第21話【ロリババアVS推し】
「ちょっと
「......すまんひなき。どうやらうちの母親はどこかにカチコミに行くつもりらしい」
チャイムを鳴らし家の玄関に現れたロリババアが手に持っていたマグロ包丁を見るや、俺の後ろにいたひなきが露骨に俺を盾として隠れた。
「あら、私ったら。ごめんなさいね~。ちょっと今マグロの解体してたの~。それより修くん、そちらの可愛らしいお嬢さんはだ~れ?」
「申し遅れました。私、
責任。
その言葉に反応したロリババアは一旦後ろに隠していたマグロ包丁を再び前に出し、そして手でその刃を研ぐ仕草を見せた。
「へー、通りで帰りが遅いと思ったら......。あんた、人がマグロ解体してる間に人間のマグロとよろしくやってたんじゃないだろうね」
「無理に下ネタに落としこもうとしなくていいから。あとその包丁しまってくれ。ひなきが怖がってるだろ」
「あらあら名前呼びとは、ますます怪しいわねぇ」
ここに来て名前呼びが裏目に出てしまった。
とりあえず情けないと思いつつも、両方の鼻にティッシュを突っ込んだ状態でひなきに助けを求めるアイコンタクトを送ってみた。
「えーっとですね、実は――」
俺の顔を見て小さく頷いた彼女は、身振り手振りを交えて生臭い匂いを発する武装したロリババアの説得に当たった。もちろん、変にややこしくなるような箇所には触れずに。
元々人当たりの良い性格も手伝い、
「そうだったんだ〜。ちょっと夕陽に照らされたままお喋りしたくらいで鼻血出しちゃうなんて。修くん案外虚弱なのね」
「そうそう。だからマグロでも食べて栄養補給しないと」
「だったらちょうどいいわ。二人で食べるにはちょっと多過ぎるから、良かったら修くんを送ってくれたお礼にひなきちゃんも夕飯食べて行ったら?」
嫌疑も完全に晴れたところで、ロリババアは疑ったお詫びと言わんばかりにひなきを夕飯に招待した。
「え、私なんかがお邪魔してもいいんですか?」
「いいのいいの。食事はみんなで食べたほうが美味しいんだから。ねぇ修く~ん」
「だそうだ。あ、でも家でミーシャが夕飯待ってるのか」
「それは平気。時間になったらタイマー式でご飯が出るようセットしてあるから」
ひなきの家はペットカメラも数台設置されていて、外にいる間も定期的に様子をスマホで観察できる。今の様子も試しに見せてもらったが、そのタイマー式のご飯とやらにまっしぐらになっている最中だった。そこまで遅くならなければ大丈夫だろう。
「じゃあ......お言葉に甘えて」
「さあ上がって上がって~。洗面所は突き当りのリビングから右に出て真っすぐのところにあるから」
「ありがとうございます。お邪魔します」
礼儀よく頭を下げたら、ひなきのポニーテールまで連動して一緒に挨拶したように見えた。
ローファーを脱ぎ、手を洗いに家の奥へ入ってゆくひなきの後ろ姿を見つめていると、ロリババアが俺の二の腕辺りを肘で小突いてきやがった。
「あの子、この前これから勉強会するって言ってった時にいた子よね」
「そういや初対面じゃなかったな」
「背もスラっとしてて爽やかそうな雰囲気。修くんはあんな感じの女の子が好みだったんだ〜」
「何が言いたい」
「私はてっきりあの時一緒にいたボブの小さい女の子が好みだと思ってた」
ひなきのことはすぐに思い出せなかったくせに、同族のことはしっかりと覚えていたようだ。
「冗談。ちびっ子の世話は一人だけで充分」
「......あん?」
「だから包丁を人に向けるなって!」
ついノリで口が滑ってしまった。
慌てて両手を上げて反省アピールするも、顎の下に突きつけられたマグロ包丁は微動だにせず。さっきまでの猫かぶりフェイスはどこ行った?
「――ひなきちゃんから見て、修くんは学校ではどんな感じ?」
超が付くほどの久しぶりに新鮮なマグロを使った料理の数々が堪能できると思いきや、そうはロリババアが許してくれるわけもなく。夕飯が開始して早々、ひなきへ質問が飛ぶ。
「そうですね......誰にでも分け
「でしょ~。修くん、昔から優しさだけは人一倍強い子なの。これでもっと筋肉さえあれば文句無しなんだけどね」
「俺を父さんと重ねるな。見ろ、今でもそれなりに筋肉ついてるだろう」
そう言って力こぶを作ってみせたが、ロリババアは鼻で笑い、ひなきには愛想笑いで流されてしまった。いや、ラノベの主人公が細マッチョだったら気持ち悪いだろ?
向かいの席に座った女性陣はまだ本格的に出会って大した時間も経過していないというのに、もう仲良そうに会話を交わしている。若干、ひなきはよそ行き使用でまだ大人しさこそあるが。
「大原くん君のお父さんって」
「あれれ~、私も一応大原なんですけど~」
「えっと......修二君のお父さんは、何をやられている方なんですか?」
ロリババア、グッジョブ!!!
