第22話【ぜひ百合展開は同人で】

 ようやく頭も目覚めてきた二時間目と三時間の間の休み時間に、はやってきた。

 俺たち一年の教室に足を踏み入れ、推しとは色違いの真っ黒なポニーテールを揺らしながら、目的の相手のいる場所まで迷うことなく突き進む。 


風宮かざみや


 俺たちとの会話に夢中で全く気付かなったらしいひなきは、名前を呼ばれ、肩が大きく跳ねた。

 ギギギと、サビたロボットみたいな擬音が聴こえてきそうな所作で振り向き、そして硬直。

 もっとも一番会いたくない相手に会ってしまった。

 声に出さずとも彼女のリアクションがそう物語っていた。


「......白木しらき先輩」

「昼休み、ちょっと私に付き合ってもらえる? 先輩命令だ」

「は、はい......」


 険しい表情で用件を一言、そのハスキーボイスで伝えて、白木先輩はきびつを返し来た道をそのまま戻り教室をあとにした。その感、わずか10秒ほどの出来事である。


「ねぇ、今のひなの2Pキャラみたいな人、だれ?」

「2Pキャラって。千部咲ちぶさきもまた上手いこと言うな。今の人、水泳部の白木先輩だろ。わざわざこんな時間に俺たち一年の教室までやってくるってことは、さては風宮、お前何かやらかしたな?」

「や、やだな~、二人とも。私が何かやらかした前提で話を進めるとか酷くない?」


 我が推しは基本嘘をつくのが下手である。

 露骨に目を泳がせながらパックの牛乳をストローでちゅーと吸う。


「なんだろう。団体戦のメンバーに選ばれなかったからって最近たるんでるんじゃないのかって説教かな。先輩、部活にはめちゃめちゃ厳しいし人だから」


 たどたどしくもそれっぽい理由を取りつくろいごまかす。 

 結論から言って、ひなきは夏のインターハイの団体戦のメンバーからは漏れてしまった。

 その漏れてしまった理由というのが今回の『イベント』の発端なのだが、それは追々ということで。


「白木先輩のご活躍は私も存じています。当時一年生ながら個人メドレーで素晴らしい記録を出し、それまで全国に行けなかった水泳部を躍進やくしんへと導くきっかけを作った人だとか」

「らしいな。あと同姓から凄いモテるのも有名だな」

「へー」


 あまり興味のない大原くんと中の人の気持ちが一致しての「へー」が出た。


 白木先輩こと白木アンナ。

 水泳で鍛えた無駄肉の一切ないスレンダーボディに、ボーイッシュな性格で誰にも分け隔てなく接する王子様系先輩女子。

 そんな彼女は当然ながら同姓からの人気も非常に高く、彼女目当てで水泳部に入る女子もいるとかいないとか。

 異性からしても充分に魅力的には見えるのだろうが、残念ながら俺の好みではない。完全攻め側の性格もそうだが、何よりひなきに比べて体型がアスリートの『それ』すぎてあまりそそられないからだ。


「去年はケガでウインターカップに出られなかった分、今年はそのケガも直って団体戦のメンバーにも選ばれて、そりゃもう気合が入ってるわけですよ」

「三年生は今年の夏で最後だもんね」

「三年生ですか......まだ入学して半年にも満たない私たちにはピンときませんね」


 白木先輩についてあれこれ情報交換していると三時間目の開始を告げるチャイムが鳴り、ひなきを除いた俺たちは自分の席に戻った。

 授業が始まってからもひなきはどこか落ち着かない様子で時折窓の外を眺めたり、このちゃんに消しゴムのカスの塊を飛ばしては、授業が終わると制裁の意味でポニーテールをぐいぐいと引っ張られていた。


