第64話 凛ともういちどだけ。


 途方にくれていると、雫さんから電話がきた。


 「返信おくれてごめんなさい。わたしもこれから警察に向かうわね。それより、凛と連絡がつかないのだけれど……」


 凛は、雫さんからの電話にも出ないらしい。


 凛がいそうな場所……。

 一宮の家か。


 俺は電車に乗り、雫さんの実家を目指す。


 一宮の家でインターフォンを鳴らしたが、誰も出なかった。凛は戻っていないのかな。どこにいるんだ。


 どうしようかと一宮家の玄関を眺めていたら、ふと思った。


 やはり、見覚えがある。

 俺は子供の頃、この家に来たことがある。


 なんで。

 そうか。俺は……。


 なんでか分からない。

 だけれど、凛は、あの公園にいる気がした。


 俺が礼音れんと遊んでいた公園。

 俺は公園に向かって走る。


 子供の頃の俺は、この近所に住んでいた。保育園には通ってなかったので、時々、ここで1人で遊んでいた。すると、ある日、おじいちゃんの家に遊びに来ていた育ちの良さそうな子と友達になった。


 約束もしてないけれど、どちらともなく公園にきて遊ぶ。今思えば、凛によく似ている顔の整った男の子。鬼ごっこをしたり、かくれんぼをしたり。2人だけど楽しかった。


 そんなある日、2人であるものを見つけた。蒼いビー玉。職人の手作りのようで、空気を多く含んだそれは少しだけいびつだった。俺たちは、それを2人の宝物にして、交互に持ち合っていた。


 そして、俺が小学校に上がって少したった頃、たまたま俺がビー玉を持っている時にそれは起きた。いつものように、公園で待っていても、その子が来なくなったのだ。


 何日かして、心配になって母さんとその子の家にいった。すると、黒い服をきたその子のお母さんが出てきてくれて。


 「ごめんね、もう遊べないの」と言われた。


 そのときに、後から出てきた俺と同い年くらいの女の子。礼音くんとよく似た女の子に、俺はビー玉を渡した。


 「じゃあ、れんくんにこれ渡しといてください。これ公園で見つけた僕たちの宝物なんです」


 その子は、手で頬を擦りながら、それを受け取った。


 それから程なくして、俺は引っ越して今の家にきた。その後は、母さんが病気になって、俺はその頃のことを、よく思い出せなくなった。


 だけれど、いまは思い出せる。

 俺は凛とも礼音とも会っていた。


 こんな偶然ってあるものなんだろうか。

 やはり、俺には凛以外は考えられないと思った。


 公園に着くと、礼音くんとよく鬼ごっこをした滑り台のあたりに誰か座っていた。


 凛だ。


 会ったら何を言おうとか。

 どんな言い訳をしようとか考えていたけれど。


 そんなのどっかに吹き飛んでしまって、身体が勝手に動いた。


 凛は俺に気づくと、フラりと立ち上がりこちらを見る。そして、トンボ玉を両手で持って口を開いた。


 「蓮くん。わたし思い出したの。このトンボ玉……」


 俺は凛の言葉が終わる前に、凛を抱きしめた。

 ぎゅーっと力の限り。

 もう会えないと思っていた凛。


 もう離さない。


 「ちょっと、痛いよ。れんく……」


 凛が身体を離そうとするが、俺は凛にキスをした。すると、次第に凛の身体から力が抜けて、凛から唇を重ねてきた。


 うちらは日中の公園で、しばらくキスをした。

 少し落ち着いて、2人でベンチに座る。


 すると、凛が頬を赤らめて言った。握った俺の拳に、凛が優しく手を重ねてくる。


 「わたしまだ話してる途中だったのに……」


 「うん。ごめん。それと色々ごめん」


 すると、凛は俺を抱きしめて言った。

 クスクスと笑っている。


 「わたし、うそつきレンくんの言うこと信じない。だから、ね? 態度で示して?」


 そう言って、凛は目を閉じると唇をこちらに向けた。

 

 俺は凛に言った。キスよりも言わないといけないことがある。ふらついた自分の心と決別したい。


 「凛。ずっと不安にさせてごめん。その。俺、まだやりたいことがあるんだけど、高校を卒業して、それが形になったら……」



 ドキドキする。

 俺は言葉を続ける。



 「結婚っ…っ…しよう」


 しまった。噛んだ……。



 沈黙が訪れる。

 数秒の沈黙は永遠のように感じた。


 俺のドキドキはハラハラに変わった。


 おれは、おそるおそる凛の表情をみる。すると、凛は微笑んでいた。


 「もう。お付き合いが先でしょ? それにカッコいい場面で噛んじゃうなんて……レンくんのおバカさん」


 そう言って凛は、俺の首の辺りを優しく両手で抱き寄せると、キスをしてくれた。

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