第12話 父の証言とヨッチャンの話。

四月初めの土曜日、野村先生の熱血指導で体力と心の限界を知らされた僕へ、青竹高校時代に野村先生と同期の父から、


「裕人、野村の指導は厳しいだろ」

何度も帝王高校を全国優勝に導いた野村先生の指導が生温いとは想像してなかったが、『今日の限界を超えろ』と言う昔ながらの根性論的な修行にも似た指導法に面喰ったのは間違い無い、けどそれに続く父の言葉は、


「アイツは昔から仲間が苦しむ顔を見るのが好きで、言ってみればドSな変態野郎だけど、自ら追い込んで苦しさを快感に変えて喜ぶドMの変態でもある」


父の言葉を借りれば、名将の野村先生は苦しさ痛みを快楽に感じるド変態気質だから、指導される僕達生徒も其れなりの覚悟をした方が良い、らしい・・・


多くを語らない父の助言はこれまでで、僕と天野サヤカさんは夕食のテーブルから自室へ戻った。


「さっきの続きを話して良いでしょう?」

そう言う天野サヤカさんに、


「続きって、エキストラのオーディション?」


「って言うか、ヨッチャンの話、四葉は芸名だと思うけど、他にもそう言う女優さんって居るから」

確かに苗字なのか名前だけなのか、短い名の有名女優が居たと思う。


「それで?」

「私がヨッチャンと呼ぶから、ヨッチャンは私をマキちゃんと呼ぶの、なんか嬉しくて、それを早く裕人君に伝えたかったの」


それの何処が嬉しいのか理解に苦しむ僕は、

「そこを詳しく教えて」


少しだけ眉間にシワを寄せて不機嫌な表情を見せた天野サヤカさんは、

「女子は好きな男の子の苗字に自分の名前を付けて妄想するものよ、それに私は本名でモデル活動していたから変身願望も叶って嬉しいのよ、裕人君でも分かるでしょう?」

よく分からないがこの場で僕は大きく頷き、

「なるほど、それが女性の心理なんだね理解したよ。気付かなくてゴメン」

女性には否定より賛同、男性は決してこれを忘れてはいけない・・・


平日の朝が早い父と母は十七時過ぎに夕食を摂り、父から母へと入浴を済ます。

生活のサイクルが遅い僕が最後に入浴して、続きで風呂掃除を終らせるのが我が家のルールだった。

当然ながら、僕が天野サヤカさんへ、

「最後に僕が掃除するから先に入浴してよ」

特に他意も無く、入浴の順番を譲った。


「え、裕人君、全身を洗ってあげるから私と一緒に入ろうよ」

過去には、あの伊勢旅行の観光ホテルで気持ち良くされた記憶が蘇るが、

「僕と天野サヤカさんの入浴時間が違うから、先に入って」


「もう、裕人君は照れ屋さんね、それともムッツリなの?」

そうだよ、僕の頭の中には全裸の天野サヤカさんが焼き付いているからこそ、無理をしてでも冷静な気持ちと態度を維持している。


「こうしている内にも入浴後の寝室で御話時間トークタイムが短く成るよ」

天野サヤカさんを急かした僕へ、

「裕人君の意地悪」

表現は悪いが、天野サヤカさんは捨て台詞を残して洗面所ランドリーへ向かった。


待つ事、凡そ一時間弱、どうして女子の入浴時間は長いのだろう、僕より表面積と体積も少ないのに、天野サヤカさんのショートカットだって僕の短髪とそれ程変わりないと思うが、入浴の順番を待って素早く全身を洗い、専用のバス・ナンタラで浴槽と浴室の床を綺麗にして、最後に髪をシャンプーして掃除で掻いた汗を洗い流して十五分のバスタイムが終了。


大判タオルで頭から身体を拭きあげて、ドライヤーの温風強風で二分。

短髪の利点はコレだと自画自賛して、パジャマ代わりのスエット・スーツを着た。


自室で僕を待つ天野サヤカさんが寝ていてくれると助かるな、そう思いながら階段を上がり、引き戸を開けると、

「早く、早く、ここに来て」

期待を裏切る様に、眼を輝かせた天野サヤカさんは僕を手招きした。



「ヨッチャンの話ね」

天野サヤカさんはそう言うと、エキストラのオーディションで知り合った四葉さんとの会話を、順に話し始めた。

ヨッチャンは地方の高校を卒業から上京して二年、余り有名で無い劇団に所属して幾つものオーディションを受けて今に至る。

バイト先のコンビニで声を掛けられた、ミュージシャン志望?の拓也さんと交際を始めたが、どちらも売れずに半年が経った、らしい・・・


まあ、それは素人の僕でも分かる、芸能の世界でよく有る話だと想像できる。

「ミュージシャンの彼氏もバイト生活でしょ?」

僕から相槌程度の質問に天野サヤカさんは、


「私もそう思って訊いたら、拓也さんの実家は酒問屋と数軒の飲食店を経営する資産家で、父親の仕送りで生活して居るらしい」

ヨッチャンの彼氏は親のスネかじりか、そしてどんなジャンルのミュージシャンなのか、ラジオを聞き流しする僕でも売れてないなら聞いたことが無いと思う。


「私がヨッチャンに彼の音楽ジャンルを訊いたら、『ビジュアル系バンド』って答えるけど、『ビジュアル系』はその見た目で、音楽ジャンルじゃないよね」


天野サヤカさんの言いたい事は僕でも理解できるから『そうだね』と同意の相槌を打ち、

「きっとあれだよ、地下アイドルが存在するみたいに地下系ビジュアルバンドが居ても不思議じゃないのかな?」


売れているミュージシャンが三十組居ても、売れてない人は五万十万と居ても驚かない。

しかし話の続きでは、

「もしもオリジナルのCDが有るなら一度聞かせてとヨッチャンに言ったら『うん、次の機会に』って誤魔化された、これ以上深く訊くのは不味いよね、でも世田谷に住んでいてライブハウスで演奏しているって」


ヨッチャンの彼氏は自称ミュージシャンで、現実は音楽が趣味の素人かもしれないが、天野さんに取ってこれからの人間関係を考量して、


「余り深堀しない方がヨッチャンと天野サヤカさんの為にも善いと思う」

「やっぱりそうよね、裕人君に話して良かった、これからも私の話を聞いてね、ア、今、嫌な顔したでしょう?」


僕の顔に気持ちが出たのか、それとも心の中を読まれたのか、天野サヤカさんの精神的スキルは高いと思う。

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