大原くんの中の人として、密かにテーブルの下でサムズアップを送った。
「んっとね、プロレスラーよ」
「ほら」と指さした先には家族三人が写った写真立てが。まだ小さかった俺を抱く父親は白い歯を見せ、腰には金に光り輝くチャンピオンベルトが巻かれていた。
「えー、意外です。大......修二君、どちらかと言えばインドアなイメージがあるので。お父さんは陽の方なんですね」
「失礼な。
でなければ睦月を助けようと自分から危険に飛び込んだりしないだろ。
「じゃあそういうことにしといてあげる。でも出会ったばかりの頃、お昼時間にあんな暗くてじめっとした場所で一人ご飯食べてるのを目撃しちゃえば、ねぇ?」
「修くん、まさか便所飯してたの?」
「母さん食事中! 体育館前の階段下にある謎スペースね!」
「怪しい......」という目つきで俺をねめつけてくるが、謎スペース以外にいい例えが浮かばない。
「安心してください。最近は毎日に私たちと一緒にお昼時間過ごしているので」
「何の安心だよ」
「良かった~。私たち、というと、この前一緒にいた他の子たちね」
身がほとんど乱れることなく綺麗に切られたマグロの刺身を一切れ頬張り、ロリババアは言った。
「その子たちのことも詳しく教えてくれないかしら。息子にどういう淫......交友関係があるか知っておくのも親の務めだし」
「食事の時間に相応しくない単語が飛び出しかけたが、単に俺をからかうネタを仕入れたいだけだから。教えなくていいぞ」
「......」
「地味な嫌がらせしない」
人の醤油皿にチューブわさびを大量に投入されてしまい、醤油の水溜りは泥を含んだような粘度の湿地に変化。食べ物を粗末にしてはいけません!
騒がしくも楽しい三人の夕食はあっと言う間に時間が過ぎてゆき、夜9時を回る頃、ひなきは俺の家を出た。
「家近いんだから、別に送ってもらわなくてもいいのに」
「だとしても男としてそういうわけにもいかないんだよ」
この辺りの治安は比較的良い方ではあるが、夜道に推しを一人で解き放つことはロリババアよりも何より中の人の俺が許さん。というのは口実で、本当は家まで送ってこそのイベント達成なので。
「男としてですか。いや~頼りになりますなぁ」
「本心じゃないの駄々洩れてるぞ」
「そんなことないよ。聖羅の一件の時から思ってたけど、大原って意外と頼りになるよね」
ひなきにじっと見られ心臓が高鳴る。
月明かりと街灯に照らされた夜道を歩きながら女の子を家まで送るというシチュも手伝い、彼女の姿がいつもより魅力的に映る。
「ボタン、付けてくれてありがとね。まさか大原がボタン付けるの得意だったとは」
「.....あのくらいは高校生として出来て当たり前だろ」
ブレザーの袖に付いたボタンをこちらに手を振るように向けられ、大原くんとしての過去の記憶が、胸にズキと嫌な痛みを与える。
話を変えようと頭を巡らせていればひなきが自分から話を紡いだ。
「大原のお母さん、独特で面白い人だね」
「アレを独特で面白いで片づけられるのは第三者だからだよ。毎日まともに相手してたら本当に疲れるから」
「だとしても、誰かが家で待っててくれるのって実はすごくありがたいことなんだよ」
「そういうもんか」
「そういうものなの」
母子家庭で母親の帰りが遅いひなきが言うと説得力がある。
中の人自身も一人暮らし歴がそれなりに長かったのでとても共感できる。
人の温もりに勝るものは精々動物くらいなものだ。
「これだけお魚の匂い付けて帰ったらミーシャにかじらるかも」
「猫ってそんな魚好きなんだ」
「好きってもんじゃないよ。何回かお刺身あげたことあるけど、目が野生動物のそれに変わるもん。こんな風に......シャーッ!」
眉間に皺を寄せ鋭い目つきを作り、両手を猫の手状にして俺に襲い掛かるフリをして見せた。可愛いかよ!
ひなきのマンションまであともう少しの、俺とひなきが出会った十字路までやって来ると、隣のひなきが足を止めた。
「......ここまででいいや。ちょっと食べ過ぎたから、残りの距離は全力ダッシュでして帰るね」
「食べたばかりで走るのはあんまり身体に良くないぞ」
「大丈夫大丈夫~。私の胃袋の消化は常人の3倍は速いのだよ」
人より優れた能力を表現する時って大体3倍なの何でだろうな。
「わかった。じゃあまた明日」
「うん。マグロご馳走様でした。いい気分転換になったよ。またね~!」
じめっとした空気を吹き飛ばし、ひなきは夜道でもはっきりと分かる明るい笑顔を残してマンションに続く路地へと駆けて行った。
予期せぬトラブルこそあった。
でも回避できた。
だというのにこの気持ちが晴れないのは、やはりこの世界は俺の知っている世界と微妙になにかがおかしいと
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