第4話 乱闘劇。

七時に天野サヤカさんを見送り、一時間三十分後の八時三十分にバスケ部の朝練に向かう為に戸締りして家を出た。


家から白梅高校まで自転車で急げば十五分、途中にJR駅の高架下を通過するため安全運転に心がけて二十分の通学路。

練習開始の九時前に駐輪場から誰も居ない体育館前へ到着して、練習着に着替えて準備アップする。


これを三々五々と言うのか、徐々に集まる僕以外の新一年生六人と数名の先輩達は昨日の練習中止を今日もか?と疑心暗鬼な顔を見せる。


それから暫くして、銀色のメタルフレームを掛けたショートボブヘアの中肉中背な二十代半ばの美人でも可愛くも無い女性がトレシャツとジャージパンツ姿で登場する。


「あ、久美ちゃん」

先輩の一人がその女性の名を呼ぶと、

「久美ちゃんじゃない、村瀬先生でしょ」

良い年した大人が生徒相手に剥きなって言うかね、少し呆れながら中学三年の担任小池先生を思い出しながら、そこは実年齢イコール精神年齢じゃないとスルーした。


「バスケ部のみんな、聞いてください・・・」

その言葉に僕達バスケ部員全員が注目した。


「顧問の山村先生は持病の腰痛が悪化して、今年から私がバスケ部の顧問に成ります、宜しくね」

まさかの報告に、野村先生の指導を期待して白梅高校に進学した僕は誘った石川拓実の顔を見た。

ポーカーフェイスなのか、それほど驚いた顔をしてない石川は、

「先生のバスケ経験は?、もちろん最低でもD級公式審判員の資格を所有してますよね」

そうだよ、高校バスケのインターハイやウインターカップに参加するなら、ヘッドコーチには公式審判員の資格が義務付けられているはずの記憶に自信は無いが・・・


「中学までバスケ部だったけど、審判員の資格って?」

村瀬久美先生の返事を聞いて、僕の高校バスケが終った、そして石川に騙されたと思った途端に怒りの限界値を超えて、両手で石川の胸倉を掴んみ、

「これはどういう事だ、石川、よくも騙したな」


突然の激高に大垣も驚き、

槇原マッキー落ち着け」

僕の背中から動きを制止しようと両手を回した。


「知るか、そんな事」

胸倉を掴まれた石川は負けじと同じ様に僕の胸倉を掴み、そのまま僕の鼻へ頭突きをかました。

キーンと痺れる感覚に頭もクラクラするが更に怒りが溢れて、石川の額に頭突きを返した。

そんな石川は、

「よくもやったな、これでお返しだ」

グーパンチを振り出す、それを咄嗟に避けた僕の代わりに後ろに居た大垣の顔面をヒットする。

「俺は槇原マッキーを止めていたのに殴られる理由は無い」

と反撃したが、石川を押さえていた松本の顔にジャストミートする、そこからは一年の犬山と上田、竹田も加わっての担当劇が始まる中、

「名将、野村先生の名前で騙した」

僕の叫びを聞いた村瀬先生が、


「もう喧嘩はやめて、その野村先生って着任した体育の野村先生のこと?バスケ部の顧問を断ったから私が代わりに成ったの」

それが現実なら、先の事は考えたく無い僕に石川は、

「仕方無いだろう槇原、野村先生の指導は諦めよう」


何を勝手に納得している石川へ、

「指導員の資格もないみたいな顧問に期待できないだろ」

後から思い出せば、これは僕の失言でしかなかったが、この状況ではそれを想定できなかったが、言われた石川も興奮していて、

「チビでもブスでも顧問は必要だろ、こんなんでも居ないとバスケ部が廃部に成るだろ」

僕以上の暴言に、乱闘に巻き込まれた大垣も、

「お前ら、村瀬先生に失礼だろ、ほら『一寸のチビにも五分ごぶの魂』って言うから」


大垣の言葉は安の慰めにもなって居ないが、興奮状態の僕達はそれにも気付かなく、ただ当人の村瀬久美先生は精神的ショックに半べそで涙ぐみ、体育館の床に座り込んでいた。


どうにもこうにも収まりの付かない状況に、

「お~バスケ部の様子を見に来てみたら、若者らしい情熱だな、あ、俺は体育教師の野村だ」

待ち焦がれていたその姿はテレビで見た全国大会優勝、私立帝王高校の野村コーチと同じで、緊張から心と身体も固まる。


「野村先生、バスケ部の顧問を引き受けてください」

そこはリーダーシップの石川が誰よりも先に声をあげた。


「俺の帰郷は個人的な理由からで、バスケ部の顧問を受ける予定や心算も無い」

あ、四月一日のエイプリルフールで、野村先生が顧問をしないと旧友の父から聞かされて驚く僕に『ナンちゃって?』と言いなおした父の優しさを僕は気付けなかった。


「おい、槇原も野村先生へ頼めよ」

石川個人の意思でなくバスケ部全員の同意を表すように、最初へ僕へ言う。


「うん?もしかして槇原って、隼人の息子か?」

父の名前を出して訊く野村先生は、父親を介護する母の手伝いで帰郷した理由を僕が知っているみたいな顔をするけど、そんなつもりは無い僕は、


「はい、隼人は僕の父です、先生バスケ部の顧問を受けてください」

「そうか、隼人の息子か、青竹高校時代のアイツには随分世話に成ったからな、それで俺の指導でどこを目指す?」


それまで沈黙していた大垣や上田、松本と竹田に犬山から、

「県優勝で全国大会出場できたら嬉しいです」

遠慮か自信の無さからか殊勝な言葉に歯がゆいのは僕だけでなく石川から、


「一年生中心で全国優勝を叶えるためにも野村先生のご指導をお願いします、なあ槇原も同じだろ」


「右に同じくです」

それは石川の無茶振りにも聞こえるが、NBAを目指したい僕には全国優勝は通過点でその先には大きな野望が続いている。


数分いや数秒の時が止まり、口を開いた野村先生は、

「まず最初に『何が起きても文句、訴えを起こしません』の同意書を提出し、平日の指導は俺の秘伝書を村瀬先生に渡すから、それに従って、土曜日は俺が直接見る、それでどうだ?」


平日は村瀬久美先生が、週末は野村先生の直接指導が受けられる、それなら希望が消えた訳じゃない、しかし日曜は。

「あの、日曜日は?」


「毎日トレーニングしても上達はしないし、身体にとって休息日は必要だな、これはスポーツ科学でも立証されている」


勿論反対する一年生は一人も居なく、二年の上級生は少しだけ苦虫を噛み潰した顔を見せていた。


体育館から去っていく野村先生は『隼人の息子を鍛えるのは楽しみだな、ワッハッハ~』後に居る僕達にも聞こえる大きな独り言で笑いながら歩いていった。

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