第11話 私の話を聞いて。
金曜の朝から東京で某ドラマのエキストラ・オーディションに参加して、即合格から撮影に挑んだ
「どうしたの、予定より一日早かったね」
ドラマや映画の撮影や演技とか知らない僕の質問に、
「うん、最初よりエキストラのイメージが違ったけど新しい友達も出来て、裕人君に少しでも早く報告したくて先に帰らしてもらったの、親しき仲にもホウレンソウって、ねえ嬉しいでしょう?」
そうじゃないと思うけど、否定より一先ず肯定するのが女性へのマナー、これも父の教えだが・・・
「一度に全てを話されても憶えきれないから要点だけ、今は眠いから分かってよ」
この日は朝から初めて野村先生に『限界を一歩でも超えろ』の指導で未だ経験した事が無い疲労困憊から、超簡単な親子丼風フライパン雑炊で食欲を満たした僕は疲労回復のためにも早く午睡したい。
それでも俳優の第一歩を歩き出し、喜々とする
「一番大事な事から、後は僕が昼寝から起きた後に聞かせて」
僕の願いが
「うん、分かった、えっとね、ヨッチャンと友達に成ったの」
行き成りヨッチャンと言われても有名な俳優なら分かるが、その前に男性なのか女性なのか、それすらも僕には分からない。
「ヨッチャンって?吉田さん?吉村さん?義男さん?よし子さん?誰?」
話の頭から理解できない僕は『ヨッチャン』と言う
「ヨッチャンは女性で名は
あぁ、そう言う事ね・・・
「話はもう善いかな?」
「ダメよ、ヨッチャンは私より少しだけお姉さんで、地方の高校を卒業して東京の劇団で二年目の練習生、コンビニのアルバイトと俳優オーディションの二刀流だよ」
何百何千と役者を目指す若者なら、よくある話だな、その中から日の目を見るのは一人か二人、後は夢破れて定職を求めるか両親が居る地元へ帰るしか無いだろう。
世間一般で聞く話だが、本気でNBAプレーヤーを目指す僕には他人事ではないけど、同情する余裕や時間も無い。
「この話の続きは起きてから聞かせて」
既に僕の瞼は限界を超えて、睡魔の誘惑に落ちかけていた。
「裕人君、裕人君、お布団で寝ないと風邪引くよ、裕人君ってば」
◇
◇
リビングのソファで寝落ちした僕が目覚めたのは二時間後の十七時過ぎ、キッチンではその日の営業を終えたベーカリーから両親が戻り、
「まぁそうなの、サヤカちゃん、初めての撮影がクラスメイト役なんて凄くない」
ミーハーな母の声で僕は天野さんの仕事を知り、暫くは寝たフリでその先に聞き耳を立てていた。
「はい、エキストラのオーディションって聞いていたけど、制服に着替えて教室の左端の最前列に座る指示でした」
天野さんが参加するラブコメ学園ドラマは『大福姫とエクレア王子』、下町の創業二百年の老舗和菓子店『大田屋』の娘で色白ポチャリ体型の『大田福子』がお試し受験したセレブな『キラキラ学園』に授業料免除の特待生で合格して、大手製菓会社の御曹司でイケメンの『
因みにフランス語でエクレアの意味は稲妻らしく、単純な発想から脚本が書かれているらしい。
「ねえ、サヤカちゃんの台詞は?」
簡単なドラマの説明を聞いた母から質問されるクラスメイト役の
「撮影の監督と原作者と演出家の三人がその場のノリで台本を変更するみたいで、私の役は帰国子女で、日本語を聞けても話せないからずっと無言の女子設定、最初は役名も無かったけどフランス帰りだから『マドレーヌかクロワッサン』だって、日本人の設定なのに酷いでしょ、それから三人の意見が対立して結局、『君の名?』って訊かれたから私は芸名の『槇原サヤカです』って名乗ったわ、それに閃いた監督が『君の役名は三日月サヤカだ』って、クロワッサンから日本語で三日月よ、ねぇ・・」
日本語が話せない帰国子女の役名が三日月とは、タヌキ寝入りで聞いた僕も呆れる単純に最近のテレビドラマが面白くないと察した。
「へえ、そうなんだ、サヤカちゃんは何か指示とか注意されたの?」
母の興味は別の部分に代わり、テレビ画面から見えない状況を知りたがった。
「そうですね、自分の台詞が無くても演技する俳優に魅入らないとか、カメラ目線が駄目とか、でもモデル経験が長い私はカメラが向くと自然に笑顔を見せる条件反射に苦労しました」
「なぁるほど、そう言う事なら私も分かる気がするわ」
天野さんの説明に感心する母だが、一度もモデルの経験が無いはずと僕は思う。
「サヤカちゃん、それで次の撮影はいつなの?」
「私の部分はもう終わりました」
「え、ドラマってワンクールの十回三ヶ月でしょ、短くない?」
ミーハーな母の興味は尽きない。
聞かれた
「CMが無い局の週末ドラマは一ヶ月の四作で完結です、それに私の出演部分は編集でカットされているかもしれません」
「それは残念ね、台詞が無い帰国子女の役ならストーリーに影響しないからね」
そこはドラマ・マニアの母らしい分析力に僕も感心した。
後日段・・・・
放送された週末ドラマのエンドロールの最後に小さな文字で『無口な帰国子女・槇原サヤカ』と流れたのを母は見逃さなかった。
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