第9話 名将の指導で。

待ちに待った待望の土曜日、今日は全国高校優勝の野村先生から指導を受けられる。

有名な指導者に教えられれば自分の能力スキル向上アップする訳では無いと頭で分かっていても、そこは未熟な一人の十五歳。

自分でも驚くくらいの熟睡から目覚めても、ワクワク期待と興奮のドキドキが止まらない。


いつもの時間より早く家を出た僕は白梅高校体育館前へ八時四十五分に到着すると、同じ気持ちなのか既に新一年生の六人も来ていた。


「遂に今日、野村先生の指導が始まるよな」

その言葉に全中準優勝のキャプテン石川の気合が伝わってくる。

「あぁ、全国優勝への一歩が今から始まる、みたいな」

中学時代はチームメイトに恵まれず地区予選で敗退していた上田の相槌に、犬山、松本、竹田、そして僕と気の合う大垣ガッキーも大きく頷いた。


前日の基本練習が辛かったのか、斉藤部長と児島副部長は少し暗い表情を見せている。


白いファミリータイプのミニバンが体育館横の駐車枠に停まり、運転席から赤いジャージ姿の野村先生が登場する。

あの赤いジャージは私立帝王高校の選手が着用するウォームアップジャージで、嫌が上でも僕達の気持ちが盛り上がる。


三年生二人と一年生7人の顔を見た野村先生は、

「みんな揃っているみたいだな、村瀬先生に託した練習メニューは無事に出来たか?」

指導者から訊かれたら答えるのは部長の務めであるから、斉藤さんは、

「ハイ、途中で休憩を挟んで最期まで終えました」

聞かれた事へ普通に答えるが野村先生は、

「途中?あれは休憩無しの一時間メニューだが、九時から十二時まで2セットしてないのか」

僕達が二時間三十分を掛けた練習メニューを一時間で終らせて、そこで小休憩から2セットに入るのが野村先生の意図だったみたいで、

「幾ら何でも初日の練習から2セットは無理でした」

斉藤部長の個人的な意見でなく、僕達後輩を思いやっての言葉に、


「そうか、お前らの能力では1セットが限界なんだな、俺が指導して居た帝王高校は午前練習の三時間で3セット終了できていた」

野村先生が言う全国優勝チームのレベルには驚かないが、現在の僕達に同じ要求されても応える事を出来るわけが無い。

バスケ部員の誰もが無言の中から一年生の石川だけが、

「全国優勝を目指す僕達に先生の指導をお願いします」

自分たちを鼓舞する言葉を聞いて、一年生は『お願いします』と連呼した。


「まあ承諾書も提出した事だから何が当ても文句は言うなよ」

気の所為か野村先生が笑顔を見せたような気がした。


「昨日と同じメニューでスピードアップ、無駄な時間が無いぞ、手を抜いているとそれだけ休憩時間が短くなる」

試合で審判が吹くのと同じホイッスルで練習スタートを指示する。

エンドラインから逆のエンドラインまでのシャトルラン、サイド&バック数種類のステップのフットワーク、ドリブルとパス交換のレイアップシュート、

「地味で確実なレイアップや派手なアウリープダンクでも得点は二点、ミスしなければ試合に勝てる」

中学時代から同じ事を教えられているが、日本一の指導者に言われれば更に納得できる。

攻撃と守備を交互に繰り返すバスケの試合では相手と点差が開かず、些細なミスから得点できないターンオーバーからの失点が敗戦に導く。


より基本に、より確実に、ミスの無い試合運びが勝利の条件、そんな事は言われなくても分かっている心算だが、ノンストップの基本練習が試合時間を越える頃、バスケ部員の誰も足が止まってくる。


「お~い、そこがお前らの限界か、良いか限界には体の限界と心の限界が有って、一歩も動けないのは体の限界、そこから気持ちを振り絞って一歩二歩先へ進むのが限界を超える意味だから、自分で自分の限界を決めるな」

野村先生が言いたい事は理解出来るが、これ以上動かない足はどうしようも無く、バスケコートに膝が落ちそうになる。


それでも横に居る石川は、

「ウォ~自分の心に負けないぞ」

一歩二歩と足の伸ばす。

それを見る野村先生は、

「よ~し良いぞ『諦めたらそこでゲームセット』この名言、お前らも知っているだろ」

バスケ少年にとってバイブル的存在の名言に誰もが心を奮い立たせ、一歩二歩と体の限界を超えて足を出した。


「よ~し、少し予定より遅れたが休憩、十分後に第二セットを開始する」

二階のバスケコートから身体を引きずる様に外階段を下りて、グランド用の足洗い場で水を飲み、頭から水道水に打たれる。


そして休憩後の第二セットが終了する頃、体育館コートの時計が十二時を指した。


「来週までに三時間で3セットが出来る様に平日の練習に励めよ」

笑顔の野村先生は白いミニバンで帰って言った。


バスケコートの床に座り込む僕達一年生へ、三年の斉藤さんと児島さんは、

「ハードな練習もお前らの流れ弾を喰らったみたいだ」

「あぁ、俺たちは凡人だから、きっと明日はベッドから起きられないな」

苦情の小言を告げると石川は、

「先輩、公式戦初勝利を目指すなら、俺たち頑張りましょう」

ここでも石川のリーダーシップを知る事に成った。


「でもさ、公式戦ベンチ入りメンバーが9人ってヤバクないか?」

バスケは基本1チーム五人で戦うが、5ファールで退場以外は何度でも選手交代できるスポーツだからサブメンバーの層が薄いと主力選手に負担が掛かる。

中学時代、メンバーに恵まれずに地区大会で敗退した犬山達は同じ不安を声にした。

それは灰原中学の頃は快足ガードの橋本やシューター内田に助けられた僕も同様に思う。

不安を感じる一年生の僕達六人へ、

「まぁ他にもバスケ経験者の新入生がきっと居るから、そこに期待しようぜ」


ただのポジティブシンキングなのか、石川よ、何を根拠でそう言う・・・


「其れでも俺たち一年生の七人で全国を目指そう」

大垣の声がけに、僕達は不思議な気持ちで共感し、言葉で確認しないが強い仲間意識を感じた。


名匠の指導で疲労困憊、自転車のペダルを漕ぐ体力も無く、サドルに座って地面を足で押す、自転車を練習する幼稚園児の様な状態で帰宅した。

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