第2話
「えっ?ちょっと何言ってるかよくわからなかったんだけど、もう一回言ってくれる?」
紫音は震える体を残った理性で押さえつけながら母親に尋ね返す。
「真夜くんがさっき亡くなったって」
二度目のその言葉がようやく紫音の鈍くなった思考にたどり着いた。
「亡くなったってなに?よくわからないんだけど、真夜はどこにいるの?私今すぐ真夜のところに行きたいんだけど、どこにいるの?ねぇ、ねぇってば!」
紫音は母親の両方を掴み激しく揺らす。
母親はそれに対して顔色少し変えず、ただ紫音の顔だけを見つめている。
「亡くなったって、どうして?どうして真夜は死んだの?どうして真夜がしんだの!?」
母親はゆっくり両肩にあった紫音の手を取ると優しく握りしめる。
「交通事故にあったの。信号無視をしてきた車が運悪く横断歩道を渡っていた真夜くんにぶつかったらしくてそのまま…」
「そんな…」
紫音はその場に崩れ落ちる。
私だ、私のせいだ。私が真夜はいきなり呼びつけるからこうなったんだ。私のせいで死んだんだ、私が真夜を殺したんだ。
◇◆◇◆
それから3日後に真夜の葬式が始まった。
集められたのは真夜の家族とその親戚。紫音と紫音の家族、そして最後にクラスメイトと担任の教師。
集められたクラスメイトたちに泣いてる人は誰一人としていなかった。そしてその中に紫音も入っている。
まだ現実が受け入れられてないせいか真夜が死んだということがよくわかっていないのだ。
今電話をかければいつものように電話に出てくれる気がする。早く来てといったら今すぐにでも来てくれる気がする。彼は本当に死んだのか、ただ皆んながそう思ってるだけで実際は生きているのではないか、私に散々こき使われてドッキリでも仕掛けてるんじゃないのか。そうだ、死んだなんて嘘だ。だってほら今から電話すればすぐにでも声が聞こえて…。
「ただいま電話に出ることができません。 ピーという発信音のあとにお名前とご用件をお話しください」
スマホから聞こえてくる声はどこか機械的でそれは真夜の声には似ても似つかないものだった。
紫音はスマホを持つ手をブラリと勢いよく下ろす。
そしてそのまま葬式に並ぶ列に押されて中へと入っていった。
◇◆◇◆
葬式は滞りなく進んだ。
だれかが突然泣き出したりとか、棺に眠る真夜に声をかけたりとかそんなことは特になかった。
ただ紫音だけは一番前に置かれている真夜の写真をただボーッと眺めていた。
葬式は3時間もしないうちに終わり、真夜の入った棺はそのまま霊柩車に運び込まれ火葬場へと送られた。
クラスメイトたちは葬式が終わるや否やカラオケに行くだのボーリングをするだのと盛り上がりそのまま去って行ってしまった。
もちろん紫音もその集まりには呼ばれたもののそれらを断り会場に残っていた。
何となく会場内をぶらぶらと歩いているととある一角で真夜の母親がいるのが見えた。
紫音はそのまま近づいていくと真夜の母親以外に若い男とその父親らしきたくさんの白髪を生やしたおじさんがいるのがわかった。
「この度は本当に申し訳ございません。あなたから息子を奪ってしまい誠に申し訳ありません。本来なら顔も見たくないであろうものをわざわざこのような場まで用意していただいたことにありがとうございます。謝罪だけですまそうとは思っていません。あなたが所望するのであればこのバカ息子の命だって構いません。本当に、本当に…」
白髪のおじさんは何度も土下座をして謝っている。若い男は土下座したまま無表情で固まっている。
「もういいんです。あの子が亡くなったことは仕方がなかったこととは言いません。そして私は今後あなた方を許すことはないでしょう。だからと言ってあなたの息子の命を奪うなどという愚かなことは私にはできません。あなたに私と同じ苦しみを合わすわけにはいかないためです。ただどうか忘れないでください。あなたが人を殺したことを、あなたが息子を殺したことを」
