第23話【覗いているようでまた、相手もまたこちらを覗いているのだ】


星羅せいら、何か聴こえた?」

「いえ。ここからではやはり遠すぎますね」


 俺たちのいる位置からでは二人が何を喋っているかはほとんど聞き取れない。体育倉庫横の、体育館に続く渡り廊下の陰にさえ隠れれば余裕で聞き取れるだろうが、距離も遠くしかもこちらは四人。かがみながら渡り廊下まで行けなくはないだろうが、その分見つかる率は上がる。

 

「こうなったら口の動きで何を話してるのか探ってみようか。三岳みたけ、よろしく」

「ご指名頂いて嬉しいんだけど、さすがの俺でも読唇術どくしんじゅつはちと無理だわ」

「私もです。というか、そもそもこんな位置では声を聴き取る以上に大変かと」

「やっぱそうだよねー」

「じゃあなんで言った?」


 アホみたいなやり取りを俺たちが繰り広げている最中も、目の前で話は続けられている。

 ではここからは、俺の脳内に記憶されている原作小説のセリフを二人に当ててみよう。


「......やっぱその件ですよね」


 大きなため息ひとつ吐き出し、ひなきは露骨に白木しらき先輩から目を逸らした。


「勝負から逃げただけじゃない。部活にも顔を出さなくなって、どういうつもりだ?」

「あれ? おっかしいな~。顧問にはちょっと体調悪い日が続いているのでしばらくお休みするって伝えたはずなんですが」

「そんな見え透いた嘘はやめろ。知ってるだろ、私はこの世で一番嘘が嫌いなことを」


 ひなきののらりくらりする態度にしびれを切らし、白木先輩は早く理由を説明しろと眼光をさらに鋭くする。普段王子様と呼ばれている人とは思えない、感情剥き出しの表情で。


「私、水泳向いてないんですよ」

「は?」

「そう思ったら、これまで頑張ってきた自分がバカらしく思えてきちゃいまして。すいません」


 頭を下げるひなき。

 白木先輩は一瞬呆然としていたものの、すぐに言葉の意味を理解し口を開いた。


「何があった? まさか他の部員に何か言われでもしたか? もしくは現在進行形で嫌がらせでも」

「それはありません。白木先輩含め、皆さん厳しくもいい人たちばかりで楽しかったです」

「話しを過去形にするな。本当の理由を言え」


 白木先輩はひなきのことをライバルと認めていながらも、可愛い後輩として世話を見てきた。真っ直ぐでその辺の男子より余程男前な性格の彼女が、そう簡単に「はいそうですか」と納得するわけがなかった。


「本当も何も。ですからこれが理由で」

「私にはお前が勝負から逃げるような人間にはとても見えないんだが」

「買い被りすぎですって先輩。現に私は先輩との勝負から、団体戦のメンバーの試験から逃げたじゃないですか」

「逃げた自覚はあるんだな」


 思わず口にしてしまった言葉に、ひなきは「あっ」と小さく声を漏らした。


「別に細かいことはいいじゃないですか。水泳が向いてない私が出るより、怪我が治って調子のいい先輩が出た方が部のためにもなりますし。三年生は今回がラストなんですから」

「お前......本気で言ってるのか」


 白木先輩は眉を寄せ、ハスキーな声をもう一段階引くして問う。

 遠目からでも空気がなんとなくピリついたのが分かってしまうくらいに。

 

「お前......そんな風に私を見てたのかって訊いているんだ!」

「そんな怒らないでくださいよ先輩。先輩のファンが見たら引いちゃいますよ」

「いい加減はぐらかすのをやめろ!」


 一定の距離を保っていた白木先輩はひなきのはっきりしない態度に我慢できず、すぐ横の体育倉庫の鉄扉を殴りつけた。ガーン! と、金属が固いものにぶつかったような高い衝撃音が周囲に響く。

