爆装置を操作していたノースは、足元から拾い上げた拳ほどの大きさのコンクリートのかたまりにそれを貼りつけると、どこか遠くにむけて思いっきり投げた。
それは垂れ込めた低い雨雲にも届きそうな綺麗な弧を描いて、三人が乗ってきた車に届くとフロントガラスを割って車内に転がり込んだ。
雨が降りしきる中、三人は黙って車を見つめていた。誰も口を開かずに、ただ車を見つめていた。思わせぶりなしばらくの静寂の後、突然車内に閃光が走り抜け、車は巨大な音をたてて爆発した。
双子は顔を見合わせ、無言でお互いを強く抱きしめた。サウスが再び肩を震わせて泣き始めた。
「さっちゃん、涙もろい」ノースがサウスの背中をさする。
「う、ぐ、」下を向いて、両手で涙を拭うサウス。
「ほら、ね?」ノースは、サウスの背中をさする手を肩で止め、彼女を抱き寄せた。
「うん」サウスはノースの腕を振りほどき、上を向いて雨と涙を拭った。
豪雨の中で体育座りをして、双子越しに燃え続ける車をぼうっと見つめていたずぶ濡れの荒鹿に、ノースが向き直った。
彼女の髪の毛やピアスや、その肩から勢いよく跳ね返った水滴が、灯台の光を受けてきらりと弾けた。さっきまでとはまるで違う、晴れやかな表情だった。
「ねえ、くず。あたしたちは、あの子に用があるみたい。」
「あ、奇遇ですね。ぼくも・・・。」
(っていうか、くず、定着?)
アートマンのアーマーが身体から剥がれ落ちてもしばらくは意識のあった荒鹿とサウスが、ここでほぼ同時に意識を失った。
頭の中がぐわんぐわんと揺れ始め、荒鹿は白い幻覚に落ちていった。いつものようにセーラー服の女の子の夢だった。
「あ、君。さっきは・・・。」
「君は、弱いね。」少女は無表情のまま荒鹿を見ている。
「え、待って。」
荒鹿は、彼女に向けて手を差し出す。
「私は・・・。 」
少女は一瞬だけ、困惑の表情を見せた。
「ぼくは、君のことをずっと知ってるような気がするんだ」
少女すぐに無表情に戻り、
「あら、そう。私はそんな気がしないわ。」と言い捨てた。
光の空間に突然サウスが現れた。
「やっぱり・・・。どうして、出てくるの?」サウスが荒鹿を睨みつける。
「でてくる?」セーラー服の少女はきょとんとして、サウスに聞いた。
「だって、これは、さっちゃんの夢なの。どうしてあんたたちが出てくるの?」
「夢?」少女がサウスの正面に向き直り、真剣な表情でゆっくりと口を開く。
「さっちゃん・・・。私は。」
足元の安定が突然ぐにゃりと崩れ、荒鹿はどこか得体の知れない深みに向かって落下する。
歪み始めた白い光の螺旋の中で、うっすらと聞こえるセーラー服の女の子とサウスの会話を耳にしながら、荒鹿はどこまでも落下する。
つづく
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