あれほどひどく悲しそうな顔をしているおばさんの顔は今まで見たことがなかった。
いつ会ってもニコニコしていて優しく笑いかけてくれていたおばさんがあんな顔をするなんて…。
そんな光景を見ているとおばさんは紫音の存在に気付いたのか目が合った。
おばさんはそのまま紫音の元へと近づいてくると紫音の両手を強く握って額に押し当てた。
「ありがとう。いつも息子と一緒にいてくれて、遊んでくれていて本当にありがとう。あの子はあまり友達が多くなかったから紫音ちゃんがいてくれたおかげで楽しい人生を過ごせたと思うわ。本当は紫音ちゃんと結婚して孫の顔を見れると思ってたんだけどね、ごめんなさいね、紫音ちゃんが真夜のこと好きだってわかってたのに私が守ってあげられなくて、ごめんなさい、本当にごめんなさい」
おばさんはポロポロと涙を流しながら懺悔するように何度もあやまっている。
「…」
声が出なかった。
違うです、真夜をあなたの息子を殺したのは私なんです。だから謝らないでください。私にもさっきの人みたいに強く叱ってください。謝らなきゃいけないのは私の方なんです。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。
紫音の目から大きな涙が溢れた。
それをきっかけにずっと我慢していた気持ちが心の底から溢れてくる。目から大量の涙が、喉からは嗚咽混じりの鳴き声が、他にも至る所からいろいろなものが溢れてきた。
自分はなんてバカなことをしたんだろうか、どうしてあんな接し方しか出来なかったのだろうか、どうして好きって伝えられなかったのだろうか。
そうだ、好きだった。真夜のことがずっと好きだった。いつから好きだったのかは覚えていないけど中学になる前にはすでに好きだった。
なのにどうした真夜の距離をとってしまったのだろうか。
きっと周りに流されたせいだ。
皆んなから耳にタコができるほど言われてきた。「紫音ちゃんと夢宮くんって釣り合ってないよね。どうしてずっと一緒にいるの?」
あの言葉はせいだ。私はあの言葉に負けたんだ。周囲に流され、そのせいで私は真夜を失ったんだ。
皆んなは真夜の良いところなんてないと言っていたが私はたくさん知ってる。
毎日辛い思いをしてるのに頑張って学校に来ていること、朝は誰よりも早くきて教室にある花に水をあげていること、誰よりも遅く帰って教室を綺麗にしていること、私と釣り合うように毎日筋トレをしていること、おしゃれになるためにファッション雑誌を何冊も買ってること、他にもたくさん知ってる。おばさんが知らないようなことだって知ってる。
私しか知らないようなことたくさん知ってる。
だからこそ私はずっと側に居た、ずっと横にいた、ずっと好きだった、ずっと大好きだった。
その言葉だってもう彼には届かない。
「また声が聞きたいよ…」
紫音は強くスマホを握りしめた。
気づけば周りにはもう誰もいなかった。
日は沈みかけ、足元には涙と汗の跡がたくさん残っていた。
◇◆◇◆
紫音はゆっくりと目を開ける。
そのまま地面に置いていた手桶を持ち上げると中に入っていた水を満遍なくかける。
カバンの中からタオルを取り出すとそのまま墓石を拭き始める。
墓石を拭き終わると額の汗を腕で拭う。
最後に持ってきた花を左右に添えて、もう一度両手を合わせる。
「私ももうすぐそっちに行くからね」
紫音は小さく呟くとそのまま手桶を持ち上げその場に後にした。
残った花は風に吹かれながら花びらを舞わせていた。
その花は墓参りに持ってくるような花ではなく紫がかった小さな花だった。
その花の名前はシオン。
花言葉は「君を忘れない」
ずっと好きだった幼馴染みに恥ずかしく冷たく接してたらいきなり交通事故で死んだ 無色 @ironasi
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