「じゃあ私、先輩のところに行ってくるから。みんなは先食べてていいよ」


 昼休みが始まるや、ひなきは席同士をくっつけて昼食の準備をしている俺たちに向け声をかけた。


「はいはい。早く戻ってこないと星羅の焼いてきてくれたクッキー、全部食べちゃうからね」

「このの鬼。ちび」

「ッだとコラァ!」


 幼馴染をあおり、ひなきは白木の先輩の待つ場所まで逃げるように教室を後にし駆けて行った。憤慨ふんがいするこのちゃんを睦月がなだめ、とりあえず先に4人で昼食を食べていよう......とはならなかった。


「なあ、風宮って、本当に説教で呼び出されたのか?」

「どういう意味?」


 昼はパンとおにぎりのダブル炭水化物男の三岳みたけが神妙な面差おもざしで口にした。

 

「お説教ではなかったとしたら、一体何のために呼び出されたのでしょうか」

「そりゃ睦月、決まってるだろ。女子が女子を呼び出すって言ったら」

「......まさか!?」

「そういうことだ」


 意味を理解したらしい睦月は一瞬にして顔を真っ赤に染め、はしで掴んでいたミニトマトを床に落としてしまう。

 仕方なく俺が拾いに行ってやっている間も、三岳は持論を展開する。


「さっきも言ったが、白木先輩は同姓から凄まじくモテる」

「二度も言うな」

「大事なことだから二度言ったんだ。部活の可愛い後輩がいつしか恋愛対象に......女子高だとまあよくある話だって言うしな」


 この学校思い切り共学で、なんならこの世界は男性向けラブコメなんですが。と、無粋なツッコミはおいといて。 


「どうかな。ひなに限ってそれはないと思うけど」

「だよね。睦月はどう思う......って、睦月?」


 ミニトマトを拾い席に戻ってきたが、何やら睦月の様子が変だ。

 飛ばした時から何やら小声でぶつぶつ言っていて、俺が「これどうする?」とミニトマトを見せても無視。完全に自分の世界に入ってやがる。


「......仮に白木先輩に無理矢理襲われでもしたら、一大事です。友人としてこんな面白......危険な事態を放ってはおけません」 

「その通りだ睦月。お前もよく分かってきたじゃないか」

「三岳君こそ。というわけで、事件が起きないよう私たちで二人の様子を見守りに行きましょう! 大丈夫です! これは正義! いざという時に友人を間の手から救うのが友達というものじゃないですか!」


 うちのバカどもがどうもすみません。

 がっつり握手を交わした二人を何事かとクラスメイトたち注視してくるものだから、今だけは他人のフリをしておいた。


「星羅がそこまで見に行きたいって言うなら、一応私も行こうかな」

「んじゃ決まりだな」

「おい、俺の意見がまだだろ」

「行かないのか?」


 三岳に問われ無言で頷く。いかにも青春! といった行動に、これから起こる内容が分か

っていても心が躍る。年を取って老けるのは、もしかしたら青春時代のような刺激が足りないからなのかもな。

 そうと決まれば急いで昼食を済ませ、俺たちは揃ってひなきが呼び出された場所、校舎裏の体育倉庫前へと向かった。

 さすがに人が教室や食堂に集中している時間なので、昇降口方面に行けば行くほど人を見かけなくなる。


 外に出て、校舎を背にひょっこり体育倉庫の前を覗くと......いた。

 ひなきと、体育倉庫から出てきた白木先輩の服装を見る限り、どうやら4限目は体育だったらしく、半袖シャツにスパッツの様相だった。


「良かった。まだ始まってないみたいです」

「星羅、やっぱり楽しんでない?」

「滅相もありません。私は心から友人の心配をですね」

「シーッ。二人とも何喋ってるか聴こえないでしょうが」

「お、そろそろ本題に入るっぽいぞ」


 下からこのちゃん・睦月・俺こと大原君・三岳の身長順に建物の壁側現場を覗いていると、白木先輩が乱れたシャツのえりを正し、腕を組んでこう告げた。


「風宮、お前どうして勝負から逃げた」

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