第7話 うまく逃げ切れるかなぁ(side セレス)

 その頃、神殿では。


「えーとぉ…………」


 かわいい妹が頑張っているっぽいので、予定を切り上げて早めに帰宅したセレスが、神官長や女官長、そして先ほど駆け付けてきた護衛責任者のアスターに取り囲まれていた。


「聖女様、これはどういう……」


 神官長がこめかみに青筋を立てながら問い詰めるのも道理で、セレスは持ち帰ったカバンいっぱいにぬいぐるみや抱き枕、マグカップ、イラストブックにあらゆる薄い本と、本人には宝の山、第三者には謎なグッズを詰め込んでいたのである。

 それを神殿の責任者三人に見つかり、目の前に並べさせられ、じっくり検分されたうえに、自分は実は魔女で、東の魔女と呼ばれる妹に聖女の代役を頼んでライブに出かけていた旨の説明をさせられるという、地獄を味わっていた。


「だ、だって、私、ずーっとここにいるんだもん! つまんないんだもん! でもパパとの約束だから結界の維持はしなきゃいけないんだもん! 代役を頼めるのが妹しかいなかったんだからしかたないじゃな――――い!」


 だからグッズの没収はしないでぇー、と泣くセレスに三人はしばらく固まっていたが、


「まあ、今回は何も……被害はなかったので……そういうことでしたら……」


 神官長が唸る。


「そうですわよ、神官長。セレス様が長らくこの国を守っていらっしゃるのは事実。セレス様の正体に関しては問題ないかと思います。ただ……そうですね……正体が魔女であると明るみになるのは得策ではないと思います。これからも、セレス様は聖女様でいらっしゃってくだされば、私達としては……」


 女官長がちらりとセレスを見る。


「いいの?」

「セレス様はどうなのですか。もうずっとこの国をお一人で守り続けていらっしゃいますが、いやになったりは? お辛くは?」


 アスターの問いかけに、セレスは首を振った。


「この国には私の子どもたちの子どもたちの子どもたちの子…………要するに私の子どもたちがたくさん住んでいるもの。いやになったり、つらいと思ったりはないわ。家族がニコニコ暮らせるのが一番よ」


 セレスに答えに、三人は「ふむ……」と黙り込む。


 そろそろグッズを片付けてもいいだろうか。

 じっくり見られたあとだけど、出しっぱなしだと恥ずかしい。


「魔女カイエに関しては、なんらかの手違いで迷い込んだ魔物、すでに退散済みということにしましょう」


 しばらく考えたあと、アスターが口を開く。


「被害は何も出ていません。結界もほころんでいないし、聖女様も無事。大事にするべきではありません。騒ぎが大きくなると、聖女様のお立場が悪くなる。それでは神殿も困るでしょう?」


 ちらりとアスターが神官長を見る。


「ヴェンデール隊長のおっしゃる通りですな。……聖女様、これからお出かけ前には私たちにも教えてくださるとありがたい。魔女カイエに悪いことをしました」

「あらっ、これからお出かけを認めてくれるのかしらっ」

「聖女様のこの国への貢献度を鑑みれば、ダメとは言えますまいが……問題は聖女様の代役ですな。魔女カイエが引き受けてくださればのお話ですよ。……そういえば、その魔女カイエはどこに行ったのでしょう。ヴェンデール隊長、ご存じですか?」

「さあ、私には……。見つかったという報告はありませんので、どこかに隠れているのでは?」


 神官長の質問にしれっと答えるアスターに、セレスは思わず噴き出しそうになった。

 アスターがカイエを自分の部屋に閉じ込めていることは知っているのだ。何しろカイエに持たせているのは、セレスのうろこだから。


 あのきれいな顔の下で何を考えているのやら。


 アスターがカイエの「子犬」であることは知っていたが、別に二人を引き合わせる目的でカイエを呼びつけたわけではない。

 うろこを通じてアスターの告白を聞かなければ、アスターの気持ちなんて気付かなかった。

 セレスがカイエに身代わりを頼んだタイミングでアスターが聖騎士として神殿に現れたのは、本当に偶然だ。

 別名、運命。


 おもしろそうなので二人を……というか、主にカイエをつつきまわしたいところだが、カイエが怒り狂うのは目に見えているので、今は我慢我慢。


 その時。

 大きな衝撃が、神殿のすぐそば、王城のあたりで炸裂し、その衝撃波が一瞬にして王都に広がった。

 神官長、女官長、アスター、そしてセレスの四人はそろって震源地に目を向けた。

 誰かが大きな魔法を使った。


「……やってくれるじゃないか」


 アスターが低く呟く。

 どうやらカイエはアスターを本気にさせたらしかった。


 ――私のうろこだけど、しばらくカイエに預けておくかなぁ。


 そうなると、「聖女」の姿の維持ができくなるのだが、結界の維持が優先だからしかたがない。

 儀式はなるべく控えめにして、好きなことに没頭していよう。

 そうしよう。


「何かよくないことが発生したようなので、見てきます」


 神殿の護衛責任者であることを放棄して駆けだすアスターを、呼び止める者は誰もいなかった。

 神官長と女官長が顔を見合わせる。

 全員の注意が逸れたのをいいことにセレスはいそいそと推しグッズをバッグに詰め戻しながら、一人でニヤニヤしていた。


 アスターはしつこそうだし、魔力も強い。


 ――カイエちゃん、うまく逃げ切れるかなぁ。


 ※セレスのうろこは後日、アルバイト代の請求書とともに送り返されました。


***


お気に召しましたら評価をいただけますと励みになります。

どうぞよろしくお願いいたします(•ᵕᴗᵕ•)⁾⁾ᵖᵉᵏᵒ

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る