身代わり聖女ですが、私の正体に気付いた護衛騎士がいきなり求婚してきた

平瀬ほづみ

第1話 お留守番お願いできる?

「推しのライブに行きたいので、カイエちゃん、その間お留守番お願いできるかしら」

「……は?」


 久しぶりに姉からの連絡が来たと思ったらコレ。

 カイエは水晶玉に映るニコニコ顔の姉を見つめ固まった。

 透き通るように白い肌に銀色の髪の毛、銀色の瞳。

 今日も姉の変装姿は完璧だ。

 三百年も変装し続けているので、堂に入っているというか、カイエなどは元の姿がどんなだったか思い出せない。


「おし? らいぶ?」


 一方のカイエはまっすぐな黒髪、とんがった耳、赤い瞳、しかも瞳孔は縦長。水晶玉に映る姉、水晶玉に反射している自分。神々しい姉、まがまがしい自分。

 もともと姉だって自分と似たような姿をしていた。

 だって魔女だから。


「そう。ど――――しても行きたいのよう~~~~! でも誰かがここで結界を維持しなきゃいけないじゃない?」

「それはそうだけど」


 カイエの姉セレスは、バルディア王国の王都を守る結界を維持管理する「聖女」だ。

 もうかれこれ三百年ほど、そこで聖女をやっている。


 その理由が、バルディアの当時の王様と恋に落ちて結婚し、「私がこわーい魔物から子孫を守るね!」と、結界を張ることを約束したのだ。その際、魔女に結界を維持管理してもらうのはどうかなー、ということで「聖女ってことにしとけばいいんじゃないかな!」……という顛末で、セレスは魔女から聖女になった。


 だから表向き、バルディアの王様は聖女と結婚し、その聖女が今も魔物から王都を守っている、ということになっている。

 このことは、今は亡きセレスの夫を除けば、カイエの一家(両親と、兄、カイエ)しか知らない。


「結界が維持できそうな人材って、カイエちゃん以外だとお母様になるんだけど、お母さまには頼めないじゃない?」


 水晶玉の向こうでうーん、とセレスが唸る。


「魔王だからね……」


 カイエはこめかみを押さえた。

 そうなのである。

 この世界にはこわーい魔物が跋扈している。それを退治できるのは聖騎士と呼ばれる、特別な力を持つ存在のみ。

 セレスのように結界を張って魔物の侵入を防いでくれる存在は、まさに女神! なのだが、そのセレスが実は魔王の娘というオチ。


 バルディアの王都は魔王の娘を魔除けとして使っているのだ。


 もちろんバルディアにも聖騎士はうろうろしている。

 セレスは国民も聖騎士もぜーんぶ騙して、聖女としてバルディアに暮らしているのだ。

 何が楽しくて……と思うが、セレスは「パパ(=セレスの夫)と約束したんだもん」といたって大真面目。

 なんだそりゃ、と魔王一家は呆れたが、本人がやりたいというのだから放っておけ、と家族会議で決定したらしい。カイエが生まれる前のことなので詳細はよくわからない。


「聖女の身代わりを引き受けてもいいんだけど、それじゃ私にメリットなくない?」

「お小遣いあげるからぁ」

「金額による」

「これなんかどう?」


 じゃん、という効果音付きで出されたのは、半透明で七色に光り輝くお皿……ではなく、竜のうろこだった。


「それは姉さんの持ち物でしょ」

「私、持ってなくてもいい気がするんだよね」

「もしそれがないことでボロが出たら、バルディアにいられなくなるわよ」


 カイエが睨むと、それはいやだなぁ、とセレスが残念そうに呟いてうろこをひっこめた。


「じゃあライブで推しグッズいっぱい買ってくるね。それでいい? あっ、神官長が呼んでるわ。詳しいことは手紙で送るからあとはよろしくねっ」

「あ、ちょっと」


 ブツッと切れた通信に慌てて声を荒げてみても、聞こえるはずもなく。

 カイエは沈黙した水晶玉の前で頭を抱えたのだった。


 ***


 この世界は創世の力を持つ竜が作ったとされる。世界は創世に満ち溢れ、人々は創世の力を使って暮らしていた。けれど千年前と少し前にその竜が飛び去ったことで、この世界から創世の力が激減した。

 残ったわずかな創世の力の影響を受けて、魔物が生まれた。人の心の闇から生まれる、厄介な存在だ。恨みつらみ妬み嫉みのエネルギーが実体化して人々を襲い、闇に引きずり込んで闇の力が増す。


 魔物たちはこの世界に残っている創世の力を上手に取り込んで使いこなす。

 けれど普通の人間にはそれができない。しかし中には、この世界に残っている創世の力をうまく使いこなせる人間もいた。そんな人間たちで作られたのが「聖騎士」と呼ばれる、魔物を狩る集団だ。

 そしていつからか、創世の力は魔力と呼ばれるようになった。


 魔物とは基本的に人の心の闇から生まれるものだが、「魔王」は違う。

 魔王は竜が生きていたころからこの世界にあり、人の心の闇から生まれる魔物とは一線を画す存在だった。しかし人間の魂を糧とすることから、人間からしてみれば魔王も魔物も大差ない。

 せめてもの救いは、魔王はむやみやたらに人を襲わないことだ。

 その魔王は現在、魔王城に暮らしている。人が近づけない、魔物だらけの大陸の最深部にある。


 その魔王には三人の子どもがいる。


 長男は人の住む大陸の南の国でなぜか英雄に祭り上げられ、長女は北の王国で聖女をやっている。

 そして末っ子のカイエは、十数年前までは東の国の最果てに居を構え、「東の魔女」というあだ名で呼ばれていた。今はその場にいないし、目立った活動もしていない。

 最近は「東の魔女は死んだらしいよ」という噂も聞こえるようになってきた。

 あながち間違っていないとは思う。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る