第2話 やっちまった

 ――無視してもいいけど、バルディアの結界がなくなるのは問題だもんね。


 手紙を受け取ったあと、カイエはため息をつきながらバルディアの王都にやってきた。

 手紙によると留守番は十日程度でいいらしい。

 十日ならまあ、何とかなりそうな気がする。


 バルディアの王都は魔除けの結界がバッチリ張ってあるが、セレスからあらかじめ受け取っていた鍵を使って、神殿の中にあるセレスの部屋に転移する。内側から手引きがあれば、結界なんて意味がないのである。


「あーん久しぶりぃ」


 転移先はセレスの自室。

 ニッコニコ顔のセレスが待ち受けていた。


「これ私に似せる薬ね。見た目も私そっくりになるの。一日一回一錠、飲み忘れないでね。衣食住は世話係の女官にお任せすればいいし、何かあったら女官を呼んで言いつけたらオッケーよ」

「至れり尽くせりね。で、聖女の仕事は? 私は何をすればいいの?」


 セレスから白い錠剤が詰まった、透明なガラス瓶を受け取りながらたずねる。


「ここでこれ持って、私が帰ってくるのを待っててくれればいいわよう」


 セレスがふわっと何もないところから虹色のうろこを取り出し、カイエに押し付けた。


「姉さんが持っていなくてもいいの?」


 創世の竜のうろこは、カイエたちの魔力の源だ。といっても、もともと強い魔力を持っているので、うろこがなくても多少の魔力は使える。


「別にぃ。私、もともと強いもん。ていうか、これがなかったらカイエちゃんの力では結界を維持できないでしょ」

「……まあ、そうだけど……」

「じゃあ、あとよろしくう」

「えっ、もう!?」


 驚くカイエを残し、セレスの姿はさっさと消えていた。


「セレス様、どうかされましたか?」


 ドアの外からそんな声が聞こえる。カイエは慌ててセレスの残した瓶のふたをこじ開け、中に詰まった錠剤を一粒飲み込んだ。

 スゥッと、まっすぐな黒髪がゆるくウエーブがかった銀髪に、華奢で凹凸が少ない体がメリハリボディに代わる。カイエが着ていた漆黒のミニワンピがパツパツだ。


 ――スタイルよくていいわよね。


 ドアが開いて女官が入ってくる。

 間一髪で間に合った。


「セレス様?」

「ええと……新しい服に挑戦してみたけれどサイズが合わなくて。着替えるのを手伝ってくれる?」


 セレスに扮したカイエの苦しい言い訳に、女官が目をぱちくりさせたが、すぐに「もちろんです」と頷いた。


***


 その騎士に会ったのは、セレスの身代わりを始めた翌日のこと。

 ボロを出したくないので体調不良を理由にサボろうかと思ったのだが、「すぐ済みますし、着任する騎士隊長の挨拶を無視されるのはどうかと」と神官長に渋られたので顔を出すことにしたのだ。


「本日付けで神殿の護衛責任者に着任いたします、バルディア聖騎士団第一隊長のアスター・ヴェンデールと申します」


 謁見用の広間に行けば、黒い騎士服に身を包んだ金髪の青年がそう名乗って、カイエの前に剣を差し出して跪く。


 ――ええと……。


 何かこう儀式的な動作が必要っぽいが、そんなものは知らないんですけど。

 助けを求めるように神官長に目をやるが、怪訝そうにこちらを見るだけ。

 反対側にいる立場が高そうな女官に目をやっても、同じように怪訝な眼差しをしているだけ。


 ――姉さん……私もうボロが出そう。帰ってきたらきっちりフォローしてよね。


 まあ、あの姉のことだ。

 多少おかしな行動をとっても「あの聖女様なら」ということになっ…………


 ――るわけないと思うけどォ、


 ……てくれないと困る…………。


「こんにちは、騎士アスター! 今日からよろしくね! 頼りにするからね!」


 カイエは精一杯「あの姉っぽく」笑いながら、跪いて剣を掲げるアスターの前にがばっと勢いよくしゃがみこみ、剣を掲げた手を両手で包んだ。そのままぶんぶんと振る。

 アスターがぎょっとしたように目を見開く。


 正面から覗き込んだアスターは氷色の瞳が印象的な、非常に凛々しい顔立ちの青年だった。セレスから借りているうろこがあるせいか、いつもよりもはっきりとアスターの中にある魔力を感じる。


 ――この人、ものすごく魔力が強いわ。


 まるで人間ではないみたい。

 いや、人間だけど。ちゃんと人間だけど。それはわかる。


 ――私も昔はこれくらい、魔力を感じ取ることができたのよね。


 うろこさえ無事なら、セレスに遜色ない魔力を持っていた。

 ちょっと切なくなりながら、アスターから手を離して立ち上がる。

 一方のアスターは固まったままだ。じっとカイエを見つめている。


 はっとして神官長を見れば「ヤレヤレ」といった感じで首を振る。反対にいる女官に目を向けると、額を押さえたまま天井を仰いでいた。


 やっちまったようである。


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