 これには隠れて静観していた睦月むつきとこのちゃんが慌てて止めに入ろうと飛び出しかけるが、三岳が二人の肩を掴み、もう少し様子を見る方向で落ち着いた。


「......だってしょうがないじゃないですか」

「何がだ?」


 興奮して息が荒くなっている白木先輩だが、そこは王子と呼ばれている三年生女子。熱くはなっても最低限の冷静さは保てているようで。


「勝利者に必ず女神様が祝福してくれるとは限らない......去年のインハイ予選決勝で一位と引き換えにケガした先輩なら分かってくれますよね」

風宮かざみや、それはいったいどういう――」

「すいません。これ以上私からお話しすることはありません。では、友達が教室で待ってるので失礼します」

「お、おい! 風宮!」


 白木先輩の追求もむなしくひなきは頭を下げ、意味深な言葉だけを残して逃げるようにこちらの方、すなわち昇降口方面に走って向かってきた。


「うっそ!? ひなのヤツこっち来た!!」

「どうしましょう、このさん!?」


 縦一列に頭を並べて観察していた俺たちは完全にきょを突かれた。

 今から走って昇降口に戻ろうにも、運動神経のいいひなきには途中で追いつかれてしまう。となると打つ手はひとつ。


「みんな! 早くこっちに!!」


 運良くちょうど近くの1階の教室の窓が少し開いていたことに気付いた三岳が、咄嗟とっさの判断でそこへ全員隠れるよう手であおった。

 慌てる女性陣二人を先に押し込み、続いて俺、三岳。


「「「「......」」」」


 雪崩なだれ込んだ俺たちは床に伏せ、息を殺し、ひなきが走り去るのを待つ。

 地面を駆ける音が目の前を通り過ぎ、徐々にその音が小さく、やがて聞こえなくなった。


「......行ったか」

「......みたい、だな」

「間一髪でしたね」


 俺と三岳がカーテンをめくり、窓枠の縁からひょっこり目までを出し、外を見渡した。

 睦月は安堵あんどのため息を吐き出し、その場にへたり込んでいる。


「ところでここどこ? 見た感じ楽器ばかり置いてあるんだけど」

「おそらく楽器庫ではないでしょうか。場所的に音楽室の隣のようですし」

「なるほどね。通りでほこりっぽいと思った。あとちょっとカビ臭い」


 室内に漂う木と埃とカビ臭さをごった煮にしたような独特な臭いが気になるらしいこの

ゃんは、鼻をスンスンさせたあと顔をゆがませ鼻をつまんだ。

 窓が開いていたのは単なる締め忘れか、はたまた換気のためか。いずれにせよおかげでひなきに見つからずには済んだ。


「結局、あのお二人は一体何のお話しをしていたのでしょうか。白木先輩が一方的にひなきさんに突っかかっていたようにも見えましたが」

「クールで通ってるあの白木先輩が扉を殴りつけてまで怒るってことは相当だぞ。風宮のやつはいったい何をやらかしたんだか」

「どっちにせよ部活絡みなのは確かとして」


 このちゃんは前置きを置いて。


「ひなのことだから絶対に何か理由があっての行動だと思うんだよね。そこは幼馴染の私が保証する。普段はあんな感じでふざけてるように見えるけど、根は人を傷つけることに対して人一倍臆病な子だから」

「......だな。ともかく友達の俺たちにできることは、ひなきを守ってやることだ」

「青臭いセリフを堂々と言ってくれる。大原おおはらのそういうところ、嫌いじゃないぜ」

「私もです。あ、いえ、これは大原君のことが好きとかいう意味ではなくてですね」

「分かってる分かってる。さて、早く私たちも教室に戻らないと。ひなには4人で購買行ってたってことで、いい?」


 床から立ち上がりスカートのすそをパンパンと叩いたこのちゃんがまとめると、俺たちは上履うわばきに履き替えるために昇降口へと立ち寄った。


 この物語のメインヒロイン・風宮ひなきの抱える問題の核心に触れ始めるイベントの序章。

 正真正銘、ここからがひなきを攻略するための本当の闘いが始まる。

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