第8話 忘れないからね。
練習前の雑談から体育館に一人の女性教師が登場。
昨日と同じ色のジャージ姿にメタルの眼鏡、そんな村瀬 久美先生が少し緊張しているのは昨日の乱闘からか。
「ハイ集合、野村先生へ承諾書を提出する人は私に下さい」
当然ながら僕達一年生の七人と三年の斉藤さんと児島さんも用意していた。
都合九枚のコピー用紙を受け取る村瀬先生は、
「私、子供の頃から、チビ・デブ・ブスと言われてメンタルの耐性は有るけど、パグと言われたのは初めてで意味が分からないから、大学生の妹に訊いたら『可愛い人気の小型犬』って教えられたけど、それで良いの?槇原君」
あ、僕の失言を憶えているのか、
「申し訳ないです」
心よりお詫びの気持ちを伝えたい僕へ、
「私、槇原君から『パグ』って言われた事を忘れないからね、パグよパグ」
出来るならあの時間より過去に戻り、パグ失言と石川に迫った事を無かった事にして欲しい。
「村瀬先生ゴメンなさい、反省してます」
「そうね人間には反省が必要よ、所で槇原君は犬派、それとも猫派?」
質問の趣旨が見えないと言うか、素直に答えれば良いのか少しだけ迷うけど、
「僕は従順な犬派です、自分勝手で気紛れな猫を好きに成れません」
「うん、私も同じ、槇原君とは気が会うね」
そう言った村瀬先生の口角が少しだけ上がり、見せた笑顔に少しだけ気持ちが落ち着いた。
「さぁ、野村先生の指導マニュアルに従って練習を始めるわよ、テーマは『限界』最初は両方のエンドラインを十往復ダッシュ、次にディフェンスのサイドステップとバックステップ、左右のレイアップシュート連続十本、失敗したら最初から、全ての練習は基本から、だって」
それでもその練習量は中学の頃より多く、
先輩達も含めて僕達の息が上がり、動きが落ちる状態を見た村瀬先生は、首から提げたホイッスルを『ピッ』と吹いて、
「今から十分間休憩、給水と汗を拭くなり、呼吸を整えたり、
これがテーマの限界を感じるトレーニングなのか、帝王高校を何度も全国優勝へ導いた野村先生の指導法なら間違いはなく、それに従う僕達もスキルアップすると信じるしかない。
身体から失った水分以上に水を飲み、深呼吸しながらタオルで全身の汗を拭く。
真夏のバスケを経験している僕達は、お互いに未だ余裕が有る表情を無理して作った。
小休憩の後も同じ様な基本練習を繰り返し、体育館使用終了時間の十二時が迫り、顧問の
明日の土曜日は野村先生の直接指導が受けられるはず、と期待したのは大きな間違いだと気づくのは、翌日の午前九時過ぎ。
一分でも早くこの空腹を満たしたい僕達は其々の方法で帰路に着いた、勿論僕は余力の全て自転車を漕ぎ、今日の昼食を想像して自宅を目指す。
汗まみれの練習着を洗濯機に投げ入れてスイッチオン、シャワーで頭と身体をリフレッシュ。
前日の残りカレーと運動後のタンパク質補給は魚肉ソーセージか竹輪の二択、水分補給の麦茶と未経験のプロテイン代わりに牛乳も飲む。
空腹を満たした後は、ベーカリーの仕事で両親の留守とオーディションで俳優デビューの
◇
◇
十七時過ぎ、槇原ベーカリーの営業時間が終了して自宅に戻った父は浴室へ、母はキッチンで夕食の準備を始める。
その少し前に起きた僕はCMが無いテレビニュースをぼんやりと眺めている。
『リンリンリン』
滅多に鳴らない固定電話のコール音が自分の存在をアピールする。
「今、手が離せないから、裕人、私の代わりに出て」
母の言葉に従い、
「ハイ、槇原です」
「裕人君、サヤカよ、無事に合格して、いま最初の撮影が終わってね、色々面白かったけど、日曜日の夕方に帰ってから話すね」
事後報告と言う奴か、前もって桜島社長から状況を聞かされていた僕は驚きもしないが、それでも
「そう合格して良かったね、帰ってからゆっくり聞かせてもらうよ」
手短に電話を切った僕の前に、母が揚げた熱々のから揚げの皿が並んだ。
疲労回復成分が豊富な鳥胸肉と脂が乗ってジューシーな鳥モモ肉にスパイスは甘酢と岩塩の二択に僕の食も進む
身体を整えるタンパク質を補給する大好物に気分も上がる。
そう言えば、バスケ部顧問の村瀬先生が『忘れないからね』と言っていたが何の事だったのだろう、数時間の経過と記憶を整理する午睡でスッカリとリセットされた。
今は気にしない、その内に思い出すだろう。
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