第63話 琴音の未来。
「琴音!!」
俺は男を突き飛ばした。
男は不意に壁に打ち付けられ、呻き声をあげた。
そして、すぐに状況を理解したらしく、俺を睨みつけると逆上した。
「んだよ。お前。邪魔なんだよ。どけよ。このガキが」
男はどこからか折りたたみナイフを取り出すと、カチンとロックを外し、刃先を俺に向ける。
俺は琴音を背後に隠すように立ちはだかった。
『おれ、ここで死ぬのかな』
男がユラリと近づいてくる様子を眺めながら、そう思った。
アドレナリンが過剰分泌されているのだろうか、不思議と恐怖心はなかった。ここで琴音を守ることは、命をかける価値があることだろう。
琴音が背後で何かを叫んでいる。
凛、ごめん。
きみを裏切ったまま終わっちゃいそうだ。
男の刃先が俺の喉元に触れる瞬間。
「止まれ!!」
俺は今来た方向を振り返る。
すると、警察官が男に銃口を向けていた。
男は動きを止める。
そして、直後、数名の警察官に取り押さえられた。
琴音は?
放心したように、どこかを見つめている。
俺は、琴音に毛布をかけると抱きしめた。
「ウチ、ウチ……」
琴音はボソボソと繰り返す。
「大丈夫。大丈夫だから」
そういう俺は、自分が涙を流していることに気付いた。
琴音。あんな壮絶な経験を乗り越えて、必死に前を向こうとしていたのに。ようやくチャンスの扉が開きかけていたのに。なんで、なんで、あんなクズに足を引っ張られないといけない。
この世界はおかしすぎる。
男はパトカーで連れて行かれ、その後すぐにきてくれた親父と、俺たちも警察署に向かった。
琴音はまだ動揺しているようだったが、事情を話してくれた。
「ウチ、少し前から、あの男から連絡くるようになって……」
それによると、何かのキッカケで琴音の舞台について知ったその男は、琴音に言い寄って来たらしい。美しく育った姿に惜しいとでも思ったのだろう。琴音は涙を頬に擦りつけながら続ける。
「自分との関係をばらされたくなかったら、関係を続けろと言われた」
琴音は、せっかく頑張ってきた舞台から下ろされるのを怖いと思ったらしい。それで、最低限の返信をしていたのだが。
突然、母親がいない時間を見計らって、あの男が押しかけてきたとのことだった。
俺は聞いていて歯を食いしばったらしく、気づいたら口の中に血が滲んでいた。本当に許せないと思った。
警察署につき、ふと思った。
そういえば、雫さんはどうしたのだろう。
親父に聞いた。
「それがな。雫さんは急患の対応をしてるらしくて、連絡がついてないんだ」
ってことは、凛にも連絡が行ってないってことか。時計をみると、待ち合わせの時間から3時間が過ぎていた。
俺は琴音を親父にお願いして、待ち合わせ場所に急ぐ。いるはずがないと思いながら。
俺は駅前につき、凛を探した。
もう何時間も経っているんだ。本屋やカフェにいるかもしれない。必死に探したが、凛はいなかった。
凛に電話をしてみる。
「ツーツー……」
繋がらない。
メッセージも既読にならない。
着信拒否されてるみたいだ。
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